十四万石
蠣崎家本城、徳山館中庭にて渡島12家当主が一堂に会していた。ただしその中に縄を巻かれた異質な一団がある。下国家政一行である。
「みな、よく集まってくれた。渡島の行く末を決める大事な場となるであろうから、無茶を言って引き止めさせてしまったのだ。その点はすまなんだ」
「いえ、殿の御考えであればそれが最善であったのでしょう」
「左様ですな、我らは殿に従うのみ」
追従を言うのは花沢館城代の工藤祐致と比石館主の厚谷重形。どちらも親の代から蠣崎傘下に入っており、基本的にはイエスマンなので滅多なことでは反論もしない。他の館主らはといえば、蠣崎傘下の者は下国が捕らえられているのを見て何かを察したのかむしろ安心した様子。それ以外の者はうろたえている。中でも偽河野家当主は顔色悪く汗が噴き出し、髪はじっとりと濡れて気持ち悪い。縛られている下国家政の方が幾分かマシと見える。
「これを見ればどういうことか大体察したとは思うが……結論から言おう。下国守護、下国家政率いる一党に主家への謀反の疑い有り!!」
「なっ?! いつワシがそんな「黙らせよ!! 猿轡をかませておけ」」
すぐに牢番の兵が下国を取り押さえ、それ以上の発言の機会を奪った。下国の家臣も同様だ。
「この一件、渡島を任された守護が引き起こした問題であり御屋形様のご意向を聞くべきところではあるが、今は戦時である。タリコナの挙兵を聞きつけた東部のアイヌ衆がそなたらの館に襲い掛かるやも知れぬ!! 斯様に危急のときであるから今回に限り、それがしが御屋形様に代わって沙汰を下す。そも、なにをもってそのような疑いをかけたのか、と思うておろう? 基広ッ! 前に出て俺の質問に答えよ、よいな」
「ハアッ?! ……ハッ」
一門が動揺して間抜けを晒したが、まあいいさ。このなんちゃって裁判が完全に仕組まれたやらせじゃないってことを伝えたかったから合格点だ。
「下国守護を殴りつけたうえ縄を巻いたのはそなたと聞いておる。本来であれば切腹を申し付けるようなことであるが……」
「そんなっ?! 俺はおま「最後まで聞け! 今回に限っては事情が事情だろう」」
「は、ハア……?」
もう、察してくれよ。基広に腹を切らせるつもりは無いっての。今回は、だけど。
「先のタリコナとの戦の折、北東二の備えを受け持ったのだったな」
「あぁ、はい。北東二の備えに御座います」
「うむ。そしていざ戦が始まろうという時、背後を狙う一団が忍び寄ってきたのに気付いたそなたが、兵を率いて捕縛した、と」
「んん? 下国様はそのとき「そのとき武器を持って近づいてきたのであろう?!」……あ、はい左様に御座います」
こいつ絶対理解してない! 切腹が嫌なら調子合わせてくれよ!! 声を出せない下国たちも一斉にもごもご言い始めちゃったし、基広がボロ出す前に早いとこ終わらせないと。強引だが……。
「背後からの奇襲にいち早く気付き対処した手際、実に見事である!! 下がってよいぞ」
「お待ちくだされ!! まさか左様にいい加減な証言をもって守護を罰するつもりではありますまいな?!」
偽河野さん、これで納得しないのは分かってるって。安心してくれ。
「無論、一人の証言で決めることでないのは分かっておる。イアンパヌをここへ」
小姓の一人に命じて、タリコナの弟であり族長を継いだオタウシの嫁を連れて来させる。
「このイアンパヌは、タリコナの家で家事を時折手伝っておったそうだ。見たこと聞いたことを隠さずに話してくれ」
「ハイ、私が族長の家デ働いていたトキ、和人の使者来たコトありマス。話、聞こえマシタ。和人、蠣崎様の宴会デ集まる。油断しているカラ、そこデ襲エバ前の族長の仇を討てると言いマシタ」
当然、嘘である。彼女の旦那のオタウシが族長となり当家に従うと誓ったから、さっそくその誓いを盾にして嘘を吐かせただけだ。しかし効果はあった。
今まで明らかに「こんな茶番……」とでも言いたげな胡乱な目で俺を見ていた奴等が、「まさか本当に?」というくらいには驚いた顔で下国たちを見つめていた。
そして止めに。
「下国師季殿の猿轡を外してやれ。正直に話してくれるな?」
守護家政の孫である師季に証言させる。戦の終わったあと彼を呼び出し、物事の道理というものをそれはもう懇切丁寧に教えてやったのだ。当主が謀反をした以上、一族も家臣も残らず根切りにするぞ、下国家は滅びるぞ、と。極めつけにこの数日で集めた兵を見せてやったのだ。その数、実に千五百。これは歯向かっても無駄と子供でも理解できたであろう。
「はい……此度の件、祖父の謀反に違いありませぬ。なれど! 当主の独断に御座います! それを止められる者など居りましょうや?!」
「で、あるか。確かに基広によれば、師季殿は当主を諌めようとしておったと聞く。よって、ここは当主のみ斬首を申し渡すこととする。家政殿をここへ」
みなが呆然としていた。次期当主の少年が現当主の罪を認めたのだから、もはや疑問を挟む余地は無くなったのである。下国家政は……黒。
当の本人はといえば雪に両膝をつき、静かに全てを悟った風であった。酒に呑まれて良い格好を見せようとしたあの時の自分を恥じているのだろうか? 自分が死んでも、孫の師季が継げば家が存続することが分かり安堵しただろうか? 俺を恨むだろうか? 当然恨むよな、分かりきったことだった。
だがな、この少年には未来がある。必ずや俺が南の土地を奪う時にはこの少年を連れて行ってやるさ。だから……家を継ぐ決意をあらわした孫の成長を喜んで、あの世で見ていろ。
「よし」
俺の言葉が引き金となって、家政の首が落とされた。謀反人としての処刑であるから、切腹の機会など与えなかった。
これでいい、今は戦国の世なのだから。
人の命は……雪より軽い。
雪のお白州の回でした。
季広がなんか恥ずかしいこと言ってるけど作者にはよく分かりません。