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8【病弱系侍女】は語る

忠誠と深秘の国、王を頂点とした国

王族・貴族・騎士・魔法使い・神官・庶民が生きる国


《3の国》といっても、さらにいくつかの国に分かれていて、そのなかでも一位の権威を誇るくだらない国にて生を受けたわたくし


わたくしは自分の起源を知らなかった


物心ついた時にはすでに高級娼館にいて、男と女の仕組みを理解するのも早かった。そんな状況だったので、わたくしは女将(マダム)が母親だと思っていたのだがどうやら違うらしい。幼い頃は親が誰なのかを知りたがっていたのだが、ある日気付く、聞いてはいけないほどの高貴なお方なのではないかと


王子様だってお姫様だって、所詮は男と女


わたくしは存在してはいけない子供なのだろう……。そう悟った時から肌と髪の色が褪せてきたのだ、まるで消えてしまう様に


ただし、見た目だけ。見た目だけ病弱で薄幸そうな伏目がちの薄い微笑みの少女は、その実いたって健康で病気知らずの力持ち……我ながら詐欺だと思った




年頃を迎え、わたくしは高級娼婦への道を選ぶ。わたくしの中に流れる血が、想像通りの高貴なものだとしたら、わたくしはあえてそれを汚してやろう、そう決めたのだった。今思えば反抗期と言うものだったのかもしれませんね


庇護欲をかきたたせる見た目の所為かは知らないが、ご年配の方の話し相手が多かった。肉体関係よりも若い女と話をして、楽しくお酒を飲みたいと言う粋で上品な方々ばかりだった。もちろん何度かは寝たのだが病弱な見た目に遠慮なさったのか、勃たなかったのか、ゆったりとした交わりしかしたことがないという、娼婦としてはどうなのだろうという日々であった


そしてその内、身元のしっかりした者しか通えない高級娼館の客に刺される事数回、首を絞められる事数十回、命を狙われ続けた割には全然死ななかったわたくしは、本当はすでに死んでいて生きる屍なのではないかと言われたり……そんな訳ない


公爵家や侯爵家の次男三男四男、分家の当主らがわたくしの命を狙ってくるのである。そんな高貴な刺客たちは、「娼婦に無礼を働かれたから罰を与えようとした」と皆言い逃れる。あまりにも皆同じ言い訳をするのだ。初めて客として来てドアを開けたらすぐ刺された行為のどの辺に、彼等の言う『無礼』があったのだろうか?


あぁ、わたくしの存在がすでに『無礼』だったのか


お相手をしたご年配の方々に気に入られ過ぎて遺産受取人になっていた事を知ったのは、オーナーである侯爵家からの情報だった。かの家の優秀な諜報員はあっという間に、わたくしのお客の親族たちが裏で懸賞金をかけた事を調べ上げてきたのだ


私が死ねば遺産相続の権利が親族へと戻り、借金を抱えた馬鹿貴族どもは報酬を得ることが出来る。高貴な馬鹿貴族は娼婦ごときを殺めたところで、誇りを持ちだしてくれば謹慎程度の罰で済むから


「遺産を放棄することは出来ないのでしょうか?」

「無理だな。公式な受取人となってしまった以上は、撤回は不可能だ」


そう仰ったのはオーナーである序列2位侯爵家の当主様。愛する女性を得るために高級娼館を丸ごと買ってしまった、大胆な馬鹿貴族である。もちろんそんな事口には出さないけれど、馬鹿貴族刺客よりはずっと好感が持てる


……馬鹿だな、とは思うけれど


「そこで提案だ」


大胆な馬鹿当主様はニヤリと笑って、執事様から書類を受け取ってテーブルに置く


「その遺産を全て生前贈与してもらい、その後わが屋敷の娼婦兼侍女となりたまえ。すでに話は通してあるかの方々は、親族たちに呆れ果て領地へ隠居なさるそうだよ。君が後々困らないようにと遺産を分け与えたかっただけだったのに、逆に迷惑をかけてしまってすまないと、な」

「ありがたい事です、そのように想っていただいて」

「大迷惑と言うところだろう。わが序列2位侯爵家屋敷ならば君を守ることができる、そして刺客たちにもお返しができる」

「相続した遺産と引き換えに……ですか?」

「確かに魅力的な額だが、無くてもわが家は全然困らない。金が必要なら儲ければいいだけの話だ。だからそのお金は君の嫁入りの為にとっておきなさい」


娼婦に向かって嫁入りだなんて、大胆で馬鹿な当主様。マダムの口添えもあり、わたくしは序列2位侯爵家へと移る事を決心した






侯爵家の嫡子様は少し年上の青年だった。わたくしがいままで抱かれてきた客層とは違う殿方。上手くできるのだろうか。そもそもわたくしは娼婦としての技術は低いだろうに……不安が募る。そんな風に思っていたのだが、嫡子様は非常にその道に長けていらっしゃって病弱そうなわたくしを優しく導いてくださり、心配は杞憂となったのだった


嫡子様専用ではあるが、侯爵家家臣団の長を冠する役職の方々の、夜のお相手をすることも義務だった


ただこの病弱そうな容姿の所為で、ここでもご年配のお話し相手が多かった。特にお相手していただいたのは先代執事長様、高級娼館で当主様と一緒にお会いした執事様である。奥様はすでに亡く甥御さんを養子に迎えて長を引渡し、現在は当主様の個人執事として後進を育て中とのこと


「嫡子様のお召しは最近どうかな?」

「わたくしは元々多くなかったのですが、他の方々も少ないそうです。例のご令嬢に夢中なようですわ」

「寝物語にそのような話を?」

「はい、しゃべらせるのは得意ですのよ」


性技は嫡子様の方が長けていらっしゃるけど、聞き役なら私の方が長けていますのよ


「たしかに貴女に強請られたら、何でも話してしまう」

「そんな事ないくせに」


主家に忠誠を誓う先代執事長様は、とても嫡子様を心配していらっしゃる。なぜなら当主様が正妻を娶らなかったのが原因、当時まだ普通の高級娼婦だった侍女長様に惚れこみ、子まで生したのだが侍女長様は庶民だったため婚姻できなかったらしい。と言うか侍女長様は結婚する気などまったくなかったのに、当主様が駄々を捏ねて現在のような娼婦が侍女を兼ねるお屋敷となったそうだ


貴族の考える事は解りませんわね


「先代様……、お脱ぎになって?」

「こらこら、爺さんに強請ったってもう勃たないぞ」

「体温をわけてくださいませ」


先代執事長様は苦笑いをしながら、まとっていたバスローブの前を寛げる。寝台に横になった彼の上に、甘える様にくっつくと抱き寄せて下さった。交わりはしないで、ただ抱きしめあう


当主様は人肌が無いと不安になるそうだ。わたくしもその気持ちはわかるよう気がする、深く交わらなくても安心する鼓動の音が大好きだ。当主様の様に無くて不安になることはないけれど、似た様な症状を持つわたくしの生まれはまさか此処、なんてことも考えた


しかし、さすがに血の繋がっている異母妹を宛がわないだろう……多分他人だ




朝になって私を優しく起こしてくれて、大きく伸びをしてベッドから降りる先代執事長様。日の光を浴びたその体は老年に差し掛かっているのに、まだ締まっている。執事だって体力はいるのですなんて彼は言う


体を軽く清め侍女服へと着替え、お暇を告げるとにっこり笑って髪を撫でてくれた。口づけてはくれないのですかと拗ねると、笑って額に口づけを贈ってくださった






本来ならば朝礼があるのだが、お供の朝は遅く過ごしても良い事となっている。人によっては朝にも……というお元気な方もいらっしゃるからだ。直接仕事へ向かうべくまずは厨房へ、朝食の配膳から仕事は始まる


「おはよう、昨夜は先代執事長様のところか?飯はちゃんと食ってきたか?」


厨房では料理長が朝食の用意をしていました。王宮で料理の修行をしたことのある、若いながらも腕のいい料理人さんです


「おはようございます料理長、朝食はまだです」

「仕事するなら、しっかり食え。そんな青い顔をして……」

「わたくしの青い顔は元々ですわ、でもありがとうございます」

「おう」


わたくしとは反対に赤い顔をしていた料理長。すでにお仕事をされていたようで、わたくしも頑張らなければと気合を入れた。

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