エピソード11
じーーー。
「・・・・」
じぃーーー。
「・・・・・・・」
じじじぃいいーー。
「・・・・・・・・・・・」
どうも、日当たりの悪い自室からそこそこ日当たりの悪い図書館へ引きこもりの場を移したキース君です。
いつも通り本を読んでいるとどこからか視線を感じる今日この頃。
これも有名税さ、スターは辛いぜ、なんてともすれば自信過剰になりかねん冗談を内心密かに飛ばしつつ、これでかれこれ一週間。
僕は小さなため息を吐いて本を閉じた。
「【歌え歌え、糸巻きの歌】」
突然手のひらに集い始めた魔素に視線の主、本棚に隠れた人影がぎょっと飛び上がった。
スカートを翻して逃げようったって――――もう遅い。
「どこへ行くの? 【氷縛】」
「きゃッ!!」
「ひ、ひゃああぁ!!」
稲妻のように、氷の蔦がサッと防音絨毯の敷かれた床を走った次の瞬間には。
氷の鎖に哀れ胴体をがっちり捕獲されたマリー姫とクララ嬢の一本釣りセットが二丁あがりだ。
「なっ! 取れない!?」
野郎なら首まで氷付けにしてしばらく身の凍る思いをしていただくところだけど・・・・女の子相手じゃそうはいかない。
生け捕りとなった二人をぶらさげたまま氷で引き寄せ、僕は半眼で腕を組んだ。
「こんにちは、お嬢さん方。・・・・それで、君たちはこんな埃っぽいところで探検か何かかな?」
まず先に、気の弱いクララ嬢がびくぅっと身を震わせる。抵抗終了。問題はジタバタと短い手足を諦め悪く暴れさせるお嬢さんの方だ。
自慢じゃないが、僕は自他ともに認める対人スキル最底辺の引きこもりだ。
毎日毎日貫通するほど見つめられ続ければ、例えそこに悪意がなくともストレスが溜まる。
子供の行動力って時々変な方向へ爆発するから厄介なんだよねぇ・・・・まぁ、そう言う僕も子供なんだけどさ。
怒ってるんだよ、という雰囲気を出しつつ軽い皮肉を口の端に滲ませれば、悔しげに口を真一文字に結んでいたマリーが、開き直ったようにフンッと鼻を鳴らした。
「今更探検なんかしなくたって、城のことくらい何でも知ってるわよ!」
「へぇそれはすごい。それで、ここへは何のご用事かな?」
「お前の正体を暴きに来たのよ!!」
どうだ、畏れ入ったか、という幼女のドヤ顔。
日溜まりにとぐろを巻くどら猫のごときこのふてぶてしさを、世のオ兄サン方は萌と呼ぶのだろうか。まこと深きは趣味人たちの魔界である。
「正体、ね・・・・。周りの人には聞いてみなかったの?」
「お母様は『呪われた蛇の子』って言っていたわ」
おや、ちゃんと知ってるじゃないか。
でもそこで素直にお兄ちゃんとは呼んでくれないところがマリーさんのマリーさんたる所以だ。うん、知ってた。
「ちょっ、マリー様!!」
「良いじゃない、ほんとのことよ」
ぷるぷると見ていて可哀想なくらい震えていたクララ嬢が、どこまでも正直なマリーの言葉に目を剥いた。青ざめ悲壮感の浮かぶ顔が若干哀れだったので気にしていないという意味でひらひら手を振っておいた。
――――まあ、このくらいは予想内。
力と良識のある家なら、今の僕は触れぬが吉の厄介者だ。
僕の母の生家は少し前まで王宮を巻き込んでの政争をやらかしてたそうだし、マリーの実家は軍部の要たる侯爵家。彼らが首を突っ込めば、つまらない火種にガソリンを注ぐようなものだ。
娘が好奇心に飽かして呪い子にちょっかいをかけさせるのを防ぐつもりだったのだろう。
普通の女の子なら、怯えて嫌悪して遠ざける。正直、そうしてくれた方が僕としても楽なんだけど・・・・
「ひとつだけ聞いてもいい? ・・・・君たちの口って、固い方?」
二者二様に頷くお嬢さんに、僕は再び小さくため息を吐いた。
***
好奇心は猫をも殺すらしい。
どこのことわざだか知らんけど。
現在、僕の部屋には殺猫犯になりかねない好奇心発生装置こと妹様と、椅子に縮こまるクララ嬢、お茶菓子を用意する爺に――――その足元を多い尽くさんばかりに跳梁跋扈する猫たちで、床も見えぬほどぎっちりと占領されていた。
「猫魔法?」
「そうよ」
温かな紅茶が沁みる。
なんだかやたらと疲労感が蓄積していた。
「猫たちと心を交わす祝福魔法のひとつね。猫たちの噂は一日で国中へ広がる、九つの魂と魔力を持つ彼らは『隣人』たちにも近い存在とも言われているわ」
爺はテーブルに焼き菓子やケーキを並べながらそんな彼女にちろりとひややかな流し目を寄越した。
「自慢気な講釈をありがとうございます。ですが、それはマリー様ではなくクララ様の能力なんでしょう?」
「ええ、素晴らしい力でしょう」
皮肉に対してもどこまでも偉そうに、大してありもしない胸を張る妹様は流石生まれついての王族というところか。【氷縛】を解くなりこの態度なのだからもう不遜を通り越して呆れるほかない。
祝福魔法、とはごく稀に出現する先天的な魔法素養の一種だ。
以前も述べた通り、魔法に基本的には属性というものはない。
しかし祝福は、ある意味その属性という存在に最も近い。「隣人」呼ばれる精霊たちの加護により、ある一点に関する魔法が劇的に特化する。
端的に言えば、特化のベクトルが戦闘じゃなかったサイヤ人みたいなものである。前世で言うところのチートというやつだ。
猫魔法特化サイヤ人ことクララ嬢は泣きそうになりながらぱたぱたと手を振った。
「あ、ああああのっ、そんな大層なものじゃないんです! 猫ちゃんたちのお喋りを一方的に聞かされるくらいで、私はなにも・・・・」
「なに言ってるの! クララの話はとっても面白いし役に立つわ!」
「で、でも、本当にただの噂話みたいのだから信憑性もないし・・・・それに、それに、」
萎れるように俯いてゆく少女を慰めようとしてか、ニャーニャーと部屋中の猫が鳴き始めた。あまりの騒々しさに鉄面皮を保っていた爺がとうとう眉をひそめた。
クララ嬢の縷々として述べられた説明を要するに。
夏の暑さが人の身に堪えるように、立派な毛皮を着た猫たちに暑さはなおつらい。そんな彼らの間では、近頃『竜の目』なる肝試しが流行っているらしい。
まぁ内容はご想像の通り、人間同様図書館に居座る僕を覗き行くというもの。
遠くは下位精霊の類いに連なる猫という生き物は、とかくゴシップ好きなのである。やれどこそこの三毛が噂の鱗を見た、いやいやうちの縞は目があったそうな・・・・などなど、エトセトラ。
毎日毎日似たような話が続くもんでクララ嬢もついぽろっと会話に溢してしまったのだが――――溢した相手が悪かった。
「・・・・成る程。それで未来のドラゴンライダー殿がいらしたって訳か」
本日三度目のため息。
まったく、僕の幸せがますます逃げちゃったらどうしてくれんのよ。
「正体を暴きに来たっていうのも?」
「ええ。だってお母様は蛇、でも猫たちは竜と言ってるのよ。気になるじゃない」
猫は悪戯好きだが、好んで嘘はつかない。
下手に聞き耳頭巾な友人がいただけに彼女の好奇心は僕を謎多き存在としてロックオンしてしまったらしい。なんだか頭痛がしてきた。
だが、頭を抱える前に聞いておくべき事柄がいくつかある。
僕は結果的に厄介事を連れてきたことになるクララ嬢に向き直った。
「竜の目・・・・っていうのは確かな話なのかな? 竜の存在を、精霊たちは知ってるの?」
「そ、その、はい。当代の猫の王は建国期の頃産まれたそうなので、まず間違いないと思います」
「その理由は?」
「一番最初に肝試しに行ったのが、その、猫の王で・・・・・」
ラフォンの王はどいつもこいつも肝試しがお好きなようだ。
「因みに今キース様が膝に乗せてらっしゃる子です」
「・・・・・・・・猫の王って長毛種なんだとばっかり思っていたよ」
にゃーん。
抱き上げられ、可愛らしく小首を傾げる諸悪の根元、ぶち猫。いつの間にか足に乗っていたもんだから普通に撫でてたじゃない陛下。
言われてみれば成る程、鼻の下の黒いぶちがカイゼル髭に見えなくもない。少なくともうちのパパンのネズミ髭よりは威厳がある気がする。
「キース様、その毛駄物をお貸しください。わたくしめが川に沈めて参りましょう」
「うん、お願いしようかな。と言いたいところだけど・・・・足に爪を立てられそうだから勘弁してあげて」
離れるもんですかい、というようにぶち陛下はがっちりと僕の太股に抱き付いていた。