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シグナルの向こうに[心の鍵続編]  作者: 那結多こゆり
序章0…一恵・再出発
4/15

 おれのこと覚えてる? ­­宇多さんは、そう付け加えて、白い歯を見せた。


 いきなり、つきあってたなんて言うから、思わず、は? なんて、間抜けな返事しちゃったわ。


 やや大きめな一重の瞳に、まばらにあるニキビが特徴的な男性。


 うーん、見知った感じもするんだけど、はっきり言えば、覚えていないが正しい。

 しかし、たった一週間ぐらいつきあっていた子……って言うか、一週間じゃ、つきあっているなんて言えないと思うんだけどな。それをいまでも覚えているなんてすごい記憶力。


「あっ。えっと……こ、こんにちは」

「一週間くらいじゃ覚えてなくて当然だよね。それは置いといてと、だれかに用事?」

「えっと、久保田課長に」

「課長なら、自分の席にいるよ」

「ありがとうございます」


 わたしが離れてから、宇多さんに群がる男性たち。自分のことを言われているとわかったので、なんとなくいやだった。

 またわたしのこと暗いやつと言ってるのかしら。

 そう思っていた。


『おい、宇多。岩本さんて元彼女だったん?』

『いちおな』

『てかさ、一週間って、つきあっているなんて言えないんじゃない?』

『どうとでも言え』

『そんなことより、あの子、ねらい目だよな。なんかかわいいよなぁ』

『だろ。振られたけど、アタックしようかと狙っているから、邪魔するなって』


­­ チラチラとわたしの顔を伺うように話す男性陣たちが気になり、わたしは早くこの場から逃れたかった。


『お。宇多の宣戦布告。受けてたつぞ。たださ、ちょっと気になることがある』

『え? 誰が?』

『だから岩本さんだよ。どうも、えな様にたてついたらしくてさ』

『まじぃ?』

『やばいじゃん。えな様に目をつけられたらただじゃすまないだろ。本家がでてくるかもな』

『おれはアタックするけどね』

『おいおい、宇多。やめておけって』


一段と盛り上がりをみせた宇多さんたちを横目で見、久保田課長はわたしを捉えた。


「ん? 岩本さん、どうしたんだい」

「久保田課長、突然すみません」

「いいよ、何か用事かい?」


 年下の子をかわいがるような口調。高ノ居さんや経理課にいる同期の子たちがいうのは、久保田課長は鬼のような存在らしい。

 だから、課長に怒られたくないから、高ノ居さんはうそまでいって、わたしだけ設計に行かせたみたいだ。と言っても、確か、久保田課長は特級階級の位だから、彼女よりも階級が低い。

 それなのに、怖い存在なんて、どういうことだろう?


「あの……この前の伝票のお礼に……」


 わたしは小さめの箱を課長に差し出した。包み紙には、天羽あまば生菓子店とロゴが入っている。町で有名なお店で、オープン後まもなくすべての生菓子が瞬間的になくなるくらいおいしい。

 工場長に相談したとき、課長がここの生菓子が好きと聞いて、お手伝いさんに頼んで購入してもらった。自分がいけばいいけど、あまりでたくなかったから。


「これは、おれの好きな……いいのかい?」

「はい。よかったら召し上がってください」


 うれしいな、そういいながら、課長が包装紙を取り除く。

 その間に、課長の周りにわらわらと人が集まってきた。さっきの宇多さんたちも引き寄せられるように固まって、そのまま吸収された。


「すげぇっ。これって有名店の生菓子ですよね。……岩本さんが買ってきたの? よく買えたね」

「開店時にほとんど生菓子ないよな、あそこって」

「おれ、いまだに食べたことないよ」


 休み時間でまばらでもあるけど、設計の他にも課があるので、数十人ぐらいの群れができてしまう。それが男性ばかりだったので、わたしは逃げたい気持ちになってくる。


「岩本さん」

「は、はい」

「こんなにもらっていいの?」


 こんなに、といっても小さいので、箱の中に入っているのは、七つくらいしかない。


「はい」

「ありがとう。いただくよ」

「こちらこそ、本当にありがとうございました。じゃ、わたしはこれ……」


 そう言いかけたとき。


「あ、まってまって」


 課長の隣にいた宇多さんが、わたしを引き止めた。


「なんでしょう?」

「このお店で、しかも三つ以上買えるってすごいな、って思ってさ。たしか、店に張り紙あったよな。中級分家以下の人たちは、ひとり、一つまでって。三個以上買えるのは、高い位の人たちだけだろ」

「……お店の方と知り合いなので、おまけしていただいたんです」


 納得したかどうかはわからないけど、宇多さんはそうなんだ、と頷いてわたしを解放してくれた。

 その日の終業後。事は起こった。


「岩本さん」


 久しぶりに早く終わったので、二本はやい電車に乗れそうだわ、時計とにらみあいっこしていた。


「? えな様? もう帰られたと思っていましたけど」

「岩本さんに用事があるのを思い出して戻ってきたんですよ」

「わたしに? なんでしょう?」


 ムッとした表情だった。

 遠くの方で、高ノ居さん付の護衛の男性が遠まわしにこちらをうかがっている。


「今日、設計の課長に、お菓子を差し上げたそうですね」

「あ、はい」

「あたしの分はないのかと、思いまして」

「は?」

「だってそうでしょう。岩本さんが納期を忘れてしまったことで、あたしの顔に泥を塗った行為に値すると思うんですが?」


 彼女は、遠回しに迷惑かけたから自分もお菓子をもらえる権利がある、と主張したいわけみたいだ。そもそものミスは、自分にあったことすら忘れているらしい。


 幼稚でめんどくさい女……。


 思わず、そうつぶやきそうになった。

 とそこで、先ほど遠まわしにみていた男性が歩み寄ってみた。


「えな様。ここはわたしが引き受けます」

「そう? よろしくお願いするわ」

「初めまして。わたしは卒爾そつじと申しまして、えな様の護衛を引き受けております」

「こちらこそ、初めまして。岩本一恵です」

「失礼ですが、岩本さんは中級分家のご身分だと聞きましたが、間違いありませんか?」

「はい」


 ああなるほど、高ノ居さんからの制裁なのね、これ。と気づいた。しかしなんで自ら犯したミスを押し付けられた上に、こんなことをするんだろうか。納得いかない。


「えな様がどんなに悲しんでいることも知ろうともせず、岩本さんは他の方だけにお詫びの品を献上した行為、どう詫びるつもりでしょうか?」

「そう言われましても……直接助けてくださった方にお礼するのが筋かと思います」

「ふつうのご身分ならそれでもいいでしょう。しかし、えな様は……」

「次頭分家のご令嬢ですね」

「わかってらしてもなお、そのような態度をとられるとは。愚かとしか、言葉が浮かんできませんよ」


 遠まわしに、両親の躾を問われている気分になった。


「これはやはり……。えな様、いかがされますか?」

「そうね、陛下にご報告した方がいいわね」

「僭越ながらそうされた方がよろしいかと。では岩本さん、覚悟はよろしいですね?­­ えな様、これを」


 そう言うと、彼は高ノ居さんに黒色の手帳を渡した。


「ありがとう、卒爾。いいですわね、岩本さん。陛下に連絡させていただきます」

「え? 陛下って……」

「岩王陛下に決まっているでしょう? あなたのところの不祥事ですもの」


 高ノ居の本家は不在のはずでしょう、と突っ込みたかったけど、高ノ居さんに先手をとられてしまった。


 久しぶりに、お祖父様のことを岩王陛下って言うのを聞いたわ。大抵の人は、俊成様が多いのに。まぁ、高ノ居さんの言い方も正しいけれど。と言うか、何? この人たち、お祖父様を呼ぶ気? 呼べる力、あるの?


 疑問が宙に浮いていた。

 それは、すぐ形にあらわれた。

 高ノ居さんが、手にしていた黒い手帳を開く。そして、おもむろに携帯電話を取り出し、番号を押し終えたそのとき。


「岩王陛下のご邸宅でしょうか? わたくし、高ノ居産業重役の娘でえなと申します。陛下に至急のお話がございまして。はいはい。そうです。それでは、お任せ頂けるでしょうか。では、本人と変わります。……岩本さん、どうぞ」


 覚悟を決めて、高ノ居さんから電話を受け取る。


「お電話変わりました。一恵です」

『次頭分家の分際で、一恵にものを言うなんて、けしからんな』

「は?」


 正真正銘、お祖父様だった。

 高ノ居さんの唇がこうをえがく。


「決めたのは、そちらでは?」

『理由があってのことだ』

「そうですが……。では、わたしは会社を辞めればよろしいので?」

『辞めさせるわけないだろう?』

「じゃあ、どうすれば……?」

『高ノ居えなは嫌いか?』

「……いいたくないです」

『そうか、わかった。あいつにはお灸をすえよう。替わってくれ』

「はい……えな様、どうぞ」


その瞬間、高ノ居さんは驚愕の態度をとる。


「は、はい。えなです。え!! そ、そんな……わ、わかりました。失礼致しました」


 携帯を耳から離すと。


「信じられないですわ。あたしにあんなことしたのに、お咎め無しだなんて……。ふん。卒爾、行く……久保田課長」

「お帰りですか、えな様」

「いいご身分ですね。あたしでさえも、すぐ売り切れて、あまり買えない生菓子を独り占めして」

「論点はそこでしたか。わたし一人ではなく、課のものと食べましたよ」

「もういいです」

「そんなに、岩本さんがお咎め無しになったこと、気に入りませんか」

「もう、いいではないですか」

「えな様、岩本さんにちょっかい出さない方が身のためですよ」


 心臓がドキン、と高鳴った。

 久保田課長!? わたしの本当の身分、知ってるの? 


「は? ちょっかいだなんて、あたしはただ、身の程をわきまえて欲しかっただけですわ。それに、岩本さんの身分は、中級分家でしょう」

「それではなぜ、路尾さんが突然解雇されたかわかりますか? それと、工場長がなぜ、彼女を気に掛けるのか?」

「まさか、本家の花嫁候補? いいえ、ありえ無い。もういいですわ。この件は、寛大なあたしが許してあげることにしますから。では、失礼致します」


 そう言って、高ノ居さんは護衛の男性を伴い去っていった。

 少しだけ、彼女の後ろ姿を見てたけど、不愉快になるので止めた。


「あの、久保田課長」

「悪かったね、岩本さん。いきなり、あのような発言をしてしまって。ただね、もう少し、えな様も立場を考えて行動していただきたくて。余計なことをして申し訳ない」

「……知っているんですか? わたしのほん……あ、いえ、何でもありません」


 本当の身分を、と言いたいのをグッと抑え、心の中に閉じ込めた。

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