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シグナルの向こうに[心の鍵続編]  作者: 那結多こゆり
序章0…一恵・再出発
1/15

 わたしの住む南灘一色町は、岩本家の本拠地。岩本茶工場の本部を始め、下請工場などで働く人たちや岩本家の使用人家族がたくさん住んでいる。名産品は、主に『南桜茶なんおうちゃ』という銘柄のお茶だが、ガラス細工も有名で、特にガラス細工を施したオルゴールが人気だ。


          ★ ★ ★


 灘諸国――。

 総人口二十万に満たない小さな国。七つの国々で構成され、その頂点がわたしの住む、灘国。

 灘国内には、五つの町があり、東灘一色ひがしなだいしき西灘一色にしなだいしき南灘一色みなみなだいしき北灘一色きたなだいしき、そして、灘中央なだちゅうおう。首都は、北灘一色を経て、現在、南灘一色町となっている。


 そして灘国の一年間は、冬の月から始まり、春の月、夏の月、秋の月が続き、それぞれ八十三日間。三百三十二日で一年間になる。冬の月が一番寒くなり、春の月に替わると、徐々に暖かくなり、夏の月で最高の暑さを迎え、また秋の月で涼しくなる。これが灘国の一年間。


 春の月、色とりどりの花が満開になる季節。

 わたしは、南灘一色にある、唯一の私立学校、相良女子短期大学を卒業した。

 その後の進路は決めていない。

 家族や身の回りを世話してくれる使用人以外、だれとも接したくなかった。

 だから、卒業後は花嫁修業をしながら、家でのんびり過ごしてみたかった。そう思っていた。


 だけど……。


「一恵、入ってもいいか?」

「……どうぞ」


 わたしの部屋にあまり来ない父が、真剣な面持ちで入ってきた。

 灘国内の男性の平均身長より少し高めの一八四センチの長身。整った顔つき。もし、父ではなかったら、きっと惚れてしまうだろう。


「すこし話があるんだが、かまわねぇか?」


 わたしが頷くと、父の口元が微かに動く。


 いつも思うんだけど、なんて言うか、『かまわねぇか』とか、砕けたというか、乱暴っぽい言葉使いをして、よくお祖父様じいさまが注意しないのかと思う。ふだんからこんな調子で話すし。ふつう、娘を前にして自分のことを『おれ』とか言うかな? 『お父さん』とか『わたし』とかさ、そんな言い回しをするべきじゃないかしら、と思う。仮にも、お父さんは灘国の最高位である岩本の本家の殿王子とのおうじなわけなんだし。これじゃあまるで、平民……あ、言い方が悪いか、そう、一般家庭……ううん、昔、やんちゃしていた人がそのまま大人になったって感じのしゃべり方っぽいんだけど。


 ため息をついたら、父に不思議そうな顔をされた。

 わたしは、そっと疑問を胸にしまい込む。

 祖父がそのままにしているなら、わたしに言える権利もない。


「どうかしたのか?」

「あ、ううん。なんでもないわ」

「そうか。なぁ、和室の部屋にしないか。こっちはどうも落ち着かない」


 父は、和室にある客間を指差した。

 自分で言うのもなんだけど、わたしの部屋は三つある。勉強部屋、寝室、わたし専用の客がきたときの客間。どの部屋も数十人がゆったりくつろげそうな広さ。


「なに、話って?」


 テーブルを挟んで、父の前へと座る。


「その前に、短大卒業おめでとう。まだ、言ってなかったよな」

「あ、うん。ありがとう」

「本来なら、本家に位を戻して公式業務に参加させてやりたいんだけどな。それに、婚約者の発表とかもあるし」

「お父さん! わたしはまだ、このままでいい。知らない人と結婚なんていやよ」

「……吹っ切れてないのはわかるけどな。一恵は元々本家の娘だ。婚約者はすでに親父が決めているし、本来、高校卒業したら、婚約者の家に行くのが筋なんだ」


 筋って言ってもなぁ。

 わたしは、父に気付かれないように、ため息をついた。


 父が『親父』と言ってた人は、わたしのお祖父様。岩本家の二代目当主・俊成としなり。つまり、現四総帥の内の一人。そして、わたしの父は、その実の息子でいさむ


 灘国では、代々、四総帥よんそうすいと呼ばわれている人物がいる。この方々が国の最高位トップ

 国内の東西南北の町に位置する「高ノ居家」「岩本家」「高藤家」「土岐島家」の四つの家の当主がそれに当たる。当主とはあまり言われず、総帥と呼ばわれたり、名前に様を付けるだけの人とか、陛下と呼ぶ人もいたり、人によって言い方が様々。どれも正解みたいだけど、未だによくわからない。

 ただ、今は北灘一色の「高ノ居家」当主不在のため、四総帥ではなく、三総帥なんだけど……。

 今は、関係ないか。


 たしかに、わたしは本家の娘になる。

 でも。

 わたしの位は、血筋として一番低い、中級分家。


 本家の娘は、高校卒業したらすぐ嫁ぎ先に行くのがしきたりだ。そして、本家の娘同様、分家筋の娘たちも同じように親の決めた相手の家に嫁ぐのが多かった。平民は、いかに稼げる会社に入れるか、親も子供も躍起になるらしい。

 自分の子供により豊富な知識をつけさせたいと考え、高校卒業したあと、短大や大学に通わせるのは、特級階級や上級平民の親たちだけで、わたしのように、というか、中級分家の位をもつ者が上の学校に進むのは異例だった。


 父の言う通り、わたしはまだ吹っ切れていない。

 あの忌々しい過去なんて、もう思い出したくもない。

 そんな枷がある今のわたしに、婚約者? まだ、結婚なんてしたくもない。だって今は、社会に出るよりも、もうすこし、家の中というやさしい空間に身を置きたかった。傷ついた心を癒したかった。


「一恵。お前の言い分もわかっている。だけど、この決定は親父だ。親父が一恵の婚約者を選定した。もう覆すこともできない」

「……麗子さんもそうだったの?」

「ん? あぁ土岐島麗子か? そうだ。土岐島の親父が婚約者を決めて、麗子に嫁がせた」


 麗子さんは、土岐島家の長女。お兄様がいるので、家を継ぐこともないけれど。高校を卒業したあと、灘諸国の一つ、鳴戸なると国の第二殿王子の元に行き、すぐ婚礼の儀をした。

 わたしは好きな人と一緒になったんだ、いいなぁ、と思っていたので、なんだか複雑な気分になる。


「そっか。ねぇ……わたしも他の諸国に行くの?」

「いや。お前の場合はある義務があるからな。この灘国に留まる」

「ある義務?」

「……まあ、言ってもいいか。高ノ居本家の復活だ」

「え?!」

「まあ、いまはまだ分家問題が解決していないから」


 わたしには、中級分家の位を持つ、両親がいる。

 岩本海里かいりさんと麻実あさみさん。実際は、赤の他人だけど。

 わたしが分家両親の子供としているのは、理由がある。

 簡単に言えば、分家のお家騒動。


 分家父の海里は、岩本の次頭分家当主の弟。弟なら、家の家督は告げなくても、次頭分家として当主を名乗っても許されるはず。だけど、兄の許しを得ることが出来ず、中級分家の当主になるしか道が残っていなかった。兄と言っても、母親が違う異母兄弟で、とても仲が悪い。

 本来、異母兄弟で家督を分ける場合の順位は、生みの親の出身階級が軸になり、分家父の母親は、筆頭分家の血筋。対する、異母兄の母親は、中級分家の血筋であるため、弟の母親の出身階級が上で、自分の母親が下の階級の場合、いくら兄弟だとしても、兄は弟である分家父を格下の中級分家の当主になれ、と言えない立場となる。

 なのに、法律違反を犯してまで、自分は上位分家につき、うまくいっていない弟を格下に押し込めていた行為を、本家が知り、救済処置をするためのカムフラージュにわたしが使われているわけだ。


 まだこの問題は未解決。

 お祖父様もこれを解決しないことには、わたしの位を戻せない。と思っているんじゃないかしら。

 まあ、だからと言って、本来、本家である娘が、短大卒業してもなお、何もしないのは問題かな。あ、花嫁修業するんだからいいよね。……たぶん。


 ん? でも、さ。

 あれ?


 湧いてきた疑問を、父に聞いてみることにした。


「あ、うん。分家のことはわかったけど、あの、さ。岩本家はお父さんが継ぐからいいのよね? でも、そのあとの代はどうするの? わたしが家を出るのが決まっているんでしょう。高ノ居家へ」

「あっ。そうか、まだ……。いや、あとでわかる。大丈夫だ」


 素敵な笑顔を向けられた。

 うん、それ公式業務用イベントスマイルよね?

 町の女性が即倒れてしまうという、殿王子の必殺技。

 なぜ、それを娘のわたしに使う?

 ちょっと、ドキン、としてしまったじゃない。


「一恵?」

「あ、うん。ごめんなさい。お父さんの後の当主の件が大丈夫ならいいの」

「そうか。それより、そろそろ本題に入ろう。いいか?」


 わたしは頷いた。

 父は一呼吸おいてから、話し始めた。


「実はな、おれの親友の兄貴が経営している会社に勤めてみないかと思ってな」

「え?」

「おれとしては、このまま花嫁修業として家にいてもかまわないと思ったんだが、親父や都子がな、家の中にいたらいたで、狭いところしか見えなくなるって言ってきてさ。かといって、おれの働いているところだと、一発で岩本の本家だとバレちまうだろ。だから、おれのダチの兄貴が経営しているところでどうかって思ってな。多少、人間関係が付きまとっているのも事実だけど、それ以上に学べることもたくさんあるとおれは思う。どうだろう、勤めてみないか?」

「……で、でも……」


 いきなりの父の言葉に、わたしはなんて答えていいのかわからなくなった。


 でも、その前に……。

 『だち』ってなんだろう?

 クエスチョンマークが、わたしの頭上に飛んでいた。


 そんなこと言えるはずもないから、ただ下を向いていた。

 それに、わたしはもう家族やお手伝いさんの他に、だれにも接したくなかったのに。


「心配することはないさ。その工場長にこの春就任したのが、おれの親友だ。お前のことを頼んでおいたから」


 花嫁修業をするって決めていたから、突然会社に勤めてみないか、と言われて答えられるわけがない。

 父はなおも続ける。


「今は中級分家だけど、一恵は将来、階級が戻るんだぞ。そうなると、公式業務イベントにも出ることになる。社会のことを自分の目で確かめておきなさい」


 わたしの頭上になにか重たい物がのしかかってくる心境だった。

 位が戻れば、本家。当然、姫王女ひめおうじょとして、公式業務イベントに参加しなければいけない。公式業務イベントは、町内だったり、他の町に出向いたりもする。いろいろ世間を知っていた方がいい。


 わかってる。位がいつか戻るのはわかっているわ。でも……。

 たとえ、位が戻って、公式業務イベントに参加しなさい、と言われてもやりたくもない。ううん、やれる自信がない。


 だけど、自分がやりたくなくても、それは決して取り下げられることもなく、ただ従う道しか残っていない。

 そう、この町というより、四家のしきたりがいつもわたしの心をしめつけていた。四総帥よりも上になる位で、一番上の地位になる、最長四総帥さいちょうよんそうすい。簡単に言えば、初代四総帥。その方々の決め事には、決して逆らうことができず、受け入れるしか方法がなかった。それだけ、四家では目上にあたる者を敬い、教えに従うという精神が徹底されていたから。


 でも、わたしは……。


「このままでいいわ」

「一恵。それはお前が決めることじゃないだろ。決断を下したのは、四総帥たち……言いにくいな、これ。つまりさ、親父たちの判断だ。このまま中級分家がいいから変えないで、なんて言ってみろ。即、処罰ものだぞ」

「……」


 生まれるなら、一般家庭がよかった。


 決して岩本家がきらいなわけじゃない。けれど、わたしが生まれる昔から代々守られていた家訓が重荷だった。詳しく言えば、岩本の家訓というより、名家四家……高ノ居、岩本、高藤、土岐島……に存在する共通のしきたりといったほうがいいのかもしれない。


 なんで、お父さんの言うことを聞かないといけないんだろう。

 なんで、お祖父様の決めたことに従わなければいけないの。

 それが、しきたりだから?

 ふざけないで。わたしはただ、自由になりたいだけ。

 でも……。


 結局、わたしは父の岩本の、母の高ノ居の血筋がしっかり入っているのか、絶対いや、と反対していても決められたことを受け入れてしまっていた。


 お父さんには逆らえない。

 お母さんにも反発できない。

 悔しいけど、そう思った。


「ごめんなさい。ちょっと反抗してみたかっただけ」


 うつむいたまま、父に伝えた。


「そうか」


 これが祖父だったら、たぶん体罰を科せられそうだけど、父は絶対にわたしに対して罰をしようとはしなかった。父のさりげないやさしさなのかもしれない。


「話元に戻すぞ。会社に勤めてみるかみないか、だ。どうする? 入ってみるか?」


 父の瞳は真剣だった。

 わたしを立ち直らせるため、一生懸命に話してくれている、そんな感じがした。

 日にちをかけて考えてみたかったけれど、もうすぐ入社式の季節。悠長なことは言ってられない。


 どうしようかな。

 せっかく、お父さんが勧めてくれたもの。会社に入ってみようかな。

 わたしの中で、小さな息吹が芽生えていた。


「……うん」


 わたしはゆっくりと頷いた。

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