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シグナルの向こうに[心の鍵続編]  作者: 那結多こゆり
序章0…一恵・再出発
3/15

2015.12.15追記。

3話がかなりのボリュームになっていたので、分けることにしました。

区切りのいいところで終わっていなくてすみません……。

次話以降のアップですが、調整中のため、もうしばらくお待ちください。

 秋の月。木々の葉が、紅に染まる季節。

 事務課の男性は、わたしが中級分家だというだけで無理難題をおしつけたことはなかった。だけど、一人だけいる。唯一の女の子、高ノ居えな。彼女は高校の後輩なのだが、わたしが彼女のことを覚えてなかったのがショックだったらしく、ほぼ毎日絡んでくる。

 しかも、そのやり方が問題。


「岩本さん」

「はい」


 またなの? そう思いたくなるような心境。

 わたしの席にきたのは、高ノ居さんではなく、田戸蔵課長なのだから。


「この伝票、来週の納期だからやってくれ」

「短大卒なら、軽いですわよね~」


 うれしそうに笑いながら、高ノ居さんはわたしの顔を見た。

 学校ではそんなこと勉強するわけないじゃない。


「じゃあ、頼むな」


 なにもなかったように、課長は自分の席に戻っていく。

 設計から頼まれる伝票は、その後に工程内で生産される電線に深く関わってくるため、間違いを許されない。

 そんな大切な伝票作りを、入社して半年そこそこのわたしに作らせ、それを安易に認可してしまう課長の気持ちもわからない。

 ここのところの残業は、高ノ居さんの新人いびりともいえる仕事の増加が原因だと思う。いつか間違えるんじゃないか、わたしはそう思っていた。

 だって、その伝票は課長がちらっと目を通してそのまま工程内に回ってしまうのだから。

 案の定、それは起こった。

 ただ、べつのものだったのが救いなのかもしれない。


「もう、これは今日中にやらないといけないって言ったじゃないですか。あたし、知りませんわよ」

「え? でも、さっきは……」


 高ノ居さんは半ばうれしそうにわたしに言った。先程の彼女からの言葉は何だったのだろうと伝えようとしたけど、高ノ居さんの表情が歪み始めたので、言えずに呑み込んだ。


「岩本さん」

「は、はい」

「えな様から聞いたよ。昨日納期の伝票すっかり忘れていたんだって?」


 課長も設計とのいざこざを避けたいみたいで、なんてことをしてくれるんだ、そんな顔をしていた。


「……すみません」

「ふぅ。いまから設計課に行って、納期を延ばしてもらうように頼んできて」

「はい」


 同期として一緒に入った高卒の年下の子たちは、ミスすると課長も一緒にいって謝ってくれるようなことを言ってた。だけど、わたしは彼女たちよりも二つも上だし、そういう扱いは無理なんだろうな、そう思うしかなかった。

 設計に行くと、女性は路尾みちおさんという定年間近の女性しかいなかった。

 しかたないので、わたしは彼女に近づき伝票のことを伝え、納期を延ばしてもらえないかと頼んでみた。


「あなたねぇ。新人だからってそんな甘えが通じると思ってる? 会社はおままごとじゃないのよ! 真っ白の伝票もってきて、忘れましたから納期延ばしてくれだなんて。それなら、ここまでやってだめでした、くらいのことをしてからきなさい!」


 一方的に捲し立て上げられ、わたしはグッと手に力をいれた。

 そもそもの原因は高ノ居さんの伝達間違えだった。伝票には納期があらかじめ書かれていて、きのうまでは一週間後でかまわないという日にちだった。

 だけど、おとといになって納期をきのうにしてほしいと設計から言われたらしく、高ノ居さんがそれを承諾していたみたいだ。

 なのに、わたしにそれをいうのを彼女自身忘れていた。と言うか、さっき初めて彼女から聞いて、その事を知らされた。それなのに……。


『課長。あたし、ちゃんと岩本さんに納期のこと伝えたのですが……。でもしっかり伝わってなかったみたいで、すみません』

『へぇー珍しいな。えな様があんな言い訳するなんてさ。つーか、さっき岩本さんに伝えるの忘れてたとかいってたのに、よく言うよな……あ? い、岩本さん!? えーと、ほら。うん、今のはおれの独り言だから』


 課長の近くの席に座っていた荒釜あらがまさんが、わたしの存在に気づくと慌てた。彼は、高ノ居さんに自ら接しない唯一の人。


 これが新人いびりに分類されるのかわからないけれど、わたしは何度もこんな風に高ノ居さんから攻撃を受けていた。彼女の言い訳に突っ込みを入れていた荒釡さんを除けば、ほぼ全員、高ノ居さんの味方で、わたしのフォローなんて誰もしてくれなかった。

 課長はいつものように、優しく彼女を宥め、


『えな様の責任じゃありませんよ』


 と優しく微笑んだ。

 男性は新人がくると甘くなる、と工場内ではいわれているけど、それは十代の若い女の子限定じゃないかしら、と思う自分と、高ノ居さん贔屓だからわたしなんて見向きもしないのかしら、その考えが交差し結論に至らなかった。


「……いい? 納期は厳守……あっ、久保田課長」


 設計課の入り口から、ヘルメットをくるくると手で回しながらはいってきた中年の男性を呼び止めた。


「ん? どうした」


 スタスタと課長のそばまで行くと、路尾さんは課長にひそひそと話していた。

 わたし、ここにいてもいいのかな。

 話はいちおう、終わったわけだよね。

 でも……。

 どうしていいのかわからず、わたしはその場に立ち尽くしていた。

 しばらく話し合ったあと、路尾さんは課長から離れると、近くにいたわたしを見つけた。そして、うんざりとした表情で一瞥する。


「なに。まだいたわけ? ここで油売っているなら、はやく自分の席に戻って伝票書いてきなさいよ」


 ギロリ、と睨まれ、わたしはなにも言えなくなった。

 まだいい足りなかったのか、わたしに向かって口を開こうとしたとき。


「路尾さん」


 彼女の後ろから、課長が声をかけてきた。


「どうしました?」

「君の階級は何だったかな?」

「え? 平民ですが、何か?」

「それならもう少し、気を使うべきだと思うよ。岩本さんは、中級分家だからね」

「それとこの件は全く関係ありません」

「そうかい? それじゃあ、言い方を変えようか。君は会社に入って何年目になるんだね」


 そういいながら、わたしと路尾さんの間に入った。


「三十五年くらいですけど?」

「なら君と彼女の仕事差を考慮してもいいんじゃないかな。なんせ、岩本さんは半年くらいだろ」

「そうですが、でも甘いことは」

「いいじゃないか。一度そういうことがあれば、次回からやらない。そういうもんじゃないのか?」

「そ、そうですが……」


 わたしは設計の課長の行為にあ然としていた。

 まさか助けてくれるとは思っていなかったから。


「岩本さん」

「は、はい」

「こんどから気をつけてな。それで、納期は明日でいいかい?」

「はい。ありがとうございました」


 しかたないわね今回だけよ、路尾さんはそういって、伝票の納期欄に明日の日付を書いてくれた。

 二人にお礼を言い、ホッとした気分で設計課をあとにした。


 それからまもなくして、路尾さんは誕生日を向かえ、ううん、正確には誕生日月を待たずに退職したことを聞いた。そのとき、本当かどうか定かではないけれど、路尾さんが本家か筆頭分家に粗相をしたからやめさせられたとか、その時彼女がものすごく抵抗していた、と設計の誰かが話していたのを耳にした。


 ああまたか、こういうことは会社に入って数か月でいやというほど聞かされた。だからもう、気にも留めないことにした。それより、彼女がいる設計に踏み入れるのは多少勇気がいていやだったけど、心置きなく棟に入れたことの方がわたしにとり重要だった。そう課長に改めてお礼を言いたかったから。


山丘やまおかさんのこと聞いたか?』

『可奈ちゃんのことだろ。聞いた。おれ、狙っていたのに、谷見とくっつくなんてな』

『おぅ。かわいかったのに』


 どの女の子のこと言っているのかよくわからなかったけど、入り口のところで若い男性が複数だれかの話題で盛り上がっていた。


「お。一恵ちゃん」

「え?」


 その中の一人が、わたしに声をかけてくる。


「覚えてる? おれのこと」

「? い、いえ」


 記憶の糸を手繰り寄せても、だれかわからなかった。といっても、高校時代はわざと考えてない。


「そんなもんだよな。一恵ちゃんと一週間ぐらいつきあってた、宇多うだ

「は?」

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