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九万石

 正月の宴会、その最終日のこと。既に客人らはへべれけに酔っており、談笑の声も大きくなっていたときのことだ。近辺の警戒をさせていた兵の一人が駆け込んでくるや、よく通る声で叫んだ。


「殿、一大事です!! タリコナ族長、挙兵!! こちらに向かっております!!」


 今までの騒ぎが一変、宴会場は静まり返った。次いで、焦りからざわめきが広がっていく。この中で俺と広益だけが、宴の終了前に敵が来たことを内心喜んでいた。


「敵軍の数と現在地は!」

「敵軍、既にここより北に一刻(二時間) の位置! その数およそ五百!! まっすぐこちらに向かっております!」


 ふむ、攻めて来るやもと思って物見を置いておいた割には発見が遅れたか。だが今回に限っては都合が良い。なにせ僅か一刻では千鳥足の館主たちを逃がすだけの間はない。最高のタイミングといえる。


 俺が考えていると館主たちが騒ぎ始めた。うるせぇ、戦力にならんやつらは黙ってろ!!


「静まれ!! ここは我が蠣崎家の領する徳山館ぞ! 防備は万全、タリコナの部族だけであればなんとでもなるわ! 臆病者はここで戦の終わるのを待っておれい!」


 と、館主たちを一喝、黙らせたあとは配下のものに命を下していく。

「広益、将どもを集めよ! 奥の部屋でじいさまと先代が身内を集めて酒をやっておったはずだ。そこの! お前は外にいる者達を使い、城下の戦えぬ者らを隠れさせよ。重政! すぐに兵となる者をかき集めよ! 木人形もかき集めてこい!」

「「ハッ!」」


「我ラも、供に戦イマスゾ!」

 先日正式な同盟を結んだばかりのハシタイン族長が、護衛に付いてきていた兵三十人を貸してくれるらしい。


「カムイハル(クマ肉)と、トノト(酒)の礼に、我ラも一戦シヨウ」

 チコモタイン族長は同じく兵三十人を、今回限定で貸してくれるようだな。


 彼らからすればアイヌ同士で戦うことになるが、普段から狩猟の縄張り争いしてたりするし仲良しという訳ではないからね。

「かたじけない。御二方の兵は弓兵とさせていただきたい。こたびのこと、あくまで蠣崎の戦に御座いますれば、前に立つは我が軍にお任せを」


 日々狩りをして糧を得ている百発百中のアイヌ弓兵が六十人、生憎今回は十八番の毒矢を持参していないようだが、それには当てがあるから問題ない。酒を浴びるように呑んでいたが、彼らなら心配いらんだろう。むしろ神の力を得たとか言って無双しそうだ。


 館主の方は先ほど大口を叩いていた下国含め、下っ端の兵に至るまで連日大盤振る舞いしてやったから酔いつぶれている。館主はともかく兵達は護衛の為について来たはずなのに、なにやってんだこいつら。戦力外だな。

 うちの将兵は、こうなることが半ば分かっていたので酒は身体がぽかぽかする程度で我慢させていた。となると定期的に訓練させている兵が徳山館で二百人、隣接する勝山館で百人はすぐにでも集まる。重政が徴兵してくる戦の経験者が二~三百人位は集まるかどうか、時間の制約が厳しいからもう少し少ないかもしれん。


 締めて五百~七百人辺りがこちらの兵力か。アイヌでも弓を持ってきていないやつも多いから貸し出さねばならないし、命中率がいい方が弓を使うべきだ。蠣崎の兵は全て槍と刀でいい。俺の進言で親父の代から主家への上納金をちょろまかして輸入しておいた秘蔵っ子ひぞっこの騎馬は……狙い撃ちされるだけだな。訓練も中途半端だし百発百中は敵も同じだ、今回は出さずにおこう。


 蠣崎傘下の他の館は、万が一タリコナが徳山館以外に向かった場合に備えて待機を命じていたから、それぞれ二百人程度の兵が詰めているはず。これの援軍は期待しないでおくべきだ。


 次に敵戦力の予想をしよう。先日、広益が宴会の招待ついでにクマを殺したのがきっかけで攻めて来たと仮定すると、敵が準備に使ったのはせいぜい二日で後は移動時間というところ。僅か数日で五百もの兵を用意したのは見事だが(恐らく戦えるやつはほとんど連れてきたくらいだろう)、なにぶん急な戦支度となったはず。毒矢の準備はほとんどできていないと信じたい。弓矢を量産するのにも時間が足りなかっただろうし、弓兵はいいとこ三割とみた。


 俺は親父との戦で、親アイヌのパフォーマンスとしてアイヌ刀を使ったが、あれは本来は儀式用の刀であるから、生粋のアイヌ人なら腰に提げていたとしても戦には使わないだろう。そして装飾の無い日本刀だが、これも本州との取引でしか手に入れられないはずなので貴重品。兵を率いる立場の者が持っている程度のはず。

 

 それなら結局残りの七割はお手製の木槍を持ってくるのか……。いつもの事ながら、弓以外の武器が貧弱すぎなんだよなぁ。目の前で吹き矢でも出されたら驚くかもしれないけど、そんな戦術もあるまい。


 今は一月だから降り積もった雪は既に腰の高さを優に越している。

 他家やアイヌにこちらの武威を見せ付ける目的からして篭城など不要、城から打って出る。城下町の周囲にこちらの兵を展開し、普段から通行用の通路確保のためにどかしているいわば雪の塹壕で敵の弓矢から身を隠し、槍兵が来たら防御に徹する。

 槍がしょぼくても使い手のアイヌは屈強だからしばらくの間は防戦一方になるかもしれないが、しばらくしたら相手の木槍が折れるなりして使い物にならなくなり、その後は一方的な虐殺となる気がするな。


 まあそれでも、戦はなにが起こるか分からないから油断だけはしないでおこう。



 半刻が経ち、武具と訓練用として武術をたしなむ各家庭に配布してあった木人形が次々と運び込まれてきた。

「殿! 城下より兵百人を徴兵して参りましたぞ! 勝手ながら某の判断で既にその半分をもう一度徴兵の呼びかけに回し、残り半分は避難誘導及び武具・木人形の運搬に当てております!」

「うむ、妥当な判断だな重政。ぎりぎりまでそれらの者たちの指揮を続けよ」

「ハッ」


 アイヌと頻繁に戦ってきた渡島の百姓達は、相当な割合で戦の経験者だ。そういった者らは命を守る武具の大切さを身をもって知っているから自前の物を持っていることもある。とはいえ初参加の者だと親から譲り受けているやつ以外は裸同然でやってくるから、面倒でも武具庫から安物を運び出しておく必要があるんだよな。タリコナが来ると確信出来ていたらもう少し準備しておいたんだが、もう言っても遅いか。


「おう、立派に当主をやっとるな季広。にしても、ワシらのような年寄りを前線に出すとは酷い息子じゃなあ」


 なに馬鹿なこと言ってんだ親父。あんたが蠣崎一の武辺者だってこないだ言ったろ、あれは本気で言った言葉だ。信じてるからな。


「親父殿、戦時にれ言とは流石の古強者ふるつわもの振りですね。親父殿が突貫して百人ほど叩き斬って頂ければ、タリコナも尻尾を巻いて逃げ出すでしょうな」

「ガハハッ、その意気じゃ息子よ。ワシは率いる兵を選んでくるわい」


「じいさまには後方で、ハシタイン殿とチコモタイン殿の弓兵部隊の指揮をお願いしたいのですがよろしいですか?」

「蠣崎の当主はお前さんじゃぞ?」

「フフっ、それもそうでした。では、光広殿に弓兵六十人を預ける。準備おこたりなきよう!」

「応ヨ! ではワシは早速、弓兵どもに潜伏場所の指示を出しに行きまする故、御免!」


 おおう、親父もじいさんもテンション高いなおい。



「おい、そこの木人形にもしっかり兜をつけよ! 深く被せて人に見えるように工夫せい!」


 これで、ほぼ全ての準備が完了したか。木人形の使い道は前世の戦争映画で見たことあるアレだ。


 斥候に出していた兵らが、続々と陣に駆け込んできて報告を述べていく。

「伝令! 敵軍まもなく真北より到着します! 数は移動中に増えたようで、およそ六百!」

「あい分かった!」


「伝令! お味方、北東二の備えを除き全ての備え(部隊)が準備万端とのことに御座います!」

「あい分かった!」


「伝令! 下国様の一行、北東二の備えにて参戦させよと騒ぎ立てております!」

「ぁあ? ……あんのくそジジイがあぁあ!! 敵はすぐ間近に迫っておるというのに!!」


 前面に出して使い捨てにするのはまずいよな……? というか、万が一だがあの酔っ払い集団に武功を立てられたら蠣崎の武力アピールの効果が半減してしまう。ちゃんと役立たずを演じてもらわねば。


「ひぃっ、申し訳ありません! ど、どうすれば……?」


 怒りの声を挙げたせいで、伝令君が怯えてしまったか。


「北東二の備えの将は誰であったか……うむ、基広と南条守継であるか。伝えよ! 下国守護やその護衛に当家の領内で怪我の一つでもあれば、主家に顔向けできぬ大恥ぞ! そうなれば庇うことはできぬ、即刻腹を切ってもらうことになる! とな。言うて聞かぬなら、下国らは丁重に縛り上げて矢の届かぬ位置にでも放っておけい!」

「は、ハハっ! すぐそのように!!」


 ふぅ。これで下国が本当に武功を挙げてしまったとしても、完全な無傷など戦場に出ればあり得ないのだから、守護にすり傷を負わせた責でも取らせて反抗的だった基弘と南条とはさよならできるか。


「伝令! 敵軍を目視!」


 来たか、タリコナ。親の代の決着を付けようじゃあないか。

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