天絃皇国雑記 No.00 記述者:天弦システム保守業務担当
小説ではないです。雑記です。
よろしくご高読願います。
現世界での共通認識、それは我らが天弦皇国の前身が旧世界の日本という国であること。
我が皇国での共通認識、それは直系皇室が潰えれば「天弦の恵み」も潰えるということ。
この二つの認識は天弦皇国の成り立ちに由来する。しかしながらその過程の記録が世界にどれ程残されているかは疑問である。現世界で台頭している欧州共和連合やブラジル自由主義連合、北アフリカ秩序確立連合にとっては、我が天弦皇国は近年発見された太平洋中央の巨島大陸であり、しかも信じられない程の先進技術を持つ得体の知れない国家でしかない。海外ではこの巨島大陸を「天弦皇国大陸」と称している。
旧世界の崩壊とともに失くした筈の進化技術を持つ巨島大陸の存在を知った各勢力は、これを武力で手に入れようと戦艦を率いて大挙したが結局のところその思惑が叶う事無く数十年が経過している。何故ならば、我が天弦皇国には「天弦の恵み」が存在するからだ。
「天弦の恵み」の代表的な事柄として挙げるならば、天弦皇国の領土である巨島大陸の周囲200海里地点に張り巡らされた防衛線である。この周回線を許可なく立ち入ろうとするならば、それが何であれ天からの超高圧熱線に焼かれて消失する。技術の消失した世界各国の戦艦・戦闘機に勝ち目などあろう筈もなかった。
「天弦の恵み」の第二の恩恵は、技術・文化の様々な記録である。この記録は旧世界の当時、日本によって打ち上げられ「天弦」と名付けられた巨大衛星によって齎される。「天弦」は旧世界の特定言語の文学・カルチャー・技術論文など多種多様な情報を記録していた。その情報を引き出し皇国の社会に役立てる事が出来るのだから恩恵と表現して然りであろう。
旧世界崩壊の折、「天弦」が生き永らえたのは、旧世界において日本のみならず他の国にとってもその存在が特別な存在であったからだ。旧世界末期、世界の軍事は衛星による制空権制覇を目指していた。第三次世界大戦の後、米英露中印が競って軍事衛星を打ち上げ、お互いに牽制し合い仮初めの秩序を保つ第二冷戦の時代。その最中にあって日本だけが異色を放っていた。日本の軍事衛星は防衛保守特化型だったのである。日本は衛星を五つ打ち上げ、米英露中印の各国衛星の保守を受け持ちそれらを統括する第六の巨大衛星「天弦」を持っていた。そのため各国担当の衛星を「天弦付属衛星」と呼ばれる。
「天弦」は自動補修機能を持ち各国から依頼のあった電子記録の保守さえも担当していた。そして日本人特性による極めが成したのは収集可能な特定言語(英/独/仏/日/簡・繁漢字)による情報を「天弦」に貯えることだった。ただし各国の要請なしでは機密に関する事柄は除外したのでどの国も特に問題視はしなかった。ただ日本は本当に物好きだと思われていただけだ。いつもの通りに。
各国の思惑がすれ違い逼迫し、いよいよ崩壊の鐘が鳴ったとき、各国の首脳陣はまず他国の衛星と各地の軍事威力を排除することを考えた。しかし自国の衛星の保守を任せている日本の衛星は残したいと希望する。特に保守制御を一身に担う「天弦」は。かくして衛星軌道上で衛星同士の破壊活動が行われたとき、「天弦」は無事に生き残る。更に残りの五つの日本産衛星(天弦付属衛星)も半壊以下の損傷で済んだ。防衛特化型の衛星ならではの防御力が他国の超高圧熱戦に耐え得るものだったからである。
軌道上の空間に静寂が戻ると「天弦」はさっそく自動補修プログラムの通りに動きだす。調査用ミニ作業艇を派遣し、まず配下にある五つの天弦付属衛星の現状把握、それから保守担当を任されていた各国の衛星の現状把握。結果、補修可能の衛星は天弦付属衛星のみである事が判明、他国の衛星が後日再度打ち上げられることを想定し、すべての残骸破片から使用可能な部分を掻き集め、天弦付属衛星の修理をする判断をした。
さて、「天弦」が補修作業に邁進する頃、地上ではかつてない程の地殻変動が起こっていた。日本以外の各大国がお互いに攻撃し合い、地球上のありとあらゆる政府機関・核関連施設・廃棄化中の原子力施設・水素力発電施設・軍事施設・高度技術研究所が破壊され、その影響で地殻にまで影響が出ていた。特に核が配備されていた設備を狙ったため、核保有国は軒並み破壊され、中米露は残った部分もあるが、英仏印パキスタン朝鮮半島の陸の殆どが海水に飲まれるほどに削られていた。日本は自国の衛星を優先的に補修して貰う打算からどの国の照準からも除外されていた。
ともあれ地殻変動を誘発する暴挙を成したのは軍事衛星から降り注いだ超高圧熱線である。このレーザーは技術革新の末、地球上にあるすべてのものを数瞬で蒸発させる性能になっていた。もちろん核制御棒も免れない。従って原子力設備に向けて照射すれば、放射能が拡散する前にその元凶を消滅させることが出来る。これがなければ核による放射性物質の拡散で地球はこの時点で人の住めない星になっていたかもしれない。が、幸い、この技術発展の副次的研究により地球上に増え続けていた核廃棄物はとうに姿を消してしまっていた。
この時、日本は全国的に沈没の憂き目に遭っていた。中国・朝鮮半島崩壊、米国崩壊による煽りの大津波を受けた為だ。時の首相は迅速に判断し、最後の一人となる国民と共に避難するという固い決意の天皇陛下と皇后陛下以外の皇族、事前にリストアップしてあった各方面の技術者等を確保し防衛軍の潜水艦隊で太平洋沖に向かって発進する。
それだけでなく、事前に各国の動きを見ていた内閣は国内各防衛基地に避難用艦隊・救難ヘリを待機させていたので、各地域担当防衛軍人は迅速に一般国民の避難誘導も行い、当時の日本国民の半数が救出されたと記録されている。半数しか、と考えなくもないが、自然の驚異の前には仕方のないことだったのだろう。避難方向は太平洋上沖ノ鳥島方面の指示が出ていたので日本海側に出た戦艦も順次そちらに向かっていた。ただ救難ヘリは沈没を免れた山間部に民間人を運んでいた。彼らの一部は日本領土に残り後に我ら天弦皇国とは袂を別つことになる。そして日本に残った天皇陛下を戴き、本州の1/3しか残らなかった旧日本領土で島国「大和」を建国したのだった。
世界を未曾有の地殻変動に見合わせたこの出来事は後に「アドヴァンスド・デストロイ(高技術崩壊変動)」と呼ばれるようになるのだが、まさしく既存の先進国の政府機能・軍事機能に飽き足らず、先進国の先進国たる所以の技術さえも消失し、発展途上国との格差がなくなるどころか国としての形でさえも崩壊せしめた。崩壊した先進国の住民は目先の安全を確保するため地域機関が先頭に立って事後処理を行わなければならず、生存の為の行いが優先され、短期目線では役に立たない知識階級は冷遇され、職能持ちや労働者が優遇される世代が続き、次第に高度知識を持つ人物はいなくなり、世界はまず19世紀前半まで後退した。
その後、ほとんど忘れかけていた火力発電等の技術の残り滓を何とか使用しながら最低限の生活環境を構築していくが、老朽化し設備使用が困難になると更なる文化後退を招いた。というのも、時代遅れであった発電所を補修する技術者すら存在せず、その時点で元先進国の発電所を使用するためには発展途上国で発電所を有する国に助けを求めなければならなくなった。だが「仮にも先進国であった我々」という無駄な誇りの為、彼らは発電所なしでの生活を選択する。基より政府自体が動いていない以上、世界の現状も把握出来ずにいた彼らはどのようにして依頼する国を選び接触するのかも不明なままだった。
発展途上国の被害は津波被害以外は軽微で国としての存続に何ら問題はなかったが、先進国が握り込んでいた高度技術は持ち得ずもともと先進国より幾世代も遅れており、崩壊した元先進国と変わりない程度の文化に落ち着くことになった。しかも、後退した先進国では内陸で生活するのに精一杯で海上に出る者は少なくその方面では更に後退し、むしろ発展途上国の海上運用の方が発展している状態になっていた。しかし、先進国から購入していた艦が寿命を迎えると新規艦も手に入らず、製作過程も能力不足で解析出来ず、結局発展途上国の海上運用も元先進国同様に後退せざるを得なかった。
アドヴァンスド・デストロイ十数年後の世界を俯瞰すると、元先進国の陸は18世紀並み、発展途上国の陸は19世紀前半並み、そして全世界的に海上は18世紀並みの文化で落ち着いていた。陸地に住む人間は取り敢えず暮らしていければ良く、海に面した国も先進国の軍事脅威がなければ特に戦艦を強化する必要がなかったからである。
さて、アドヴァンスド・デストロイから数日、沖ノ鳥島周辺に避難していた日本の旗艦と「天弦」とのアクセスが試みられる。天弦システム運営機関の技術者がまず「天弦」に行わせたのは崩壊後の地球上の様子を詳細に報告することだった。第三次世界大戦時の必要によりGPS機能を進化させた高解析位置捕捉機能が備わっている五つの天弦付属衛星を駆使すれば地表の形状をセンチ以下の単位で確認することは容易だった。
「天弦」からの地表調査報告が齎されたのは更に数日が経過した後だったが、誰もがその内容には驚愕を抑えきれずにいた。即ち、先進諸国は何れも領土の大半を失い、代わりに太平洋と大西洋の中央にそれぞれ新しい巨島大陸が出来ているという。また、日本も山岳地帯であった一帯を除き海に沈んでいた。
旗艦に乗り込んでいた内閣での話し合いの結果、太平洋上の巨島大陸に移住する可能性が検討された。そこで天弦システム運営機関の技術者に指示をし、「天弦」に巨島大陸の状態を調べさせる。防衛空軍の人員も使い、陸に着陸しない方法を模索しつつ、陸の広さ、火山の噴火等による島沈下可能性の有無、生存可能な環境であるか…等様々な調査が約1ヶ月かけて行われた。
結果、今回と同じような大変動でもない限り巨島大陸は沈まず、北部に火山はあるものの変動が収まれば噴火は滅多にしないだろう富士山並の山であり、南部に至っては上陸に問題なく、また積み込んでる作物を植えるのに適した土壌もあるという報告だった。
報告を聞いた内閣は艦隊を巨島大陸の南部に向け、近接した時点で「天弦」に指示を送らせる。その内容は「巨島大陸の周囲200海里の距離に防衛線を張り、日本ナノを保持しない者は近付けさせるな」というものだった。日本ナノというのは日本国籍者が生後移植する国籍を証明するためのナノ細胞であり、日本人以外は保持しない。帰化人も国籍取得時に日本ナノ細胞を移植するが、犯罪を犯せばアンチ日本ナノ細胞を移植され帰化取消になる。ウイルスと同じように一度免疫=アンチナノを移植されると、顔や氏名を変え再度帰化しようとしても日本ナノを移植出来ないので諸機関では重宝されていた。
それから二千余の長きに渡り、建国から現在まで我が天弦皇国は鎖国を保っている。