7【新人侍女】は語る4
「で、侍女引退ですか?」
「まさか~。あたしは嫡子様専用だもん、まずは嫡子様が嫁を取るか~、子供ができるかしないと~ね?」
「例のご学友のツンツン系ご令嬢様に、嫁入りしてもらった方が良いんじゃないですか?侯爵家だったら、男爵家令嬢だって娶れるし、どうしても低位が気になるのならばどこかの伯爵家に養子縁組してもらって……とか」
まぁ、普通そうだよねとは妹系侍女さんは言う。休憩が終了し、そろそろ晩餐の準備。厨房に向かう途中、窓を拭く青白い顔をした儚い女性と出会った
「あ、お疲れ様~。新人ちゃんは初めて?彼女は儚い病弱系侍女さんだよ~」
確かに儚い系な美女だが、病弱な人が侍女って大丈夫なのかと思ったのが顔に出たのかもしれない。彼女は儚げに首を振り、薄っすらとほほ笑んだ
「初めまして。わたくし、見た目は真っ白で儚げで病弱で今にも死にそうで庇護欲をそそりそうな女ですが、いたって健康なんです。すいません」
「殺しても死ななさそうだよね~」
「そうですね、実際に刺されても首を絞められても死にませんでしたし……」
なんだか物騒な事を言っているぞ、病弱系侍女さん!!
病弱系侍女さんはその見た目に反し力持ちなのである。主に屋敷内の清掃を担当しているそうなのだが、窓を拭けは己の寿命に思いをはせているように見えるし、床を拭いていれば人生に絶望しているように見える
見えるだけで、全然そんな事は思っていないらしい
「ずいぶん遠くまで来たものだなぁ……とは思いますけど」
「えっと、あの~……ここの侍女って事は、娼婦さんだったわけですよね?大丈夫でしたか、その、いろいろ……」
「よくご高齢の高位貴族様の話し相手になっていましたので、結果、遺産の相続人に指名されたことも何度か。その所為で殺されかけた事も何度か。わたくし、新人さんから見ても、そんなにすぐ死にそうに見えるのかしら?」
「……えぇ、かなり」
そうですかと今にも永遠の眠りにつきそうな憂い顔で、重そうなバケツと清掃道具一式を担いで去っていった。実に儚げでいい意味で図太そうな侍女さんであった
「妹系侍女さん、あの方も嫡子様専用なんですか?」
「一応ね~。どちらかと言うとご高齢様に大人気だったんだけれど、ここでは嫡子様専用。実際にお供したことは少なくって、主に先代の執事長様に呼ばれることが多いかなぁ~」
「先代の執事長と言うことは、執事長のお父様ですか?」
「うぅん、違うよ~。今の執事長は先代執事長様の甥っ子にあたるのかな?ご自身は奥様と死に別れて、お子様もいなかったから、弟君の息子である今の執事長にお役目を譲った……って話~」
それって奥様以外を愛せなくて、跡継ぎがいないのに後添えをもらわなかったって事かな?聞いた限りではロマンスだけど、この序列2位侯爵家では素直に感動できないのは何故なんだろう。あ、侯爵様と嫡子様の所為か……
先程の話の内容から言って、夜のお相手って言うより話し相手として召しているのかな?
先代執事長様とやらは、おそらく当主様より年齢が上だろうし……そんな事を考えながら、晩餐の準備に向かった
「息子がやっと帰ってくる……らしいので、準備を怠りなく。学外学習の後は学校が3日休みとなる、皆の者、死力を尽くして素人娘を忘れさせろ。特に貧相系男装侍女、君には期待している」
「兄上、素人の処女さんに過度な期待は重荷ですよ。そのご令嬢の裏を調べる方が先ではないですか?」
当主様のお言葉に、弟君が意見をする。当主様は難しい顔をして口を開く
「……調べているのだが、何故か情報網に引っかからない。まさか……とは思うのだが、高貴な方の落とし胤やもしれん。慎重に調べないと足元をすくわれるかもな」
「あぁ、昔そういう噂がいくつもありましたね。確かに噂が出た年から考えると嫡子と年齢も近い、せめて姿だけでも確認したいですが……それさえも?」
「それさえもだ、阻害魔術がかかっているのかもしれない」
なんて侍女たちの前で話さないでくださいよ……、あぁ耳を塞ぎたい。粛々と食事は進んで、粛々とヤバい話も進んでいく。この屋敷に勤めるにあたって、お抱えの魔術師に守秘義務にまつわる魔法儀式を受けている。ここでの情報は屋敷から漏れることはないようだが、そもそも侍女の前でなんて話さないでほしい
以前勤めたお屋敷は、それはもう穏やかでのほほ~んとしたところだったなぁ……。懐かしいけど、給料安いからなぁ。せめて小悪魔ファイブが卒業するまで頑張って稼がなければ。いやちょっと待て、まさか上級学生になりたいとか言わないわよね?学校を卒業しさらに学びたいという優秀な生徒は、上級学生として知識を深めることが出来るのだ。通常の学生が閲覧できない資料など使えるので貴族にしか許されてない学びの道なのだ
いや、私は学校の高名な教授方を信じている。あの小悪魔たちにそんな貴重な資料を閲覧できる権利を与えたらどうなるか、火を見るより明らかだ。あの小悪魔たち、性質が悪い事に非常に優秀なのだ、本来なら神童とか言われそうなほど優秀なのだが誰もそんな事言わない。神と言うよりアレだから、アレ
ちなみに嫡子様は上級学生、政治学と経営学を学んでいます。高位貴族の次期当主としては、当然の進路となっている
「新人さん、グラタンの提供はわたくしがいたしますわ……重いでしょう?」
「確かに重いのですが……」
「重いものはわたくしの専門ですわ、お任せ下さいね?」
病弱系侍女さんは儚げな微笑みで、カートから通常は男性が運ぶ際に利用する特大トレーに、バランスよくグラタンを配置し片手で持ち上げた。その様子は儚げで精一杯、でも軽々と持ち上げられている。なんだかだまされているような感じである……
本日の晩餐は当主様、当主様の弟様、先代執事長様、先代庭師長という顔ぶれ。侯爵家の事業の一つに造園業があるそうで、庭師長と言う役職は庭師団を統括する方で、かなりの稼ぎ頭らしい。名のある高位貴族屋敷の造園や、王宮の庭も一部手掛けている。さすがに警備上の問題で、王宮すべての庭は手掛けられなかったそうだけど、まれに一般公開される大庭園は侯爵家庭師団の力作だと言う
四季折々で花咲き乱れる美しい大庭園、私も幼い頃に見に言った事がある。もちろん一般公開の時、だって下級貴族ですからね
病弱系侍女さんは儚い憂い顔で、グラタンを配る。まずは当主様に、次に当主様の弟様。グラタン皿が減っていくにしたがって、トレーのバランスをかえていき先代執事長様の前にお料理を。先代執事長様は「ありがとう」と病弱系侍女さんに微笑むと、彼女も儚い笑顔を浮かべる
「じいはあいもかわらずグラタンが好きなのだな……、そろそろ枯れろよ」
「枯れたいのはやまやま、ですがその為には嫡子様に伴侶を娶っていただきませんと、あの世で先代に合わせる顔がございません」
「いやいや、あの世にはまだ早すぎるだろう。ゆっくり余生を楽しめって言う話だ」
「ですから、嫡子様が片付いていただかないと。一度くらいは恋愛結婚がしてみたいものですよ」
「枯れろ」
病弱系侍女さんは庭師長の前に料理を出し、ゆっくりと礼をしてから退出していった。それをさりげなく目で追う当主様たちと、食事を進める先代執事長様。病弱系侍女さんは後添い候補ですか?
「見た目は病弱っぽいが、無事に大きくなってくれたな、先代庭師長」
「そうですなぁ、初めて見た時は死にかけていましたから……。あれほど肝を冷やした出来事は無かった、うむ」
わははと笑う先代庭師長様。病弱系侍女さんの小さい頃を知っているのだろうか
「まさか造園中の庭を掘っていたら埋まっていたなんて、どんだけ恥ずかしがり屋なんだって思ったぜ!!」
「それは恥ずかしいとか言う問題じゃあないだろう?」
当主様の弟様が呆れたように答える、たしかにそう言う問題じゃないよ先代庭師長!!