壱の伍
「あー、うめぇ、やっぱ焼肉にはビールだな」
「え、焼肉には、赤ワインでしょう!」
「おい、お前。いつの間にワインなんか出したんだ?」
アルテミスの目の前には、ワイングラスに並々と注がれた赤ワイン。しかもそれをグビグビと、ジュースでも飲むかのように飲んでいる。
目の前で可愛い子がお酒を飲んでいるのだが、色気のない飲み方なので、カグツチの心はときめかない。むしろ、呆れていると言ってもいい。
「あー、おいしい、これ」
「お前がワインを飲んでいると、飲酒している女子高生にしか見えないから、外では飲むなよ」
「えー、見た目はキュートな女子高生だけど、立派な大人の女性だよ」
『……大人の女性じゃなくて、何千年も生きているババァだろ』
カグツチは小さい声でボソッと呟く。
見た目は若いカグツチとアルテミスだが、人間が生まれる遥か前から存在した神。もう自分たちの生まれた年や誕生日ははっきりと分からないが、ずっと人間達を見てきたのだ。
「ん? なんか言った? カグツチ?」
「あー、いやなんでもない。焦げるからさっさと食うべ」
アルテミスがお酒に酔うと、絡んできてタチが悪くなるのに気づいたカグツチは、鍋の下に置いてある自分の左手から出る炎の温度を上げる。
一気に野菜や肉が焼け、アルテミスとカグツチは焼肉とお酒をいっぱい食べた。
2時間後――
「あー、食った食った」
「本当、美味しかったね」
ジンギスカンとお酒を楽しんだ2人は、夕食の後片付けをする。
アルテミスが食器を洗っている間、カグツチは汚れたテーブルの上を拭いたり、焼肉の匂いがこもる部屋にスプレー消臭剤を撒いていた。
「片付け終わったー?」
「おう、ほとんど終わったぜ。焼肉の匂いが体に染み付いたから、サッパリするか」
全ての片づけが終わると、カグツチはお風呂場に向かう。浴室を開け、浴槽に目を向ける。そこには、冷たい水が張ってあった。
カグツチがその水の上に両手を翳すと……数分後、浴槽の水は温かいお湯に変わっていた。
「お風呂のお湯沸いたから入っていいぞ」
「ありがとう。今日最後のお仕事ありがと☆」
「じゃあ、俺は事務所に行っているな」
そう言うとカグツチは、玄関を出て階段を下りると、1階の事務所に向かった。
そして事務所に入ったカグツチは、事務所の奥にあるシャワールームに向かう。
なぜ、カグツチが自宅の風呂を使わないかというと。
女性であるアルテミスに気を使っていることもあるのだが……
生まれてすぐに、父であるイザナギに切りつけられ海に放り込まれたカグツチは、泳ぐことが出来ず、溺れていた。
その経験から狭い浴槽とはいえ『水に浸かる』ことも苦手だからだ。