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F.巷に鳥の声在りて

 ☆★☆★


 永遠に振り続けるかと思われた雨は、七日目の朝と共に、嘘の様に止んでしまった。

 そうとも、永遠等永遠に来る事は無いのだ――改めてそう告げられた様に、降り始めた時と殆ど何も変わっていない街並みの中で、人々は己が日常を再開する。それこそまるで変わり映えのしない、聖方西斯哥(サン=フラン・シスコ)の何時も通りの生活を――在るが侭に成るが侭に――


 ☆★☆★


 そして、フェリックス・スコープツィッヒは、交差する往来のど真ん中に居た。

 幻の都の(パセリ)恋人達に(セージ)想いをそっと(ローズマリーに)馳せる様(タイム)、愉快な調子で、けれど、何処か物寂しさを漂わせる鼻歌混じりと、筆記棒(スティック)を用いて熱心に、星乃至はその魚の有り様を砂岩の上に刻んでいる。

 その行為自体の意味はある――が、しかし、何故するのかの意味は欠落していた。つまりフェリックスにも良く解って居なかったのだ、自分がどうしてそうしているかを。ただ、しなくては、というそんな風な意識だけを覚えていた。己が有り様へと戻る、その前に。


 ☆★☆★


 その軌跡は中途で途切れる事となる――一本――二本――そして三本目が奔った時、突如差し込まれた靴脚がそれを制したからだ。襞を帯びて揺れる長い腰衣(スカート)を難儀して辿ると、そこに立っていたのは、セネティアス・フィドゥシアンだった。信仰心の青(サファイアブルー)に白の装飾も何処か古めかしい伝統装束(セイラードレス)に長身を包んでいる。始めて見る私的な服にして始めて見る女性的格好だったが、少なくともフェリックスは好ましく感じた。輪郭が朧なのは残念だが、致し方も無いだろう。元々一部は無い様なもので、他に遣り様は幾らもある。


 ☆★☆★


 今日和フェリックス・スコープツィッヒ。七日振りという所ですね。


 やぁどうもセネティアス・フィドゥシアン。お互い先日はお愉しみでしたね?


 今日はお話が合って参りました。その先日の体験についてです。


 ☆★☆★


 告げる挨拶に返る卑語を華麗に無視して、セネティアス・フィドゥシアンは言う。カチャリと指で眼鏡を押し上げつつ、痛く真剣な面持ちで。それでも軽々しく口に出来る話題で無ければ、軌跡の続きを脚先で刻み込んで、思考を纏める時を稼ぐ――三本――四本――五本目が奔り、地に平面なる魚が姿を顕す。それを合図(サイン)として、彼女はやっと唇を開いた。


 ☆★☆★


 先日私達が辿り着いてしまったあの存在――


 忌々しい(ファッキン)千の触手の眷属スクィッド・モンスターだな。


 何であれ(サムシング)仰ぐべき示現体ファンタズマ・マインドと称したく。


 君こそ始まり(スタート)、で? そいつが一体全体どうしたって?


 ☆★☆★


 挙げられる二つの名に、フェリックス・スコープツィッヒは、実に稀な事にも、自分から引いて見せた。セネティアス・フィドゥシアンもまたそこに気付き、ほんの少しだけ眉を潜めて見下ろすけれど、見上げて来るのはあのニヤニヤ笑いだけである――奇異な事と言えば、その微笑を眼前にしても、余り心はざわつかなかった。理由は――多分、今している問い掛けに繋がっているのだろう。彼女は再び眼鏡を上げてからこう尋ねる。


 ☆★☆★


 貴方は“あれ”を見てどう思いましたか?


 どうもこうも無いね。多分、君が思ったのと、そう変わる所は無いだろうさ。


 成る程。


 態々聞くまでも無いとも思うがね。


 本当に聞きたかったのはこれからの事ですよフェリックス。

 つまり貴方はこれからも探求者(シーカー)として在り続けるのか?

 この世界に真実と呼べるものがあるならば、それは間違いなく“あれ”です。

 そこに至って尚、貴方は探索を続けるつもりですか?

 “あれ”があれである事を人々に広めようと言うのですか?


 ☆★☆★


 そしてその質問にこそ、微笑には陰りが差し、苦味が口元へ向けて押し寄せて来る。そう、セネティアス・フィドゥシアンに言われるまでも無く、それは問題だった。今やかつての先人達の様に、フェリックス・スコープツィッヒもまた岐路に立たされている。引き返すのであれば、そろそろでは無いか? ここから進んでも、そこには何も無いのでは無いか? そう考えているのは、恐らく彼女も同じだろう。愚賽(ファンブル)の使徒とは、後続に対する(余計な)お世話で成り立っているのだから。皆が諦めるなら、その意味は無い。

 彼も諦めるなら、その意味も無い。


 ☆★☆★


 沈黙が現れた。

 フェリックス・スコープツィッヒは、誘導旗(フラッグ)を下に向け、トン、トンと地面を突付く。瞼を落として尚熱心な、力強い視線を感じながら、脳髄を廻して叡智を搾り取ろうとする。

 その長くも短い時間の末に瞳開けると、彼はにしゃりと、何時もの笑顔を造って言った。


 ☆★☆★


 さぁて。細かい所は何ともさ。何せまだ一月も経っちゃぁ居ない。

 段階は未だ推測の域で、解釈の余地なら幾らもある。選択肢もまた同様にだ。


 ですが“あれ”は造物主では。


 そうとも。それはきっと間違いない。真理の一つが実証された訳だ。

 前からある、ね――他を諦める理由には、ならないよ。


 成る程。


 そいつを布教するかしないのか、は、結局の所、俺の御業、俺の意志よ。

 つまり、実を言うと、状況は余り変わっちゃぁ居ない。


 成る程。


 奴さんの名前だって何だって、そら色々何も、分かっちゃ居ないんだ。

 俺の勘では――あくまで勘だぜ――スラーティバートファーストだと思うがね。


 それはつまり?


 つまり、そう、奴さんは聖方西斯哥(サン=フラン・シスコ)を造ったのさ。或いはその以前を、若しくは、ってる所だな。だが、でもやっぱり、奴さんがどうしようもない☆★☆★野郎――野郎だな、デカイのが二つもあったんだ――だって感覚は相変わらずで、それこそ、まぁどうしようもない。細かい所は後回しにしても、それを吹聴したいって気持ちも変わらないし。


 成る程。


 生きて行くには仕事も居るし、そいつにはやり甲斐だって感じてる。

 と、言う訳で、解答は概ね肯定となる。

 俺は止めない。今までと同じ、好き放題やらせて貰う事にするわ。


 成る程。

 ならば私もこれまで通りに貴方を見過ごす事は出来兼ねますね。

 誰にも好き放題なんてさせないのが私達愚賽(ファンブル)の使徒なのですから。


 そう、と、言う訳で、状況は余り変わっちゃぁ居ないんだ、これが。


 そう言う訳です。逃げなくても宜しいのですか?


 何事にも中休みってのは必要だよ。安息日さ、安息日。


 それなら暫し待って明日からでも。


 それで宜しく。


 こちらこそ。


 ☆★☆★


 それぞれの仄白さを誇る視線が交差し、今までで最も多くの言葉が飛び交う。

 そうして、そう、セネティアス・フィドゥシアンは、ぎこちなくも確かな微笑をその口先に浮かべて見せ、少し腰を折り曲げながら、その腕をそっと伸ばした。フェリックス・スコープツィッヒもそれに応じ、ほんの少しだけ踵を上げて、右手を差し出す。


 ☆★☆★


 二つの掌が重なった。


 ☆★☆★


 所で質問と言えばもう一つあるのですが。


 今なら何でもどうぞ、お嬢さん。


 その。非常に聞き難い事ではあるのですが。


 今なら何でもどうぞ、お嬢さん。


 貴方を追い掛けている時に貴方は私を叩きましたね。何度も何度も。


 何度も何度も。


 何度も何度も。

 一応構いませんよ防衛には違いないのですから。

 ですがしかし何故毎回お尻ばかりを狙ったのですか?


 何度も何度も。

 うん、そいつを短く纏めるのはちょっと骨が折れる。

 けど頑張れば、どうにかやれない事も無いよ。


 是非に。


 そう、まぁ一つには手癖ってのもある。

 一番最初にこれ見よがしに、叩いてくれって突き出されてたものだから。


 成る程。


 だったら、叩いて、やらないと行けない。

 昇らなくちゃは、そこに頂があるからの様にだ。


 成る程。


 これもまた一つの真理だとも。

 在るからする。

 するからしたい。

 お解り?


 成る程。

 えぇはい実に良く解りました。

 解りましたとも。


 ☆★☆★


 掌は結ばれた侭、二人はそう語り合い、微笑みを深める。

 その時、フェリックス・スコープツィッヒの体はもう既にやや半身となり、左手側を隠す様な形になっていた。然りげ無くも堂々と。正に今言った事を証明しようという様に。

 けれど、それはセネティアス・フィドゥシアンも同じだった。ぎゅぅと、意外に強い力で以って指を握りつつ、左手が後ろ腰に括りつけられている丸い何かを掴み込む――ここに来るまでの間に立ち寄った店で仕入れて来た、挨拶の為のちょっとした手向けの花を。


 ☆★☆★


 微笑みは増々と強まった。どちらが先と言う事も無く。


 ☆★☆★


 そんな風な瞬間だった――二人の頭上へ向けて、一羽の金之路子(サフランフィンチ)が飛んで来たのは。

 ピーチクパーチク鳴きながら、白黒入り混じった何か(☆★☆★☆★☆★☆★)を、ぷっと放り出したのは。

 瞬きする間に堕ちて行くそれがどうなったか――それは解釈の余地に埋めよう。


 ☆★☆★


 世はなべて事も無しサティスファンクション!!


 ☆★☆★


 終劇(フィン)


 ☆★☆★

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