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十三万石

 ひとまず、タリコナとの戦が終わって城下に安堵の空気が広がった頃。宴に戦にと立て続けの急務が過ぎ去った俺は数日振りに居城である徳山館にて家族団らんの時を過ごしていた。

「季広様、戦勝おめでとうございます」

「うむ。おゆきも、宴では客人のもてなしご苦労であったな」

 

「父上、おめでとうございます。信広も早く元服して初陣を飾りたく思います!」

 父上のような立派な将になってアイヌと戦いたいなどと続けるのは、嫡男の信広十歳である。初陣に憧れるのは男の子なら仕方ないのかな、俺の初陣なんて散々なものだったんだけどな。


 俺のひいじいさんと同じ名前なんだが、武田氏の通り字(代々受け継ぐ字)である「信」と当家の通り字である「広」をくっつけたらそうなるから必然といえる。信広は将来的には蠣崎家を継ぐこととなる訳だし、外交面で少しでも優位に立てるように武田氏との血の繋がり(本当にあるかは関係ない)を強調したということだ。


「信広がアイヌと戦う必要などないぞ。俺はこの地で終わるつもりはないのだからな」

「では、海を渡るのですか?!」

「いつかはな。それまでにお前達が良き将になっていれば頼もしい限りだ」

「必ずやそのときにお役に立てるよう、精進致します!」


 良い家族だ。吹きつける寒さの中でも、このひと時は温かみを感じられる。信広は正室のゆきが生んだ俺にとって最初の男子であるから、後継者問題も起きにくいはずだし。これが側室の子が長男だったりすると揉めるんだろう。

 もちろん側室もいるし、信広の下にもたくさんの子がいる。この子達はいずれ河野家の跡取りになったり家臣に嫁いでいったりするんだろうけど、その時に安心して送ってやれるように整えてやらねばならんな。


 そして目下の悩みが下国のじいさんだがそれは置いといて……ッ! ぶるっと来たね。現実逃避は止めよう。

「考えたいことがあるゆえ、カイロと散歩してくる。おいで」

 俺の身体にぴったり寄り添っていた飼い犬に声を掛け、二度背中をぽんぽんしてやると言葉を理解しているようにスッと起きた。


 暖色の毛並に小さな三角耳がぴんと立ち、尻尾はくるんと丸まって背中につきそうなくらい。見ているうちにもふもふしてやりたくなり、もふもふすると身体が暖まってくるこいつの名前がカイロだ。ハシタイン族長の家で代々飼われてきたのを子ができた時に数匹引きとった。アイヌはこいつらを「セタ」と呼んでいたが、そういう犬種なのか犬の総称なのかは分からない。


 性格は主に対して忠実で、敵に対すればそれが熊であっても果敢に立ち向かう。長きに渡って狩猟の民アイヌの相棒だったんだな。なおかつ、蝦夷に住むものとして当然だが粗食に耐え、寒さにも強い。こんな素晴らしい生き物は他にいまい。



 館を出るまえに執事が用意した毛皮を羽織り、執事が用意した護衛に先導されながらのお散歩を始める。ああ、うちには執事がいるんだ。別に紅茶を淹れてくれたりはしないけどな。


 執事長の名を「三関みせき為久ためひさ」という。代々松前守護の家で執事を務めていたそうだが、当家が徳山館を占拠したらおまけで付いてきたらしい。当主の護衛をつかさどる重臣と言えるかもしれない。いま先導してくれている彼らは執事衆と呼ばれる三関の率いるボディーガード集団だから、彼に見限られた時点で俺は死ぬことになるな。


「この辺でいい。一人で考えたいからすこし離れていてくれ」

「ハッ。総員別れ!」

 護衛たちが散らばって周囲の監視・警戒に移ったのを確認し、カイロも雪を蹴散らしに行ったところで思考の海に沈んでいく。


 親父たちは明日くらいには戻ってくるだろうか、タリコナの集落はどうしたのか。どの程度兵に被害が出ているのか、どれだけ兵を集められるのか。館主たちは今回の件で蠣崎を恐れただろうか、それは傘下に入ることを是とするほどだろうか。

 

 親父も兵も心配する必要はないだろう。理由はそれこそ親父が率いていったからだが。タリコナの集落は最悪の場合は殲滅だろうか? 戦士はほとんど戦いに来ていたんだろうし抵抗できなかったのではないかな。


 傘下の館主は遠方の花沢館からでも海を使えば早ければ三日で兵を率いてこられるはず。遅くとも五日あれば雪があっても問題ない。数は徳山館を除く五館からそれぞれ三百ずつは欲しいところだ。

 そして今回のタリコナ戦の肝であった蠣崎の戦力自慢であるが、間違いなくこれは成功したと確信できる。酔っ払って気が大きくなり出てきたと思われる下国家政は別にして、館主たちはみな泥酔して使い物にならなかった。


 そんな状況の中、蠣崎だけが突然の襲撃に対して即座に兵を集めて迎撃してみせたこと、有力なアイヌの族長二人と協力関係にあること(チコモタイン族長は撤収後、宴会が途中で終わったために余らせてしまった酒と保存の効く食い物を大量に褒賞として渡したところ感激したようで、次の戦にも呼んでくれと言われた)によって、もはや蠣崎家に単独で対抗できる勢力がないことは十分に理解させたはずだ。

 館主たちはあっさり傘下に降るかもしれないし、単独でダメなら協力して対抗すればいいと考えるかもしれない。そこで反蠣崎の筆頭となるであろう下国を事前に斬り捨て、抵抗の意志と力を奪ってしまおうというのが筋書きだが、そう上手くいくだろうか……。


 主家がぶち切れて兵を向けてきたとしても、海岸線の防衛ならなんとかなるとは思うが、問題なのは日本海ルートの商人の通行を妨害される可能性があることだ。対岸の十三湊を治めるのは主家とも蠣崎とも関係良好な浪岡なみおか北畠きたばたけ氏であるからそこまでは商人も来れるだろうが、そこから松前湊までの短い間で妨害される可能性は否めない。



 わふっとカイロがすそを噛んで引っ張ってきた。

「おう、忘れてないぞ。ちゃんと遊んでやるからな。ほれ! とってこいっ」

 ひのき端材はざいで作ってやった棒を放ってやると喜んで取ってくるんだよな、よしよし。


「もっかいいくぞ、とってこいっ」

 再び口にくわえて取ってきた棒を受け取ろうとしたところで、興奮しすぎたのかカイロのくわえた棒が真っ二つに折れてしまった。


「あー、気にすんな。よしよし、帰ればたくさんあるからまた今度な? 御屋形さまのご領地には檜なんて腐るほどあるんだから……?」


 ピーンときちゃったよ!! 

 主家の檜山安東氏と水軍主力の湊安東氏はあくまでも別の御家だったはずだ。そして御屋形様は近年ことあるごとに安東氏を一つに統合したいと言っている。俺が当主交代の挨拶に行った際に安東水軍を見かけたが、あれはどうやら両安東氏統合に反発する者らが自前の水軍の威容を見せつけ、独立領主であることを強調しに来ていたらしいのだ。


 つまり……当家は湊安東氏とさえ敵対しなければ、交易ルートを確保できるのではないか? それなら両家統合がされては具合が悪い。ならば、この檜の棒切れのように両家の仲をかち割ってやろうではないか。


 散歩を終えて帰ると、先に親父が帰ってきていた。

 集落では、徹底抗戦を呼びかけて逃げ戻ってきた戦士を再び死地に送ろうとするタリコナの妻と、降伏すべしとするタリコナの弟であるオタウシの間で激しい罵りあいになっていたらしい。親父は兵をそれ以上近づけず、鬨の声を上げて威圧した。すると、最早勝ち目がないと悟ったオタウシがタリコナの妻を槍で一突きして殺したという。


 その後オタウシは臨時の族長として全面降伏、親父はひとまず人質としてオタウシの家族らを連れて戻ってきたとのことだった。


「おつかれさま。一番良い結果だったかもね?」

「そうじゃな。人死には最小限で済んだし、オタウシは狩人の減ってしまった集落の今後の生活を不安視しておった。生活の保障さえあれば集落の全員を当家に従わせると約束したぞ」


 生活の保障ね……保障があるヤツなんて、この飢えと寒さと共存する蝦夷にいないと思うがなあ。

両安東氏とも蠣崎よりは水軍力で勝っていますが、檜山安東氏は商船主体、湊安東氏は海賊主体という史実と逆の設定です。

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