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シグナルの向こうに[心の鍵続編]  作者: 那結多こゆり
序章1…守・再会
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後編


 暦の上では、春というのに、空をかけめぐ

る風が冬に逆戻りしてしまったかのように、肌寒い陽気。

 コピー室の一件があってから、一恵は守に会うと必ず声をかけてくれるようになった。

 言葉にしなければ、伝わらないこともある。

 いつだったか、友達が守にそう言った。

 何でそんなことを伝えたのか、当時はわからなかったけど、今はっきりとわかった。

(ぼくはいつも行動を起こす前にあきらめていたんだ……)

 守は決心を固めた。

(玉砕してもいい。ぼくの気持ちを彼女に伝えたい。あきらめるのは、それからだ)

 思い切って、一恵を食事に誘った。彼女はその誘いにうれしそうに頷き、守の案内のあとついてくる。

「今日は一段と寒いね」

「そうだね。工程はもっと寒いよ」

「広いからストーブ炊いてもかわらないよね、

あそこ」

「設計は暖かくていいよ」

「でもスカートだからその分冷えるかも。……あっ、ここのお店?」

 そういって、一恵は店の前で止まった。

 会社から歩いて三分と近いこの『三福亭(さんぷくてい)』は、社員たちの憩いの場でもあった。

「ああ。ここのチャーハンおいしいんだ」

「知ってる。わたしもたまに設計の子たちとくるから」

 店内に入って見回すと、会社の制服をきた人たちがちらほらと席に座っていた。まだ、お昼に早い時間なので、そんなには混雑していない。守は数少ない座敷席に一恵を案内する。

「いらっしゃい。今日は山本さんじゃないのね?」

 店員の女性が、お冷を置きながら守の顔を見る。

「こんにちは。山本さんは出張なんだ。あ、ぼくはラーメンで」

「わたし、チャーハンお願いします」

「はーい。ラーメンとチャーハンね」

 店員はちらりと一恵の顔を見てから、そのまま厨房へと姿を消した。

「あの店員さん、知りたがりで有名なの、知ってる?」

「え? いや、聞いたことないよ」

「下手にいうとうわさ立つから気をつけたほうがいいよって、瑞口さんが言ってたわ」

「瑞口って、ああ、設計の……」

「うん。あの瑞口さん」

 そのあと、他愛のない話に盛り上がった。しばらくして、ラーメン、チャーハンが運び込まれ、そのおいしさに舌鼓を打つ。

「あのさ」

 一恵より一足早く平らげた守は、顔を引き締めた。

「ん?」

 最後のチャーハンを口に入れ、一恵は守を見る。

(最初から諦めていたら、実る恋も実らない)

「ぼくは……」

 そこで言葉を遮った。いや、正確には遮られてしまった。

「食後のフルーツです。サービスなので、召し上がってね」

 空になった食器を提げ、店員の女性はぷるぷるしたみかんゼリーを二人の前にコトリと置く。そして、気づいた。

「……ごめんなさい。邪魔しちゃったみたいね」

 申し訳なさそうに守に謝り、店員は席から離れた。

「おいしそー。土岐島くん、食べよ?」

「あ、ああ」

(みかんゼリーが嫌いになりそうだよ!)

 行き場のない怒りを静め、守は幸せそうに

ゼリーを口にしている一恵を見つめた。

「おいしい?」

「うん」

 子供に返ったように、一恵は目を輝かせ、ゼリーを最後の一口まで堪能し続けた。

 しかたなく、守も前にあるゼリーに手を伸ばす。

「あ、いけるな、これ」

「でしょ。ここのお店、女性が一緒だと食後にゼリー出してくれるの」

「知らなかったよ」

「いつも、ここに来るとき、上司の人と一緒なの?」

「ああ。山本さん。瑞口さんと同期の男性だよ」

「そっか。それじゃゼリーはお初ね」

 よかったね、と一恵は笑った。

(言うなら、いまだ!)

 スプーンを握りしめ、守は手に汗を作る。

「岩本さん」

「なあに?」

「き、君のこと好きなんだ。初めて会ったあの時から、ずっと……」

 一瞬、驚いた顔をした一恵だったが、すぐにいつもの穏やかな微笑みをする。

「わたし、わがままよ?」

「知ってる。それをひっくるめて、好きなんだ」

「いいの?」

「でなかったら、声をかけてないよ」

「……つきあってみようか?」

「ほんと?」

「うん」

「やったーーっ!」

 守の声が狭い店内に響いた。

 周りにいた数人の客が、何事だといった表情で二人を見詰め、そして、厨房に戻っていたはずの店員までもが、守の声に引き寄せられたかのように、再び店内に姿を現していた。

「よかったじゃない。土岐島さん」

「え?」

「あたし、土岐島さんは彼女のこと好きなんだなって思ってたのよね」

「……えっ」

「心配しないで。誰にも言わないから」

 じゃあね、と店員の女性が背を向けて、また厨房へと入っていった。

「しかたないわね。知られちゃったし」

 そう言って、一恵はため息をついた。

「……」

「あの人、知りたがりの上に、話したがりなんだって」

 かなりの重さの荷物が、守の頭上に落ちたような感触だった。

「他人にどういわれようといいじゃない。これからよろしくね。土岐島くん」

 そっと、一恵は守の手を握った。

(最高……!)

 土岐島守、五年越しの恋が実った瞬間だった。



 その光景を店外から見ていた人影がいる。

「あいつがなぜ……。いいわ。……奪ってやる。あの時のようにっ」

 そう言って唇をぎゅっと噛み、そして彼女は、一恵を睨みながら嘲笑った。

 雲ひとつなかった青空から、いきなり雨雲が進出した。ポツリ、ポツリと大粒の雨が降ってくる。

 やがて一面の雨雲に空が覆われ、本格的に雨が降り出していた。

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