エピソード0
チョウチンアンコウを知っている人は多いかと思う。
暗い深海に住み、光で獲物を誘う怪魚・・・・醜悪かつユニークな見た目と共に有名な深海魚だ。では、チョウチンアンコウの繁殖については、耳にしたことがあるだろうか。
出会いの場が男子校名門運動部並みに少ない深海では、同種の異性と巡り会うのは恐ろしく困難だ。
雄は絶えずパートナーを探し出す努力を惜しまない。そして同種の雌と分かるとすかさずその体に噛みつき、さる酵素を出して融合。やがて雌の血管から栄養を貰い、いつしか精巣のみを残して退化し、呼吸さえも自分では行わなくなる。
女の太股に男の人面瘡がくっ付いているのでも想像してほしい。
まさにパラサイト。
生理的な気色の悪さというのか。深海魚展を見に行ったとき、一つ前のカップルが微妙な雰囲気になったことを覚えている。
でもきっと生命とは、そのくらいシンギュラーなものなのだ。
美醜なんて、深海の生き物たちはきっと考えたこともないだろう。
ともすれば宇宙に行くよりも遥かに難しいと言われる環境で、それは彼らが勝ち得た究極の進化の形なのだ。 その頭上に膨大な水塊を戴いて生きるために体を変え、暮らしを変え、到達した答えなのだ。
魚も、鳥も、獣も、人も――――そして竜も。
並外れた、非凡な、各々の、そして風変わりな進化を遂げて、今の形へと変容してゆく。
生まれた姿かたちに生きている理由なんてなくたっていい。
今が真実だ。少なくとも僕はそう思う。
いかに醜かろうと僕が僕である、その事実だけが僕にとっては確かなものなのだから。