エピソード13
マリーたちとのお茶会を終えて、はやひと月が経過した。
日当たりの悪い図書館は氷魔法を併用すれば日中でもなかなかに涼しい。残暑の厳しさに氷目当てのぶち陛下が時折顔を出すが、肝試しラッシュもそろそろ引き潮となってきた。この一ヶ月、マリーたちとは会っていない。
ぼっちの静かな日々は読書に費やすに限るが、いつまでも民衆の血税を食い潰す引きニートではいられないと、最近ちょっと思い始めた。
別に突然「俺がやらねば!」的な現政権への義憤に満ちた勤労意欲が湧いたわけではない。どっちかというと進路調査表を配られざわつく中学生的な、どうしたもんかなという、ぬるめの将来展望である。
なんてことはない。どこぞの熱いパトスのままに突っ走るお嬢さんを見ていて、無気力無計画ひたすら受け身な自分の生き方を見直してみようかと思ったのだ。
僕は有り余る時間を使って魔力について調べる傍ら、自分の人生設計について考えてみることにした。
まず、軍とか傭兵とかみたいな荒事は論外だ。
剣と魔法のファンタジーな世界ではあるがすぱっと切れる刃物なんておっかないし、何より馬車か転移魔法かが限界のラフォン王国では、前世のようにどこでも救急車が駆けつけてくれたりしないのである。治癒魔法はあるらしいが、その使い手は少ない。具体的にいうならコビトカバ級の希少性である。
そもそも戦場もない平和な世で「体一貫、剣に生き剣に死ぬ」は稼ぎ場所がない。あまり儲からない。
要するに怪我をするだけ馬鹿を見るというところだ。
安定した高収入と静かな田舎でできそうな在宅系の職がいい。鱗の謎を究明しつつ、のんびり暮らしたい。
「うーん、でも研究者ってスポンサー付けなきゃ出来ないよねぇ。作家とか? 覆面の作家とか? 確かに在宅で出来るだろうけど売れなきゃ意味が無いしなぁ。文才は・・・・多分ないな」
うむむん、実に悩ましい。
食っていくというのは決して楽じゃない。
紙を作ったり武器を作ったり、異世界転生といったら前世知識でひゃっはーというのが王道なんだろうけど、この世界ではすでに必要そうなものは一通り揃ってる。何より魔法がござる。取り敢えずウォシュレットトイレも魔法でカバーできるのである。
僕ごときが今更何を提供できようか。
「――――というか僕、前世なにやってた人なんだろ?」
今までは何となくスルーしてたんだけど、ふと思い返してみた。
まさか前世知識がトイレ事情オンリーということはないはずだ。他にももっと色々と・・・・なんかあるよね、なんか。
まず、男だったとは思う。
女子トイレの記憶はない。
職場の机、中坊の頃のエロ本の隠し場所、夜勤で同僚が差し入れてくれたインスタントコーヒーの不味さも覚えてる。
僕は眉間をもみもみしつつ記憶を手繰ってゆく。
毎日が残業夜勤デスマーチ、休日なんてあってないような戦場。
少子高齢化の影響で激化する地方の前線は、しかし頼みの綱の増援は年々無情な減少傾向を示し。
白衣の天使(笑)の肝っ玉看護師の姐さん方に尻を蹴飛ばされ、子羊のように患者からの訴訟に怯え、馬車馬のように働く職種。
「・・・・・・医者、か」
そういや平均年齢七十才超のお嬢さん方に囲まれて、時々ばかうけとか貰いながら地方基幹病院で働いてたじゃん。
イマイチ覚えてなかった前世の死因は過労死説が一気に濃厚となった。
***
話は全然変わる。
と見せかけてわりと関係するエピソードを話す。
高校時代、これからの日本では就職するなら結婚式場より斎場という、夢もへったくれもない持論の友人がいた。
曰く、晩婚化の進む昨今の情勢をみるに、ブライダル関連の仕事よりいっそこれから世話になる「客」がますます増えてゆくフューネラルの方が与しやすしということらしい。学年のマドンナ的な奴だったのに、結婚も人生の墓場って言うだろう、私は生涯薔薇の園の庭師で良い、と真顔で答えて男どもを泣かせていた。
要するに。
結婚しない人はいても、死なん人はいないということだ。
病院は菌も多いが、きっと霊とか念とかもそれなりに多い。患者の念だかご家族の念だかで凄いことになってると思う。
電気ショックを流して、叫びながら心臓マッサージを続けて、酸素を吸入させて。どんなに手を尽くしても人は死から逃れられないのだと悟るとき、彼女の言葉を思い出した。
矛盾だね、と彼女なら皮肉げに言ったかもしれない。
さて、前述の通りラフォン王国には治癒魔法の使い手が少ない。薬はピンキリ、むろん細菌病理学などほとんど発展していない。というか、顕微鏡もない。抗生物質も無論ない。
これは由々しき事態である。
そもそも一夫多妻が容認されているのも乳児死亡率が低いから、というのが理由の一つだ。
僕・イズ・キッズ。
迂闊に怪我どころか、風邪もひけやしない。
では友人に倣い葬儀屋になるか。
王子なのに葬儀屋。職業に貴賤はないが多分継承権放棄してもこれはアウトだろう。
ならば、医学の発展に身を捧げ、再び医者になるか。
要は前世の医療知識を普及させれば良いのだ。誰でも出来る予防法治療法が確立されれば治癒魔法のみがてんてこ舞いという事態にはならなくて済む。ついでに魔法生理学とも関係深い分野だし、鱗についての研究は進みそうである。カレーとか味噌とか作っちゃえるような料理知識も特殊技術もない、馬車馬という名の仕事人間だった僕に前世知識チートの可能性があるとせば、それはきっと医療関係をおいて他にない。
どうせならもっとこう、経済界にどーんと名を馳せる黒幕的デカイ男になってみたかったんだけど、持ち合わせで何とかするかと思ってしまうところが元日本人。
うん、別にラフォンは高齢化ちゃうし。人口ピラミッドは富士山型だし。ポケベルに呪詛を吐きつつデスマーチにはなり得ない・・・・はず。多分。
取り敢えず、異世界のお医者さんを目指すことにした。