エピソード4
動脈輪、と呼ばれるものがある。
解剖的にでいえば脳ミソの真下。文字通り輪っかの様になっていて、頸動脈含むいろんな血管が合流したり脳へと血液を送っている。まあ動脈血という車が出入りし人体の首都圏へ分岐する高速インター、とでも思っていただければ十分だ。
さて実はコイツ、詰まったり漏れたりする可能性をめっさ秘めている場所でもある。
ちょっと想像して欲しい。
ノンストップそれなりの速度でばんばん突っ込んでくる車たちが、やったら合流分岐多発地点に突っ込んで来たらどうなるか。
まあ『この先事故多発』の看板が掲げられるようになるのはお分かり頂けよう。そんな感じで、日々血液たちが曲がり角やらガードレールに激突する難所、それが動脈輪である。
え? そんじゃその動脈輪が詰まったり漏れたりしたらどうなるかって?
そりゃ大変なことになるに決まってるだろ。具体的に言うなら白と赤のカラーリングが特徴的な、小さな男の子に大人気! 働く車シリーズその一に乗ることになるさね。
しかし、しかしである。
人の身体とはよく出来ているものでそんな厄介な血管が破けても、ちょっとくらいなら治るのである。
しかもガードレールが頑丈になったり高いものに換えられたりするように、以前よりちょっともっこり厚めの血管壁になり、丈夫で破けにくくなる。
・・・・長々とためになるようで恐らくならない前振りをつらつらと述べさせて貰ったが、そろっと本題に入ろう。
実はこれ、体内の魔力器官にも言えることらしい。
まだよく分かっていないことも多いが、体内の魔力は大体血管と並列して走っていると言われている。
うーん、体内を走るミミズモドキ・・・・想像するだけで身体が痒くなるね。まあそれは良いとして。
ミミズモドキこと魔力は基本的に血管のような「管」を持たないので、理論的にはきっかけさえあればどこからでも祟り神様になってコンニチワ!してしまえる。しかし実際のところでは、いざとなったら体のどこへでも行けちゃう分、狙って撃たない限り一か所からにゅるっと出てきたりはしない。ただっぴろい砂漠で渋滞なんか起こりようがないのだ。
――――以上のことから、僕は一つの仮説を立てた。
生後間もなく、あるいは母親の胎内で、僕は何らかの理由により一度、顔からにゅるっとコンニチワ! 状態に陥った。だがどういう訳だか漏れ出た魔力を僕の身体は鱗という形で頬へ結晶化させ、穴を塞いでしまったのだ・・・・。
かさぶたの様にいずれ取れるものならばいいが、如何せん、魔力についての資料が少なすぎる。剥がしたらにゅる、はご免である。爺が用意してくれる関連書を片っ端から読み漁ってはいるが、転生間もない僕の「魔力」に関する知識はそもそも絶対量が足りない。
生まれ変わってから初めての行き詰まりに僕もパージしそうです。
***
ども、鱗がチャームポイントの爬虫類系男子ことキース君です。
本日を持ちまして六歳になりました!
僕はさる理由からこの六歳の誕生日を心待ちにしていた。
六歳の誕生日。
それは男の子の十八歳誕生日のように、色々な特典盛りだくさんの節目の年だからである。
特典その一。
大人の付き添いありで城の図書館を使用できる年齢である。
城の図書館と言えば基本的、校閲制度の一貫として世に流通する前に納められた書籍を保管する場所である。通常公表されることのない一級資料まで蔵する、いわば知の砦。
もちろん誰でも使えるようなものじゃないので面倒な事務手続きと許可がいる。・・・・王族の許可が。
いやあ、初めての権利行使、今から胸が踊りますな! たまに、っつーか普段はお家騒動のイメージ以外ほとんど忘れてるけど、一応こういうメリットがあるんですね。外を出歩くなが暗黙の了見とされている僕だが、上手く立ち回りさえすれば要求してみる価値はあると踏んでいる。
入るのがそもそも難しい分、図書館はむしろ城のどこより人目につき辛い場所、つまり僕を放り込ん置くのにこれほどピッタリな場所もない。ふらふらと出歩かれるよりもマシ、と思ってくれれば放任主義(笑)のパパンも話半分で頷いてくれるかもしれない。いやきっと頷かせて見せる。最高権力者の言質さえ取れれば、後はこっちのものなのだ。
行き詰った鱗に関する研究に突破口を見いだせるかもしれない。
次に、後宮を出る年齢だから。
後宮というのは、まあ大方ご想像の通り王の花園である。だがもうひとつ大事な機能があって、この花園はお世継ぎたる王子たちの『教育』の場なのである。
この美しの園を飾る百花は各々の生家から様々な使命密命を負ってやってくる。つまりは彼女らの関係は貴族情勢の縮図と言っていい。そんな伏魔殿でまだ物事の判断もつかない幼い王子を『教育』することで・・・・・笑う人々がいるんだそうで。
幸か不幸か、例のキャッツファイトの飛び火火事で軟禁状態になった僕はその手の社会科のお勉強は魔法講義の傍ら爺に教わった。人生(、と言ってもまだ六年だけど)どう転ぶか分からないものだ。
異例中の異例である僕はさて置き、普通の王子様方には後宮を離れる前にお世話になった方々に『挨拶』をするという、これまた裏読みしたくなるしきたりがある。
僕は手荷物抱えて出てくだけでいいのだが、折角なのでこの機に母親に挨拶をしていくことにした。これがまあ特典っちゃ特典。
一人最期まで大ブーイングをする美中年がいたが、成長したら後宮なんて早々来れる場所じゃなくなる。チャンスがあるなら希望を夢見るのが人情というものではないか。
特典その三。
これが一番重要かな。
爺主催、僕のお誕生日パーティである。
お家の汚点とやらで現引きニート王子はまだ世間の皆様、狭義では社交界にお目通りが許されていない。
まあテーブルマナーとかなんか面倒そうな挨拶とかを免除されているのだと考えればありがたい限りだ。典型的コミュ障内弁慶の僕には荷が重たすぎる。
僕らのパーティは色紙の輪飾りや花で部屋を飾る程度の内輪のものだ。
爺手製のバースデーケーキを前に心尽くしのプレゼント、これまた爺が夜なべして作った赤いマフラーとフォトアルバム(写真は魔光紙なる魔力を注ぐことで撮影できるらしい)を贈られた。
現時点で女子力は成層圏へと達しているスーパー執事さんの面目躍如である。
滂沱の涙を流しつつ「この頃のキース様は・・・・」と回想する彼の脳内BGMも小田和正のかの名曲であろう。
二度目の人生ともなればこうしたイベントはなかなかこそばゆいものがあるが、爺は質素ながらもこの手の行事を僕よりよほど大切にしている。
パパンも母上様も六歳になってなお顔を合わせたことがないという事態に、いい加減事の奇怪さは隠しきれなくなっているが・・・・口先だけ寿いでくれる百人より百人分の心を贈ってくれる一人だ。
そもそもロイヤルファミリーとはいえ名ばかりどころかそのまま飢え死ぬ可能性さえあった僕を、ここまで育ててくれたのは他でもない爺だ。
いかに使用人とはいえ所詮よその家のごたごただろうに、ここまで愛情を注いでくれた彼には本当に感謝してる。
ま、でも今日はささやかとはいえ祝いの席。
湿っぽいのはここまでにして。
今はただ感謝をして、もっともっと魔法の勉強を頑張って、いつか爺に楽をさせてやるんだ!
そう言ったら爺の滂沱がナイアガラになった。
【超鼻ぶく提灯】に次ぐ新しい水芸かと思った。