壱ノ弐
「父さんと母さんは元気かな……」
カグツチは目を開けると、ページの中のある「伊邪那岐」「伊邪那美」と書かれた文字を眺める。
そのカグツチの目はうっすらと潤んでいた。
「ただいまー、荷物持ってぇー」
その時、事務所の玄関から可愛らしい声が聞こえてきた。
「ああ、お帰り。すいぶんトイレットペーパー買ってきたな」
「スーパーの特売だったの。あー、疲れたぁ」
カグツチは持っていた古事記の本を本棚の元の場所にしまうと、玄関に向かう。
そこには身長が160cmくらいで、チェック柄ミニスカートに白いTシャツを着た、手足のすらっとして色白で金髪の女子高生っぽい美少女が両手に荷物を抱えていた。
美少女からトイレットペーパーを受け取ったカグツチは真っ直ぐ事務所の中にあるトイレにそれを持っていくと、棚の上に乗せた。
「今日は、生ラムも安かったからたくさん買ってきたの。だから夕食はジンギスカンね」
「それにしても生ラム多すぎるだろ?」
「私が買ったのは8パックだけど、お肉屋さんの店主が『お姉ちゃん、これも持っていけ』ってくれたんだもん」
美少女が持っているエコバッグの中には、「激安生ラム!」と書かれたシールが張ってあるパックばかり10個以上入っている。
それを見たカグツチは、余計なことをと、肉屋の店主を思い浮かべ、文句を呟く。
「ってか、こんなにあってどうするんだ?」
「んー、カレーでしょ、から揚げでしょ、とにかくなんとかなるでしょ」
「相変わらずいいかげんだな、アルテミスは」
「美味しければいいじゃん、いいじゃん」
「それ、食えればいいじゃん、じゃないのか?」
ため息をつきながらカグツチがそう言うが、アルテミスと呼ばれた美少女は笑顔で明るく答える。
「とにかく、今日は冷蔵庫にある野菜とこれで焼肉!ジンギスカンにするの!」
「はいはい、じゃあ今日は暇だし、少し早いけど事務所を閉めて夕食にするか」
「やったー、じゃあガス代節約したいから、カグツチが鍋を熱くしてね」
「はあぁっ、俺がゆっくり食べられないだろ!?」
アルテミスの提案に眉をひそめるカグツチ。火の神として生まれたカグツチが鍋を熱するのはたやすいことだが、片手で物を食べるのは不自由だからだ。
しかしその言葉を聞いたアルテミスの反撃が始まる。
「何その偉そうな言い方。焼けたらちゃんと取り分けるわよ。あのね、最近ガス代の値上げがすごいの。外ではカグツチの能力を使うわけにいかないんだもの、家では節約して……」
「あー、分かった分かった。火を使わせていただきます」
一気に話しまくるアルテミスの剣幕に負けたカグツチに、彼女はにっこりと笑顔を浮かべた。