エピソード10
はい、愛くるしいお嬢さんから、「乗りこなしてやる」発言頂きました。
僕はどうするべきでしょうか? 先生教えてください。
一、 自分を大切になさいと諭す。
二、 君に僕が乗りこなせるかな? と煽る。
三、僕たちは同じラフォン、つまり兄妹なんだと驚愕の真実を明かす。
どれを採ってもなかなか悩ましい選択肢である。
だがしかし、僕の解答はすでに決まっている。この状況下でこれ以外の返答があり得ようか。
僕は仁王立ちする少女の足元を指差した。
「・・・・そこ、本踏んでるよ」
***
本を踏んではいけません。
そんな名言を残した人は誰だったろう。芥川龍之介だったかな。あんま覚えてないけど。
竜繋がりで何かのご縁があったのかもしれない、なんてアホなことをつらつら考えながら僕はクッションから腰をあげるとお嬢さんに向かい歩み寄った。
「えっと、君の名前はマリー、でいいのかな?」
「え、ええそうよ! プリンセスマリーと呼ぶがいいわ。お前は平伏してはよう変身し、私を乗せなさい! 」
年齢は・・・・僕より下かな。四、五歳くらい。
へっぴり腰ながらもキューピーちゃんみたいな胸を謎の自信で反らしている。
僕は首を傾げた。
「ええっと、ごめん色々と聞きたいことはあるけど、取り敢えず変身って、なんのこと? おんぶでよければしてあげるけど」
「馬鹿にしないで!!」
お兄ちゃん的には善意の申し出だったのだが少女のはきっ、とまなじりを吊り上げた。
「私は空を飛んでみたいの! ドラゴンライダーになりたいの!」
「う~ん・・・・でも、もしこの鱗のことを言ってるなら、悪いけど君の期待には応えられないかな。これはただの生まれつき。僕は竜じゃないし、変身は出来ないんだ」
可能性的には頑張ってちょっと鱗が増えるくらいか。
つやすべだがあまり役に立たない鱗なのである。しかも、今はそもそも減らすのが目標なのだ。爬虫類/人間比を少しでも小さくすべく毎日せっせと図書館通いしているのだ。
ふと、辺りが妙に静かになっていたことに気づいて顔を上げると、ぷるぷる震えながら唇を噛み締めているマリーの鼻が真っ赤になっていた。
や、ヤバい! 泣かれる?!
「――――で、でもドラゴンライダーなんて凄く素敵な夢だと思うな!」
僕は出来るだけ警戒を抱かせぬようにっこりと笑った。
「僕だって、一度でいいから竜に会ってみたいって思うよ。残念ながら僕は竜になって君を乗せて飛ぶことは出来ないけど、いつか本当の竜に会えるといいね」
うん、本音。
大丈夫、嘘は言ってない。取り敢えず笑顔だ笑顔。ここは笑って誤魔化そう。
マリーは僕の顔を見つめたまましばらくきょとんと目を見開いていたが、次いでぼっ! と水も湯立ちそうな勢いで真っ赤になった。
「な、な、な・・・・!」
「菜?」
「破廉恥だわッ!!」
「!!!?」
何ィ!!?
仮にもジェントルマンを目指す男を捕まえてなんてことを?!
年端もゆかぬ幼女に破廉恥呼ばわりされるという、あまりの非日常的精神的ショックに呆然としている間にも、彼女は憤然とスカートを翻し廊下へ駆け去っていった。
え、逃げる女は追い掛けろ? 無茶言わんといて下さい。
こちらもまた負けず劣らず真っ赤な顔であわあわと逃亡した友人と僕とを見比べていたお嬢さんが、ぴょこんと頭を下げて、代わりに後を追いかけていった。
手を振る以外、何が出来たでしょうか。
先生マジで教えてください。
あと図書館ではお静かにお願いします。
***
「ほほう、流石はキース様ですな」
完璧な温度と完璧なタイミング、そして完璧な付け合わせでお茶を入れた爺は昼間の騒動を話すと楽しそうに笑った。
「マリー様と言いますと、ラムシュタイン侯爵家より輿入れなされたルイーズ様の次女ですな。一緒にいたのは恐らくヴィアイン伯爵家のクララ様でしょう」
代々名だたる将軍を輩出してきた武門の家柄であるラムシュタイン家。
その血を色濃く継いだらしいあのお嬢さんは愛読書は冒険小説、詩集を朗読するより剣の修行をしたがるなど、大層お転婆で使用人たちの間ではそれなりに有名らしい。
だがあれでなかなか面倒見のいい性格だそうで、困った子だけど可愛がられる、いわば僕とは正反対なタイプだ。
「彼女は初代国王とその后の冒険がお気に入りなのです。この国に生まれた子は大概二人の物語を聞いて育ちますから・・・・キース様はすでに建国神話原本まで読破しておられるようですが」
「えっ、いやいや! ほら、爺の読み聞かせが上手かったもんだから自分でも調べたくなって、ね?」
じと~~~ん、と恨みがましい目を向ける執事をなんとか宥めすかし、僕は温かなお茶を口に含んだ。
「――――ところで話は変わりますが、キース様は最近婦人方の間で流行っている恋愛小説についてご存知ですか?」
「うん? まぁ、そういうジャンルがあるのは知ってるけど、基本的に僕の調べものとはあまり関係がなさそうだったから内容については殆んど知らないかなぁ」
「では、キース様は無意識に言ってしまわれたのでしょうな。いやはや、罪なお方です」
「?」
「マリー様に仰られたキース様のお言葉、主人公が初夜を共にしたベッドの中の后に言うセリフと殆んど同じなのですよ」
「ぐっ!!? げほっ、ゴホゴホ!」
吹いた。
「は、・・・・え、何を・・・・?」
「こちらを」
口元を拭うためのタオルと共に、スーパー執事さんはそっとピンク色の装丁の文庫本を差し出した。
「『そうだな・・・・俺も、竜に会ってみたい』『カール・・・・』潤んだ目で見つめる后に彼は甘く、けれどどこか切なく微笑んだ。カールは自らが竜であることをまだ彼女に明かせていなかった。『・・・・俺は君を乗せて飛ぶことは出来ないけど、いつか本当の竜に会えることを願ってるよ』『ええ、ありがとう』見つめ合う二人は――――」
・・・・毛穴から変な液噴出するかと思いました。
爺のイケボ殺傷能力高過ぎ。