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シグナルの向こうに[心の鍵続編]  作者: 那結多こゆり
序章0…一恵・再出発
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久しぶりの更新です。

よろしくお願いします。

 水守さんの車で、送迎されるのもあと少しかしら、と思っていた日。

 もうすこしで足の怪我も治りそうで、多少の痛みはあるけどそれが減ってきた。

 水守さんにお礼を言い、設計の事務所に入り、自分の席につこうとした。


 あれ?


 なにやら、課内があわただしかった。

 近くにいた宇多さんを捕まえて聞いてみる。


「宇多さん、なにかあったんですか?」

「あ、一恵ちゃん。おはよう」

「おはようございます」

「いま工場長あてに外線が入ってね。それが岩本茶工場の社長だったから大騒ぎなんだ」

「へ?」

「あっそうか。一恵ちゃんは知らなかったよな。十年くらい前だったかなあ。今日と同じように工場長……当時は主任という立場だったんだけど……茶工場の社長に呼ばれてね。つれていかれたんだ」

「そ、それで?」


 茶工場の社長って、お祖父様だったっけ。

 でもなんで?


 わたしは続きが聞きたくて、宇多さんを促す。


「で、そのあと工場長は何日か休んだあと、会社に出てきたんだけど、足をびっこひいてきたんだよ。それを見た人たちが、きっと灘四家の体罰をされたんじゃないかって言い出して。ほら、一恵ちゃんも知らないかな。本家の体罰は並大抵なものじゃないって。それでさ、もしや今回の呼び出しも、体罰絡みかなにかだって。みんな慌てているんだ」


 やっぱり、あの体罰は工場長が受けていたんだ。

 でも?

 わたしは浮上した疑問を聞いてみる。


「たしかに体罰はなんて言うか……嫌な感じですけど、どうして、みなさんまでが慌ててしまうのですか? 体罰を課せられるのは、本家や分家筋だけですし」

「うん。まあそうなんだけどさ。ここだけじゃないけど、昔はこの会社ではね高藤家に関係する人たちが優遇されていたんだよ。たとえここに入られたとしても、彼らに気に入られなければすぐに退社させられるってわけ。でも、工場長がその体制を崩してくれて、だれもが安心して働けるようになったから。もし、工場長になにかあって、またその昔の体制が復活されたら、みんな困るだろ? だからだと思う。みんなの慌てぶりをみてさ。おれもそのうちの一人なんだけどね」


 宇多さんは、わたしの耳元でそっと状況を説明してくれた。


「そうだったんですか」

「あぁ」


 どうしていいのかわからない、そんな素振りの宇多さんを見たのは初めてだった。

 いつも軽めの冗談を飛ばして場を和らげる彼は、仕事面ではとても優秀でみんなから頼りにされている。

 課内が慌ててしまっている状況はわかった。

 でも、宇多さんやみんなが工場長になにかあったのではって、慌てているのは、きっと違う。

 今回の呼び出しは。


 ま、まさか……。

 司?


 わたしはいてもたってもいられなくなった。


「ちょっと行ってきます」

「え? 一恵ちゃん? 行くってどこにっ」


 笑ってごまかして、宇多さんから離れ、そのまま工場長室へと早足でいく。

 治りかけといっても、まだ時々足が痛む。

 でも。


 早くいかなくちゃ。


 それだけが頭の中で支配され、わたしは夢中で工場長のいる部屋を目指した。


「いきなり来て、なんなんだよ! 司がなにしたっていうんだっ」


 工場長の声がする。

 コンコン

 入ってもいいかの返事も聞かず、わたしは急いで中に入った。


「と、突然すみません」

「一恵ちゃん?」

「一恵?」


 お祖父さまと工場長が、わたしの顔を不思議そうな瞳でみつめた。


「あの……」


 そう言いかけたとき、また部屋の外でノック音がきこえる。

 コンコン


「工場長、入るぜ」


 つ、司!

 やっぱり!!

 たぶん、お祖父さまはなにも工場長に知らせず、司を呼ばせた上で、体罰のことを伝えたのかも。


「司、入ってくるな!」


 工場長が叫ぶ。

 だけど、司の体はもうすでに部屋に半分入ってしまっていた。


「よぉ、司。元気だったか」

「げっ」


 お祖父さまを見た司があらかさまに態度をかえる。


 そっか。

 一回体罰をされていたんだ……。


「あ、か、一恵?」


 わたしがここにいることが不思議みたいで、焦点が合ってない。


「なにしているのよ。早く逃げなさいよ!」

「そ、そうだっ。司、早くしろ!」


 だけど、司が逃げるまもなく、周りに四人ほどいたお祖父さまのボディガードたちに捕まってしまう。


「いきなりなんだよ!」


 司ががなった。


「お前は一恵にけがを負わせただろう。あのとき約束させたよな。絶対に一恵を悲しませない、と。それを破ったんだぞ、司。体罰受けなさい」


 お祖父さまが静かに伝える。


 どうして。

 なんで、司がわたしに怪我をさせてしまったことを知っているの?


 頭がパニックを起こす。


 もしや!


 司に送ってもらったあと、玄関でたき江がわたしを迎えてくれたんだっ。

 そのとき、たき江は察知したのかも。

 たき江には数回、司の写真を見せたことがあったし、あの時点で彼を見ていたら、すぐにわかるだろう。

 それにまだ、わたしが司のことあまりよく思っていないと、たき江に勘違いされている。

 どういうルートで伝わったのかわからないけれど、足の怪我は司が関連しているっていうのを、お爺さままで伝わってしまったんだ。


 なんてことなの……。


「ほら、司。早く来なさい。岩本の戒めの間で体罰を行うことにする。いいな?」


 ハッとわれに返ると、司が連れてかれそうになっていた。


「ちょっ。ま、待ってくれよ!」

「問答無用」


 工場長もしかたなさそうに、それを見送ろうとしている。


「ま、待って! お祖父さまっ」

「一恵ちゃん?」

「一恵?」


 工場長とお祖父さまの声が重なる。


「体罰なんてしないで」

「なにを言うんだ。一恵」

「いやなの。お願い。やめて!」


 突然の申し出に、その場にいたみなが一斉にわたしを見る。


「一恵」

「は、はい」

「本気で言っているんだな?」


 お祖父さまの問いに、コクリと頷いた。

 そして。

 ゆっくりとわたしを見ると、


「しかたないな。今回はお前に面じて司を許すことにしよう。これでいいだろ」


 お祖父さまはため息を吐き出した。


「あ、ありがとう!」

「……司、聞いての通り体罰はなしにする。だが、話がある。ついてこい」

「え? あ、あぁ。で、でもよぉ、仕事が」

「貢、司の上司に説明しておけ」

「わかった」

「ほら、来いよ。司」

「え、あぁ」


 司を連れ、お祖父さまはボディガードの人たちと一緒に去っていった。


「一恵ちゃん」

「あ……すみません。出すぎた真似してしまいました」


 わたしが慌ててあやまると、そんなことないよ、と工場長は首を振った。


 それからすこし経ったある日。

 社内に設置されている小さな公園で、ばったり司と出くわす。


「きゃっ」

「わぁっ……びっくりした」

「つ、司!」


 お互い考え事をしていたのか、目の前に来るまで気がつかなかったが、正面衝突はなんとか免れた。


「……よぉ」

「ど、どうも……そ、それじゃあね」


 くるり、背を向け、公園を出て行こうとした。

 ほんとうは、お祖父さまからなにを言われたのか聞きたかった。

 でも。

 彼と会っていると……。

 悲しい出来事を思い出してしまうけれど。

 なんでか、あの広い胸に飛び込みたくなってしまう。

 だから、わたしは彼の元を去る。

 この先、司の隣に歩く人がいようとも、わたしはもう振り向かないでおこう。


「だめだ、一恵っ」


 いきなり手首を握られ、引き寄せられる。


「つ、司っ。なにすんのよ!」


 だけど、彼は答えない。

 そのまま、後ろからわたしを抱きしめた。


「お前のじいさんに言われた」

「え?」

「……本家の人間は、親か身内で決定された許婚がいるんだとさ。おれと一恵は、許婚になっている」


 司とわたしが……。

 許婚?!

 お祖父さま?

 どういうこと?

 そんなこと一度も訊いてない。

 両親からだって。


「生まれた時点で決定して、あとは本人同士の気持ち次第だってさ」


 司が言葉を発するごとに、わたしの髪の毛を揺らす。

 だめよ、司。

 一度振られたわたしは、もうあんたの側にはいられない。

 もう傷つくのが恐いから。


「一恵……おれ……」

「やめて!」


 司の腕からするりと抜け、対峙する。

「……あんたはあいつを選んだのよ。もうやめて。わたしの前から消えてよ。いまさら、なによ。バカ司!」


 悲しそうな顔。

 わたしはなぜか瞳をそらせてしまった。


「お前が忘れられない。一恵でなきゃ、だめなんだ」

「そんな歯の浮く台詞、聞きたくもないわ」


 好きよ。

 大好きなの。

 でも。

 わたしは、司を受け入れられない。


「……おれは……」


 司がなにか言っているのもかまわず、わたしは彼から離れた。


 ……追いかけてきてくれないのね。


 自分から離れていったのに、なにをばかなこと考えているんだろう。

『お前が忘れられない。一恵でなきゃ、だめなんだ』

 さっき司から言われた言葉が、リフレインする。


 ……でもね、司。わたしはあんたがその気でも、なにも変われないと思う。

 女には女のプライドがあるから。

 一度振られたのに、また好きだと言われて、のこのこ司の元に戻るなんて、絶対にしない。

 わたしは、心の中でそう誓った。


 季節は冬から春。

 だいぶ、暖かくなってきた。

 わたしが設計課に転属して、幾分仕事も慣れてきた、そんなことを実感していた日。

 上司の遠藤さんから、会議用に使う資料を事前に工場長まで持っていってくれと頼まれ、その用事を済まし、工程内を歩いていたときだった。


「おぉーい。土岐島ぁ」


 不意に聞こえる男性の声。

 その男性は、ちょうどすこし遠くの介在という材料の置き場にいた。

 すると。


「なんっスかー?」


 工程内の通行者専用の奥にある、試験室から一人の男の人が出てきた。


 この人が、土岐島さん?

 会社には本家と同じ苗字を持つ人がいる。でも、あの彼は呼びすてにされていたから、中級分家あたりなんだろう。

 だけど、なんとなく興味があった。

 以前、中級分家にいた土岐島という苗字を持つ人を知っていたから。

 あの彼なのかな、と思って、なんとなく声のする方を見つめていた。


「山本さん。どうしたんスか?」


 この人が土岐島さんなのかな。


 やや足早に、わたしの側を通りすぎていく彼。

 チラリ、と横顔を見た。


 え!?


 日焼けした肌。にきびもない綺麗な顔。


 もしかしてっ。

 ううん、そんなことないよね……。

 で、でも。


 山本さんという大柄の男性と話している彼を見れば見るほど、知り合いの彼に似ている。

 そう、司の友達という、あの土岐島くんに。


 まさか、だよね。


 でも、あの小麦色の肌は、まさしく土岐島くんそっくり。

 たしか、司と同じ電車に乗っていた彼が、司がいないことを伝えに来てくれたんだっけ。

 そして、わたし彼にわがままな願い託してしまったんだよね。

 きっと、司は寝坊して電車に乗り遅れたから、待っていたい。そう思って。

 土岐島くんに、学校の校門で待ち合わせをしていた智春に遅れることを伝えてもらった。

 今思えば、あのとき彼にとんでもないことを頼んでいたよね。

 でも、彼はちゃんと智春に伝えてくれて。


 ……心残りだな。


 もし彼があの土岐島くんなら、機会があればあやまりたい。


「あっ、やば!」


 もう一つ、遠藤さんから頼まれていた資料作りがあったんだっけ。

 早く、席に戻って仕上げないと。

 ……もし、工程で見た彼が土岐島くんなら。


 きっと、また会える。


 そのときが来たら、わがままな願いしてしまったことをあやまろう。

 そう思いながら、わたしは事務所の階段を上る。その足音は、気分的に軽快なものだった。

これで、序章0・一恵編は終わりです。次回からは、序章1・守編になります。よろしければ、読んでくださいね。

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