壱の七
「あっそろそろドラマ『スイーツ・パラダイス』の時間だ」
アルテミスはそう言うと、テーブルの上にあるリモコンを操作して、テレビをつけた。
「そんなに面白いか? 『スイーツ・パラダイス』って」
「うん、このドラマすごい人気なんだよ」
「スイーツ・パラダイス」は、ケーキ職人の主人公が一流のパテェシエにのし上がっていくもので、毎回美味しそうなケーキとイケメンのパテェシエが登場する若い女性に人気のドラマだ。
テレビの前で正座をして画面を視ているアルテミスを、カグツチは半分呆れた顔で見ていた。
一時間後――
「あー、面白かったぁ。今日出てきたチョコワッフルめちゃくちゃ美味しそうだった~」
「今日、あれだけ肉食べてて、よくお菓子の話とかできるな」
ドラマに興奮して生き生きと話すアルテミスに、カグツチは冷ややかな視線を送る。
「デザートは別腹っていうじゃん」
「……マジで太るぞ」
「え……嘘、太ったかな?」
アルテミスは立ち上がると、自分のお腹まわりをなぞり出した。
「うーん、自分じゃわかんないけど、よし、明日から早朝マラソンしよ。片道5キロほど走れば、きっと痩せると思うんだよね」
アルテミスは笑顔でさらりと答える。
「もしかしてまた、山の中を駆け回るのか?」
「もちろん山に決まっているでしょ?」
狩猟の神であるアルテミスにとって山の中を駆け回るのは、街中をジョギングするのと同じくらい気軽なものらしい。
「どうでもいいけど、登山客に見つからないようにすれよ」
「もう、カグツチはすぐ固いことを言うんだから」
「まだ夜も明けていない山の中で、早朝マラソンをする女子高生なんていないだろ。知らない人が見たら驚くぞ」
マラソンといっても、アルテミスの走りは山の中を駆ける鹿並みのスピード。普通の人間が見たら、ありえない光景に唖然とするか、下手をしたらツブヤキサイトに投稿されるだろう。
神である俺やアルテミスが、人間に混じって生活していることは、人間に知られてはいけないのだ。
「了解。人の入らない山でマラソンをするね」
「そういう問題じゃないけど……まあ、気をつけろ。じゃあ俺はそろそろ寝るわ」
「あっ、私も寝不足はお肌に悪いから寝なくちゃ」
カグツチは少し呆れた声を出しながら、洗面所に向かい、自分の歯ブラシを持って歯を磨く。カグツチが歯を磨き終わると、入れ替わるようにアルテミスが洗面所に来て、同じく歯を磨いた。
その後2人は、戸締りなどを確認すると、それぞれの部屋に入り、明日に備えて早々に布団の中に入っていった。