番外編 二人の軌跡
本編完結後の二人。披露宴での一幕。
タイトルが内容に合っていない気もしますが、その辺はご容赦を。
挙式が終わり、披露宴。
私は白みの強い水色のドレスを身に纏っていた。藤吾曰く、私には可愛い色より涼しげな色のが似合うらしい。私も青系の方が好きだから異論はなかったが、こうして改めて着てみると、綺麗だなと思う。職業柄か、藤吾の色彩感覚は優れていて、一番合うものを選んでくれるから驚きだ。
控え室のドアが開き、藤吾が入ってきた。彼はグレーのタキシードを着ている。背が高く細身だから、よく似合っている。白や黒も似合っててカッコよかったんだけど、これが1番いい。
藤吾は私の前まで来ると、何故か硬直した。口がぼやっと開いて、なんとも間抜けだ。
「…大丈夫?」
銅像のように直立不動の藤吾が心配になり声をかけると、我に返った藤吾が頬を染めて照れ臭そうに笑った。
「大丈夫じゃなかった。香世子が綺麗すぎて見惚れてた」
そのストレートな物言いに今度は私が赤くなった。嬉しいんだけど、恥ずかしい…。普段は口が重くて肝心なことすら、なかなか言い出せないくせに、どうしてこういうことはサラッと言うかなぁ。
「藤吾…」
両手で頬を押さえて恨みがましく見上げると、藤吾は不思議そうに首を傾げた。
「どうした?」
「……何でもない。そういえば、もう時間?」
「あぁ、うん。そろそろだと思うよ。準備できた?」
「あとイヤリング付けるだけかな。これ、付けてもらえる?」
私は藤吾にイヤリングを渡す。
藤吾は少し屈んで、器用に耳に取り付けるとそのまま私を抱き寄せた。優しい抱擁に、肩の力が抜けていく。
「やっとここまで来れた」
その言葉に私は目を閉じる。
思えば、私たちの結婚生活は失敗だらけだった。お互いに傷つきながら少しずつ歩み寄って、今やっとここに来ることができた。
「最初はこんな風に結婚式挙げると思ってなかったよね」
「そうだな」
愛が無いと誤解していた生活。すれ違ってばかりの日々。別れようって思った時もある。でも今は、あの日々があったからこそ、幸せを感じられるのだと思っている。私たちが愛し合うために必要な道筋だったのだと信じている。
「愛してる。私を選んでくれてありがとう」
最初はこんな運命なんて、って恨んだりもした。
でも藤吾の隣に立てる今、この運命に感謝してる。
口下手で不器用で、かと思えば甘い言葉を平然と囁く、少しロマンチストな人。
美形で軽薄そうにも見える容貌は私の好みじゃない。
けれど、彼が見せる様々な表情が好きだ。一途で誠実で、涙もろくて、少年みたいな幼さを残す、この人が好きだ。
たとえこの先、二人の人生が別たれたとしても私はきっと、藤吾を愛したことを後悔しない。それだけ、全力で彼に恋した。
きっと、一生に一度の恋。
だから。
「ずっと隣にいさせてね」
きっとそれだけで、私は幸せでいられるよ。
何も返事が無いのを不思議に思って藤吾を見上げれば、その目からは涙が零れ落ちていた。朝露が滴るように音も立てず、ただ静かに。
「泣かないの」
私は近くにあったティッシュで涙を拭ってやる。藤吾は鼻をぐずぐずさせながら、また私を抱き締めた。今度は力強く。
「ちょ…っと!」
苦しいってば!
私の抗議にも耳を貸さず、力はさらに強くなる。骨が軋みそうなほど、ぎゅうぎゅうと締め付けられた私は体を捩るが、次の言葉に動きを止めた。
「香世子を一生大切にする。一生をかけて幸せにする。
だから、俺の隣で笑っていてください…っ!」
震える声で、紡がれる言葉。
じんわりと胸に沁みて、波紋を作っていく。
この人ったら…。
もう私は幸せなのよ。
たくさん愛して愛されて。
願った未来がここにある。
「幸せになろうね」
貴方となら、これから長い人生を一緒に歩ける気がする。
だから、よろしくね。
披露宴は滞りなく進み、友人のスピーチとなった。代表スピーチはもちろん紗智だ。彼女のお陰で結婚できたに等しいのだから。
紗智は二人のなれ初めを話すと言っていた。プロポーズから現在に至るまでのことは全部話したから、彼女は知っているはずだが、何と言うのだろう。
私と藤吾は顔を見合わせた。正直、私たちのなれ初めは最悪だ。普通に説明したらドン引きされそうな気がする。
『任せといて、うまくやるからね』
紗智はマイクをもらう前に、自信ありげにウインクしていたけど、本当に大丈夫なのかな…?
「え〜…私は二人の友人の南紗智です。私と香世子さんは大学の同期でした。学生時代から面倒見がよく、誰にでも分け隔てなく親切に接することのできる香世子さんは周りから慕われていました。その彼女が教員となった時は天職だと思いました。きっと今も生徒から信望の厚い先生なんだろうと、その姿が目に浮かぶようです」
公衆の面前でこれだけ褒められるとこそばゆい。頬が熱くなるのを感じて、私は俯いた。
「一方、藤吾さんは皆さんご存知の通り、とても優秀な人物で、国内でも有数の難関大学の卒業生です。そして今は誰もが知っている化粧品会社の企画開発部のプロジェクトリーダーをしています。この華々しい経歴は華やかな見た目に反し、とても慎重で誠実な人柄があってこそなのではないでしょうか」
ちらりと横を見ると、藤吾の顔は仄かに染まっており、目が合うと困ったような表情で苦笑した。私も曖昧に微笑み返す。
恥ずかしくて居たたまれないのはお互い様らしい。
「そんな二人の出会いは大学の同期の親睦会でした」
マイクを持っている紗智はやや陶酔気味で、尚も朗々と話し続けている。元々話すことが大好きだから、こういう場はお手の物なんだろう。
そんな風に半ば感心していた私たちに、紗智は突然、爆弾を投下した。
「実はそれは藤吾さんが大学3年の時に彼女に一目惚れをして、そこから長い片想いを経た後の再会だったのです。なんと運命的な出会いなんだと他人事ながらに感動したことを覚えております」
ぶっ。
隣で藤吾が水を吹いた。幸いにも咄嗟に俯いたお陰で、それは周りに気づかれていない。
…再会を仕組んだの、紗智じゃないの…。
軽く噎せて涙目になっている藤吾を横目に見て、私は呆れながらも紗智の話を聞くことにした。
「再会して藤吾さんは自分の気持ちが変わらないことを確信し、なんと!出会って1時間で彼女にプロポーズをしたのです。プロポーズは自然溢れる、とても景色の良いロマンチックな場所だと聞いています」
ロマンチック?今って畦道でプロポーズが流行りなのかな?
というより、ちょうど寒冷前線が通る時だったから強風吹き荒れていて、薄着だった私は寒さに体が凍るかと思ったんだけど。
思わず唸った私は、母親から視線を注がれていることに気づいた。なぜかその視線にやや怒りが感じられる。
しまった…!結婚の真相を話すのを忘れた…。
両親には、恋人期間を経てプロポーズされたということにしてあった。結婚の理由が理由だったから、正直に話すのが憚られたのだ。母の顔を見れば「そんな話、聞いてないわよ!」としっかり書いてあった。
後でちくちく言われそうだ。私は小さく溜め息を吐いた。
そんなこととは露知らない紗智はまるで恋する乙女のような表情で語っている。
「それはそれは熱烈なプロポーズだったとのことです。香世子さんはその熱意に心を打たれました。そして、」
熱烈?
私と藤吾は顔を見合わせ、首を傾げた。
熱烈、というより、強烈だったあったような。
「あれが熱烈?」
口パクで伝えると
「ごめん」
と申し訳なさそうに藤吾が頭を下げた。
尚も紗智の熱弁は続く。
「そして!香世子さんは運命を感じ、結婚に踏み切ったのです。まさに王子様がガラスの靴でシンデレラを探し出し、プロポーズした時のようでした」
来客の人たち、特に女性陣が夢見るような表情をしている。たぶん彼女たちの頭の中ではドラマのようなワンシーンが繰り広げられているのだろう。
「あれに運命、感じた?」
眉をひそめた藤吾がこそりと囁く。
私は首を横に振った。
「だってあれ、押し売りみたいだったし…」
「押し売り…」
藤吾が沈黙する。
「初対面なのに、って引いた。あれはワガママ俺様王子が行き遅れ女に結婚しろって迫ったという方が正しいよね」
そもそもそれが原因で、最初の半年はすれ違い生活だったわけだし。
思い出したら情けなくなって、つい溜め息が洩れた。
新郎新婦がどんよりとしている中、紗智は流暢に語り続ける。
「見ての通り、藤吾さんは美丈夫ですから女性から人気があり、彼の結婚に涙した女性も少なくないと聞いております。ですが、長い間香世子さんを思い続けた藤吾さんなら、これからもずっと変わらず香世子さんを愛し、慈しみ続けるでしょう。…だから、香世子。浮気の心配はないから、安心してね!」
周りがどっと湧く。
紗智はゆっくりと会場を見回し、やがてざわめきが消えると私たちを見つめた。
「二人が今日、こうして挙式に至るまでにいくつかの試練があったそうです。ですが、それを共に乗り越えてきた今、二人は本当に夫婦になれたのではないかと思います。そしてこれからも、二人はきっと何があっても互いを支え合い、素敵な家庭を築き上げていくでしょう。そうなることを私は友人として心から祈っています。
おめでとう、香世子、藤吾君」
会場に盛大な拍手が鳴り響く。私は紗智の笑顔を見つめた。音もなく、涙が頬を伝っては落ちていくのを感じた。
紗智が藤吾と私を引き合わせていなければ、私は今、ここにいなかった。
きっと、藤吾のことを知ることもなく別の道を歩いていた。
人を愛することの喜びや悲しみを知るきっかけをくれたのは紗智だ。
大したことないような顔をして、私を助けてくれたのも紗智。
紗智がいなかったら、今の私はないんだよ。
「ありがとう、紗智」
声は届いていないはずだけど、紗智には私の言葉が分かったみたいだ。にっこりと笑って、そしてウインクをしてくれた。
「良い友達を持ったよな」
藤吾が私の目元を拭う。その目にも涙が浮かんでいた。
「うん…紗智は私の親友だもの。ずっとずっと」
学生時代から考えたら、物理的な距離は遠くなった。でも心はいつだって傍にある。
舞台上では藤吾の同僚たちによる余興が始まっていた。軽快なタップダンスは練習を重ねてきたのだろう、よく揃っている。第一線で働く大人の男性だから、顔の醜美に関わらず、纏っている空気が洗練されていて目を引くものがある。こういう大人の男性を見る機会の少ない子供にとっては、とてもカッコよく見えたに違いない。披露宴に来た教え子たちが、食い入るように見つめていた。
「幸せだな」
ぽつりと呟くと、藤吾が私の手を握った。
「最初は結婚式や披露宴なんて、って思ってたけど…こうして皆に祝福されると、嬉しいね」
「そうだね」
式が終わればこの賑わいは消えて、また日常が戻ってくる。まるで一時の魔法のような時間。その中に溢れる様々な人の温かな気持ちが嬉しくて、目頭が熱くなる。
また、ここから始まるんだ。
目蓋を押し上げると、鮮やかな世界が視界一杯に広がった。
end
本当は結婚式も書きたかったのですが、人前式か神前式か決められず、結局二人の披露宴を書きました。バージンロードを歩かせたいけど、白無垢も捨てがたい…。なので、二人の結婚式は皆様のご想像にお任せしようと思います。
ここまで、拙い作品にお付き合いいただきありがとうございました。
またもう少し時間をおいて番外編を書いていきたいと思いますので、よろしくお願いいたします。