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シグナルの向こうに[心の鍵続編]  作者: 那結多こゆり
序章0…一恵・再出発
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 高藤電線があるこの西灘は、道路が整備されているけど、肝心の車が高額で裕福層の特別階級や上級平民でさえ、手が届かない。車に乗れるのは、次頭分家以上の位。

 代わりに、平民の足とされるのが、低賃金で乗れる自動で動く箱形の電車で、駅というところに電車が止まり、また次の駅に移動する仕組みになっている。

 灘中央が中心になり、そこから東西南北に電車が走り、各町に行き決まった時間に停まっている。


 司は、ただひたすら駅を目指して、歩いていた。

 幸い、大通りから外れていた道なので、通行人もいなかった。

 これが大通りだったら、完全にわたしたちは注目され、きっとむりやりにでも司から離れただろう。


「着いたぜ。文句はないだろ」


 そう言って、待合所の椅子にゆっくりと下ろしてくれる。


「ありがとう」


 すでに九時すぎていたので、電車を利用する人はまばらだった。

 でも。


「一恵」

「……つきあってもいないんだから、さんつけしてよ。わたしも司さんっていうから」

「断る」

「わたしはそう呼ぶから。返事してくれなくてもいいわよ」

「……そんなことより、電車止まってるぞ」

「えっ!」


 よくよく見れば、自動改札所のところに、小さな黒板が立てかけてあった。


 ――接触事故のため、只今上下線とも運休中。


 今日はお父さんもお母さんもいない。

 久方ぶりの同窓会だかで、夜も遅いだろう、と今日の朝言っていた。

 となると、運転手さんたちも出払っていないだろうし。

 お祖父さまにお願いするのも、いろいろあっていやだし。


「しかたないわ。歩いて帰る」

「な、なに考えているんだよ。歩くって、ここからお前んちまでかなりの距離だろ!」

「心配しないで、あんたは帰りなさいよ」

「ばかかお前はっ。おれと一緒じゃいやかもしれねぇが、なにがあろうと送ってくぞ」

「いやに決まっているじゃない。すごいわ。以心伝心ね、わたしたち。ってことで……」


 司が車で通勤しているのは、同期の女の子たちの話で知っていた。彼女たちは、司にお熱をあげていて、たまに遊びに誘っているらしい。中級分家の司が、なぜ、車を持てて、しかも車通勤出来た理由を、同期の女の子たちは自分のことのように話して自慢してた。


 このまま司の車では帰りたくない。


 わたしは背を向けて歩き出す。

 だけど。


「一恵っ」


 行こうとしたわたしを軽々持ち上げ、そのまま駅からUターンする。


「いや。やめてよ! おろしてってば」


 だが司はなにも言わず、黙止を続けた。

 そして。

 会社が所有している駐車場へと連れてこられ、車内におしこまれる。


「やだっ」

「素直に乗ってろ!」


 駐車場に設置されている外灯の明かりで、司の表情がはっきり照らされる。

 ……怪訝そうな顔。

 その間にドアを閉められ、開けようとしようにもびくとも動かない。


「なんでこのドア、開かないのよ!」


 運転席に座った司にくってかかった。


「あぁ。ロックがしてあるだけだよ。内側からは開かないけど、外側から開くから安心しろよ」

「安心できっこないじゃないっ。下ろしなさいよ!」

「ったく」


 みるみる司の顔が近づいてくる。


「え?」


 よけられず、そのまま唇が重なった。


「なっ」

「目を閉じろよ」

「ば、ばか! あんたとはもう恋人でもなんでもないんだからっ」

「んじゃ、一晩だけのアバンチュール」

「は? 何言ってんの。やめてよ!」


 結局、司のいいなりだった。

 いやだと思いつつ、再び近づいてきた司にわたしは目を閉じて応えてしまった。


「一恵……」

「んん」

「送ってくからな」


 知らずのうち、わたしは頷いていた。

 司の口付けは、なにか魔法のようなものがかかっているのかもしれない。


「なあ」

「なによ?」

「どうして、おれが車持ってて、会社に通勤出来たか聞かないのかよ」

「ああ、そのことね。同期の女の子たちが教えてくれたもの。あんたの提案が採用されて会社に利益をもたらしたから、その褒美で工場長から車を贈られたんでしょ? それで通勤してもいいって言われて」

「あ、ああ」

「歯切れが悪いわね、違ってた?」


 そんなことねぇよ、司はぼそっと言って、前を見、それから、なにも話してこなかった。


 緩い登り坂を上がりきり、車はゆっくりと低走行し。


「ここでいいのか?」

「ええ」


 岩本の家の門構えに、車を横付けする。

 つきあっていたとき、一度司を家に招待したことがあった。

 このとき、この家ではなく学校の名簿に載せてある分家のほうに招きいれたから。司が不思議な顔をするのも無理ない。


「引っ越したのか?」

「ううん」

「どういうことだ?」


 司の表情が怪訝そうになる。

 つきあっていたとき、お互い、国のトップの、灘四家といわれている苗字だったから、本家か分家かを伝えたことがあった。


「あんただって、同じようなものでしょ」

「え?」

「高藤の分家って言ってたくせに」


 そう司は、自分は高藤の分家だと教えた。工場長から司が自分の息子だと言われたとき、初めて彼が本家だと知った。

 当たり前の流れだけど、国のトップである本家から許しがない限り、分家筋の子が、本家の子どもとつきあうのは無礼な行いとされている。

 お互い、分家だと知り二人でホッとしていたけど、ほんとうは悲しかった。

 だって、わたしは岩本の本家。司は高藤の分家。もし結婚まで話がいったら、きっといろんな障害が出てくるだろう、と。

 でもそんな心配しなくてよかったんだ。

 いまさらだけど、なぜかわたしはホッとしてしまう。


「……わりぃ」


 ガキのころからそう言えって強要されていたんでさ、と付け加えた。

 会社内で工場長は、司のことを自分の息子と公表していない。教えてもらったあと、内密にしてほしい、と頼まれた。


「そうだったの」

「で、ほんとのところはどうなんだ? お前も本家なのか?」


 司にとって、わたしが本家でも分家でも、どっちでもかまわないのに。

 本家だよな、と念を押す。


「……う、うん」

「そ、そうか。それなら話してもいいか」

「なにを?」

「車だよ。これさ、親父……工場長から買ってもらったんだよ、就職祝いとしてさ。で、車通勤したいって言ったら、まあ、お前が聞いた通りに伝えろってさ」

「……そう。よかったわね」


 なんとなく、司の表情が明るくなったようにも思えた。

 そのあと、会話が続かなくなって、気まずくなる。


「あ、あの。ありがとう。家に入るわ」


 助手席のドアにはロックが効いていて、自分では開けられない。


「いいぞ、家に帰っても」


 司が意地悪く微笑む。


「司さん」

「……前のように呼んでくれなきゃ、このまま帰さねぇ」

「な、なによ。えらそうにっ。だれが呼んであげるものですか」


 司のいいなりにはならない。

 そう決めたのに。

 肩をつかまれ、近づく司の顔。


「あっ」

「一恵。元のように呼べよ」


 軽く、そして、強く……。

 つきあっていたときと同じように、交わされるキス。


「……つ、司……」

「あぁ。いま開けてやる」


 うれしそうな表情でわたしから離れ、司は運転席から外に出ると、助手席のドアを開けた。

 そのまま抱きかかえられ、玄関までつれてかれてしまう。


「え、ちょっ。つ、司!」

「ほら」


 ゆっくりとわたしを下ろすと、司はつきあっていたときのあのやさしい瞳で笑った。


「ごめんな」


 くるりと背を向け、来た道を帰っていく。


「司!」

「あ?」

「ありがとう」


 司はまた背中を向け、そして片手をあげて軽く手をふった。

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