一万石
俺はまだ自分を若いと思っていたのだが、信長の人間五十年発言を思い出してみれば既に折り返し地点を過ぎた二十七歳であった。老けたと思えば寒さがこたえるもので自然と口を開けば愚痴ばかり。
「はぁ~年をとると寒さがこたえるねぇ。広益ぅ、どこいるんだよぉ熱い茶入れてくれぇ」
「若様、このこたつは当家のものなのですが?」
こたつの中からくぐもった返事が聞こえ、びくりと身体を震わせる。こいつ家臣のくせに俺をびびらせやがって、蹴っ飛ばしてやろ。
「うがっっ!……広益くん、茶! 茶淹れるから飲みながら話そうか、落ち着いて話し合おうかぁぁあ!」
蹴っ飛ばそうと振った足を掴まれて、足裏を猛烈にぐりんぐりんされた俺の負けであった。うん、こいつに勝てることって三割くらいしかないからね。分かっていたとも。これは寒がりの家臣を労うための作戦だったのだよ……!!
「若様、うちでうちの茶を入れて頂き有難うございます」
ずずっと一口すすってから広益が続ける。
「いや、温まりますなぁ。して今日はどうなさいました?」
うぅむ。こいつも嫌味の一つも言えるようになったかと、主として感無量であるなあ。
「ん、最近は年をとったからか寒さがこたえるようになってしもうてな。館で一人こたつというのもつまらぬし、暖をとるついでに顔を見に来てやったのよ」
ずずずっと茶を飲むと内から温まる。
前世の記憶が残っている俺としてはこの寒さは死ぬほど辛い。なぜって、暖房を知っているばかりにそれが無い生活が余計に辛く感じるのだ。そんな中、元服後の一年を掛けて完成したのがアイヌとの取引で得たクマ皮・シカ皮・高級品のらっこ皮まで使った皮とりどりのこたつ達である。こいつの良い所はなんといっても素材によって値段を変えられるために、城主から比較的裕福な民まで買えること、買えずとも何かの機会に毛皮を得られることもあり、当初の予想を超えて広まってくれたことだろう。おかげで凍死する人がちょっとは減ったはずなのである。
「はぁ、それは有り難いことですが。まあ寒さというのも困ったものですな、これだけ寒いと米もまるで育ちませぬし、それに比べて御屋形様のところは伺う度に驚かされることばかりですな」
まったくその通りなんだよなぁ。この蝦夷という地は米作りにとことん適していないのだ。
未来の話であるが、どこぞの大名家は加賀百万石とか言われていたはずなのだが、蠣崎家は蝦夷〇万石なのである……これは間違いなく堂々の日ノ本最下位であろうな。
そして我らが羨望の眼差しを向けるのが出羽国北部を領する我らの主君、檜山安東家である。俺は元服の挨拶のときのほか、親父の体調不良の際の代理として数回ほど正月の挨拶に伺ったことがあり、側近の広益も供をした経験があるのだがこれが凄かった。
なにがってもう、正月なのに暖かい!(当社比) 蝦夷は積もった雪が人の背を越すほどだというのに!
それから、米を生まれて始めてたらふく食わせてもらったことで感激したのであったなぁ。蝦夷では米が生産出来ぬというのに!
「そうだなぁ、御屋形様のところは蝦夷と違って良いところよなぁ……」
ほんと羨ましい。米たくさん食いたいもの……まあ生産出来なくても本州から来る商人が少しばかり持ってくるんだけど、値も高いし贅沢に食べられる量ではないんだよね。
「あー、せめて牡蠣でも食べるか。厚岸まで獲って来いよ広益」
「なにゆえ某が?! うちのこたつ使ったんですから若が行ってくださいよ。それにわざわざ厚岸って……行くわけないでしょうに」
ため息混じりに返されては忠臣に無茶は言えぬか。まあ厚岸は牡蠣の産地で有名なのだが、東の果て(釧路付近)にあるそうだから和人でそこまで行ったやつなどおるまいが。
いや商人ならそこまで船を寄せていてもおかしくないのか? 近所の松前湊にたまに売られているのも多分だがほとんどは厚岸産の牡蠣だしな。てっきりアイヌ人が売りに来てるものが全部と思ってたけど、まあどっちでもいいか。
その後もこたつの魔力によるものか、ぼんやりだらだらと話して過ごしていた。途中で何度か広益の嫁さんが茶を淹れるための湯を交換しに来てくれたくらいなもので平和な一日である。
出羽に住めたらどんなに良いか、米は食えるし凍死もせぬし。たまには牡蠣でも取り寄せて、そいつを肴に宴会を……。
「若様? そろそろ帰って休まれたほうがよろしいのでは?」
うとうとして脳内出羽旅行に行っていた俺に気付いたようで、気を使わせてしまったか。
「そうじゃなぁ、続きはうちで温もるとするかな」
「……出羽が欲しいのぅ」
ゆぅらりと立ち上がって館へ戻る俺の言葉は、広益には聞き取られなかったようだった。
人間五十年の意味を間違えている主人公。
主人公視点のため知識が間違っている場合がありますが、作者の意図的なものと考えてください。その場合は後書きに示します。
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