十二万石
とりあえず、捕縛された下国については気付かなかった振りをしておくことに決めた。できることからやればいい。下国以外の館主を集めたところで切り出す。
「みな安心せい。タリコナの軍勢は蠣崎の兵が打ち倒した! タリコナ自身もこの蠣崎季広の一撃にて地に伏した!!」
「「おおっ!!」」
「流石は殿ですな! 当主となって早々に、何代にも及ぶ因縁に蹴りを付けられるとは!」
「蠣崎様の御力、采配、兵の練度には驚かされましたぞ!」
ふふふ、御世辞でも気分がいいな。実際は、力=弓で不意打ち、采配=丸投げ、練度=アイヌ弓兵なんだけどな。
「あの、蠣崎様。下国様の御姿が先ほどから見えないようなのですが、ご存知でしょうか?」
ぬぬっ、館主達の声に良い気分になっていたのに。お前は……下国守護補佐の偽河野家当主か!
「これは河野殿。すまぬがこちらも戦のことで手一杯になっておったからな、どこに居られるのかとんと分からぬ」
やばい。長くは隠せそうにない……。
「アイヌの残党でもおるやもしれぬし、みなはもう数日泊まっていかれたほうが良いかも知れぬな。私はこれで失礼するがゆっくりしていてくれ」
とりあえず、一人になれる部屋に避難した俺は悩んだ。悩み続けていた。下国守護を殴って縛り付けたことをなんと主家に報告するのか。下国と主家は血の繋がりがあるから下手したら俺は首になる(物理)。
一.正直に下国達に謝罪するのはどうか。主家にも先に一報を入れておけば……。しかし宴会の時に頭を下げてたまるか! と思っていたんだよな。それにせっかく武力を見せ付けて諸豪族の関心を得たのに、蠣崎の失態だと喧伝されて影響力を削がれてしまうだろう。運上金の五割だった上納金を、十割かっさらっていく御屋形様が目に浮かぶようだ。
二.基広の独断だったことにする。この場合、基広に指示したのが俺だということがバレたらまずい。事は基広の口を封じるだけでは済まず、基広に従った兵や伝令をした男も始末せねばならなくなる。それはダメだろ、御家が弱体化してしまう。
三.開き直って美談にしちゃう……むむっ!!
「誰かおるか!」
「ハッ、お呼びでしょうか」
「富田広定なるものを呼べ。怪我人の手当てをしておるはずだ」
あの男、我が家中では珍しく機転が利くし俺のやることを理解している風だった。使わない手はあるまい。
「富田広定、ただいま参りました!」
「入れ! そなたに仕事を申し付ける」
「ハッ!!」
うんうん。初の直命だけあって気合入ったね。戦働きは苦手と言っていたから、その他のことでこき使ってあげようではないか。
「まず蠣崎傘下の館主たちに、今すぐ居城へ戻り兵を集め次第すぐに寄越せと伝えよ。次に拘留中の下国らはそのまま、いや、孫の師季だけは俺のところに来させよ。最後に傘下に降っておらぬ館主たちをなんとしてでも五日、とは言わぬ。三日だけ引きとめよ」
「畏まりました!」
俺の書いた筋書きはこうだ。
タリコナとの戦闘が始まる寸前に、背後から裏切り者の下国一行が奇襲攻撃をかけようとした。我が一門でなおかつ、とてもとても優秀な基広はいち早くその動きに気付いたため、隊を率いて食い止めた。
その上なんと! 初動が早かったため双方に怪我人も出さずに全員捕縛! 素晴らしい大手柄だ!! 祖父の裏切りを止めようとした師季以外は腹を切らせる。と言いたいところだが腹案がある。
止めのハッピーセットで、家を継ぐ師季君はまだ七歳なので重臣共の傀儡にされてしまう! 正義を為すため、元服するまでお隣の守護たる俺が面倒を見ようではないか!
まだ考え中の部分もあるし邪魔が入るかもしれないから兵を集めさせたが、大枠はこれでもういいだろ。
謀反人を捕まえた蠣崎家に罰を与えるような主家なら……もう知らぬ。