エピソード7
突然だが、ラフォン王国には四季がある。
一年を十二分割してそれぞれ神話の英雄たちの名を振っていたり、節句じゃないが社交シーズン含め季節行事をしたりする、中々愉快で楽しい国なのだ。
さて、ある程度似通った環境となると、必要性からか似通った慣習が生まれることは想像に難くない。
夏。
温暖化とヒートアイランドの影響をもろに受けながら暮らしてきた元日本人にはまだまだ序の口屁でもない湿度なのだが、それでも王国民にとっては何をしても暑い、嫌な季節であることには変わりない。
「――――そして追いかけてきた首狩り騎士に、憐れなその男は己の首と剣を奪われてしまったのです・・・・」
こんばんは、キースです。
本日は我らがスーパー執事、マルコ・ベルミリオによるこの夏イチオシの怪談特集でした。
腰に響くバリトンをお楽しみいただけたでしょうか?
「・・・・・キース様、あまり怖がられておりませんな?」
「え? いやいや怖いよ、ある意味」
夏といえば背筋も凍る怪談を。
これは世界を超えた共通認識であるらしい。
必要が供給を生み出したというところか。僕らが暮らす王城はとかく広いし古いしで、七不思議ならぬ七の七乗不思議くらい色んな怪談がある。
さて、事の発端だが最近、そこに蛇の呪いを受けた狂気の王子なる話が加わったらしい。
怒り狂った爺がどこぞの夜話の集いに殴り込もうとするのを止めるため「わー、楽しそうだね。僕も怪談やりたいなー(棒読み)」と興味を示したところ、ならば一つわたくしのとっておきをと語りだし始めたのだが、正直バイオハザード世代にはちょっとばかし温くて。
厄介なことにこの手のタイプはそう言った視聴者の反応を即座に見抜く。それが彼のDJ魂に火が付けてしまうことになろうとは、そのときの僕も思っていなかったのです・・・・。
――――そして至る現在。
日本と違って、ラフォン王国には語り出した者が自分のレパートリーを放出しきらなければ恐ろしいことが起こる、というよく分からん縛りがあるらしい。なにその耐久レース。
練兵場に混じった呪いの剣を引き当ててしまうと、その剣の持ち主だった猛然と追いかけてくる首狩り騎士。うん、怖いっちゃあ怖い。でも夜トイレに行けなくなる類の怖さはない。
だって真昼間でも猛ダッシュの筋肉達磨とか、蒸し暑い夏の夜に涼を求めてひっそりと語られるべき怪談の雰囲気に欠けるんだもん。照りつく夏の暑さにも負けず気合と変な執念だけでどこまでも追いかけてくる幽霊騎士。
果たして彼の過去にどんな悲劇があったのかは知らんが、余計に暑苦しくなる気がする。
個人的には「耳なし芳一」とか「牡丹灯籠」みたいな、ひたひたと背後から静かに迫りくる日本的ホラーが好きだ。ゾンビや食人鬼も、まあいいだろう。
でも怨霊たちの「執念」を「根性」に置き換えた喜劇仕立ては流石にどうかと思うのだ。正直に笑っていいものなのか、間合いが掴めない。
「爺もそろそろ疲れただろ? ここらで一回眠気覚ましのお茶でも入れて休憩しない? 夜はまだ長いんだから」
そろそろ同じ体勢で聞いているのも飽きてきた僕は立ち上がって伸びをした。
爺だってなんだかんだで齢だ。休み休みでいいだろう。後宮から城の北向きの一室に移されてからも、やっぱり引きこもり王子である僕は基本暇人だ。夜更かししたって朝起きれなくたって咎める者もどうせいない。爺のためならとことん付き合う覚悟である。
爺はそんな僕の様子に溜息を吐いた。
「はあ・・・・キース様は肝が据わっておいでなのですね。わたくし怪談には些かの自信があったのですが、ここまで動揺されない方は初めてでございます」
まあ生まれたときから各種メディアに囲まれて育った前世だからね。
爺には申し訳なくて言えないけど、生憎ただの走るマッチョじゃコメディ性しか感じない。
折角だから今度は僕が四谷怪談(ラフォン風)でも披露してあげようかな、なんて思っていた時であった。
招かれざるその使者が僕らの部屋を訪れたのは。
***
「怪談披露、ですか?」
「はい。陛下自らのご提案です」
おいおいパパン。放任していたのかと思ったらロクなご提案してくれないな、という台詞は侍従の手前、空気を読んで飲み込む。
夏は暑い。
そして暑いのは政を為す雲上人たちにも堪えるらしい。
一時間ほど前、いきなり現れた父親からの使者にすわ何事かと思ったら、一部の諸侯を集めての納涼の集いの座興として呼ばれたらしい。
確かに面会依頼出してたけどね?
でもそれ図書館の入室許可くれってだけの相談だから。
そりゃ本物の爬虫類少年が現れれば会もそれなりに盛り上がるでしょうけども。
・・・・・・いや待てよ。
僕はふと脳裏を過ぎったその思い付きに、真剣な顔で顎を撫でた。
話の内容がたとえキン肉マンの疾走であろうと、この集いは王本人も参加するほどの、いわば超上流階級にのみ参加を許された席。そこで見事諸侯の喝采とパパンの歓心を得ることが出来れば、図書館入りびたり許可も夢ではない。
「ふふ、・・・・ふふふふ・・・・」
おっと、思わず漏れた希望の歓びで侍従君に青い顔をしてドン引きされてしまった。慌てて上品そうな笑みにシフトチェンジするとさっと目を逸らされた。
でもそのくらいの胸の痛みじゃ挫けないキース君。
悪いがパパンこの勝負、僕が頂こう!!
「ふむ、これがジャヌカンの娘の子か。確かに顔に蛇のような鱗があるな」
ジャヌカン、は母上様の生家の名である。
ぴろんと口の端から伸びる髭がそこはかとない貴族ギャグなパパン(笑)こと国王陛下は、侍従に連行されてきた僕を納涼の会の面々共々物珍しげに見やった。
見世物かい、仮にも自分の息子に向ける視線じゃないよね・・・・と今日は愚痴りません。今夜の僕には絶対に叶えるべき大義がある。
「陛下、発言をお許しいただけますか」
「む? 良かろう、許す」
鷹揚に頷いたパパン(笑)に僕は条件を切り出した。
「――――成る程。そなたが儂を含め、ここにいる者たちの心胆寒からしめることが出来れば図書館の無期限閲覧許可を欲しいと。そういうことだな?」
「はい」
「ふん、随分な自信があるらしいな。・・・・そういえばそなたの世話役はマルコ・ベルミリオであったか。怪談マスターと名を馳せたあやつの仕込みか」
爺・・・・そんな二つ名があったんだ。
僕初耳なんだけど。道理でムキになっていたわけだ。
「方々も聞かれたか」
周囲に確認を取ると、パパンはちょっと意地悪く口を歪めてニヒルに笑った。
「言っておくが生半な語りでは我らを震え上がらせることは出来ぬぞ。ここにいるのは何れも国内外にその人ありと謳わせた猛者ばかり。つまらぬ座興ならばそなたのような子供、即座につまみ出すからな」
さいですか。
ていうか何の猛者だよ。怪談? 怪談なの? 他国にまで怖い話しに行ってるのいい大人が揃って何やってんだよ仕事しろよ。
ネズミみたいなほっそい髭をぴるぴる動かしながら言うもんだから、こっちは噴き出しそうになるのを堪えるのに必死だった。
耐えろ、耐えるんだ僕の表情筋・・・・!!
大分後になって知ったことだが、ひとまず落ち着こうと唇を舐めたそのときの僕の顔には、うっすらと隠しきれなかった笑みが浮かんでいたという。
「畏まりました。では、不肖キース、早速語らせていただきましょう・・・・・」