スケッチ6.神の腕がこの世を孕ます
余りに余りあるが為、山と積もった侭に手付かずにされた、麺状食材の食い残し。
指繋げる魂の交わり――“それ”を見て浮かんだのは、そんな風な印象だった。
大きい。まずはその一言に尽きる。抜ける様な青い空――もしかしたら本当に抜けているのかもしれない、この場所の事を考えればこそ――を背景に、ずっぽりと佇むその異様は、何センチかと気にするだけ馬鹿馬鹿しい体型だった。睾丸めいて皺と瘤だらけの球体を二つ程抱えているその塊を、一本一本解して見た所で、それは然程変わりあるまい。いや、もっと悪くなる可能性だってある。生々しい肌色に音も無くとゆっくり蠢く肉の束は柔らかげであり、何処までも伸ばして行けそうだ。縦令その気が無かろうとも。
そして臭味――そう、臭味こそ、風貌以上にその存在を雄弁に語っている。何の、または、どんな風味かと言えば――説明はし難い。強いて言えば、何もかも、であり、どの様にも、だろうか。兎にも角にも強烈な事はまず間違いなく、彼我の距離が相当あるにも関わらず、鼻孔を蹂躙し、その奥にある脳髄を掻き乱して堪らない。芳香は思い出を喚起すると言う風説があるけれど、これに寄って連想されるのは、撹拌され、原型を留めていない今やかつての無惨な有様、原初の混沌であり、決して気持ちの良いものでは無い――性質が悪いのは、それが“それ”の一挙手一挙動、何をしているのか、周囲だけに漂う雲間に隠れて計り知る事の出来ない動作で強まるという以上に、想起される記憶が、決して気持ちの悪いものだけでは無いという事である――濃く淀んだスープの中の、得体の知れない具材を食し、飲み込む事も吐き出す事も出来ず、舌先の上でコロコロと、ただ持て余すしか無いあの感覚。
尤も、それを口にするなら、そもそも“それ”の存在それ自体が、どう扱ったら良いのか判断に困るものである訳だが――一つ、たった一つだけ、確かに言える事実がある。
被創造物ならば感じられる筈だ――“それ”がどんな姿をして、どんな風な印象を与えようと、如何なるものであろうと、“それ”がこの世界を造った某なのだという事を。
不埒な造物主である事を。
情け容赦等皆目無く。
気付けばそこに立っていた、天の頂の頂にあって、フェリックス・スコープツィッヒとセネティアス・フィドゥシアンは、そんな風な事実、先達達が今やかつてに味わったのと全く同じものを前に、ただただ唖然とするばかりだった。つい先程まで何をしていたのか、それすら忘れてしまった様に二人揃って並び立ち、視線を真っ直ぐと、逸らす事も出来ず。
ごろり、と、足元に何かが転がって来たのは正にその瞬間だった。
ハッとして同時に瞳を動かすと、そこにあったのは、黄味の強い乳白色をした円形状の物体であり――思わず一歩前に身を乗り出していたフェリックスは、チラリと一度、振り返る様にセネティアスと視線を交わしてから、手にした測定棒で――先を向けた際、それと“それ”とを見比べるのを忘れずに――ツンと突付く。硬く、それなりに重い手応え。器用に動かし、反転させると、赤と白の縞々模様に、星々を散らした青地の一隅を持つ、小さな紙片が貼り付けられているのが見える。どうやら害の無い事を確認してから、彼はひょいとそれを抱える様に持ち上げると――初見の印象に促される形で、その一部をぐいっと取り出した後、ひくひくと鼻先で臭いを確認してから、徐ろにその断片へと齧り付いた。
咀嚼する――相変わらず何やら一心不乱に作業している様子の某を、再び唇を半開きと、軽い驚きに浸っているセネティアスを尻目に、歯と舌を蠢かせる。
そうして嚥下するのを待たずにその口元、左半分に浮かんだのは、眉を潜めての引き攣った笑いであり――それから彼は残りの欠片を、彼女の方へ、ずいと差し出した。
思わず掴み取り、だがそのままで居る事、数拍ばかり――戸惑いと困惑が再びその相貌に宿る中、さぁと促す両の手も煩わしければ、セネティアスは、おずおずとそれを――まず一度向きを変え、変えた事を見られた事に目を他所へと、また向きを変え――一口する。
その味わいは、傍目に眺める様子そのままに、何の変哲も無いチーズであった。
怪訝な表情は消える事無く、そして、苦味を帯びた笑みも、より一層と歪みを見せる。
某は依然変わり無く、無数の腕、そう、腕なるものを動かし続ける。
そして空は、つい今し方より強い陰りを帯びた様な気がした――気がしたのだ。