壱ノ壱
「結構埃がたまっているなあ……」
右手にはたきを持ち、口にはマスクをつけたカグツチは、事務所の本棚を掃除していた。
探偵とは名ばかりの、何でも屋のカグツチだが、低料金で仕事をこなしているため、意外と依頼が多く事務所にゆっくりしていることがない。
今日は珍しく外出する仕事がないので、朝からパソコンで書類を作成しながら、事務所の中を片付けていたのだ。
「あれ、こんなところに入れていたんだ……」
カグツチは、はたきを動かしていた手を止め、本棚の中から一冊の分厚い本を取り出した。その本の背表紙には『古事記』と書かれている。
「懐かしいな……父さん、母さん」
本を手にしたカグツチはゆっくりと両目を閉じる。その瞼の裏に懐かしい景色が浮かび上がってきた。
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「ホギャア、ホギャア、ホギャア」
「ああああああああっっ」
「イザナミーーー! しっかりしろぉぉぉ!」
まだ世界に「日本」が生まれる前。
海岸の砂浜で、「国産み・神産み」を行っていたイザナギとイザナミに不幸が訪れた。
一人の赤ん坊がイザナギの体から飛び出すと同時に、イザナギの体が真っ赤な炎に包まれる。
傍で見守っていたイザナギが慌てて火を消したが、イザナミは荒い呼吸を繰り返すだけ。
そのイザナミの横で、全身を炎に包まれた赤ん坊が元気よく泣いていた。
この赤ん坊こそ、森羅万象の神の一人、火の神として生まれた「火之迦具土神」……カグツチのことである。
「おのれー! よくもイザナミをっ」
いつもならイザナミから生まれた神を抱き寄せ喜ぶイザナギだが、瀕死の火傷を負ったイザナミを目の前にして、我を失う。
拳10つ分の長さがある十拳剣・「天之尾羽張」を腰から抜くとカグツチの体を切りつけた。
カグツチの体は大きく裂け、噴き出した血から多くの神が生まれる。
それでも怒りの治まらないイザナギは、海にカグツチを投げ捨てるとイザナミを抱え、自宅に戻っていった。
日本の歴史書「古事記」では、カグツチは殺されていることになっているが、彼は生きていた。
この時、イザナギとイザナミに「国産み・神産み」を命令した、神をまとめる「最高神」が瀕死のカグツチを救う。
九死に一生を得たカグツチは紆余曲折を経て、この現代で生活をすることになったのだ。
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