四ノ参
タッ、タッ、タッ、と、何かが駆けるような音が霧のかかる朝方の山道に響いた。
「ふわぁーっ、足がふらつく……」
「ちょっと、なんで座っているの! 山頂まであと2キロじゃない、走るわよ」
ザクッ、ザクッ、と、太陽が照りつける砂浜を駆ける二つの人影。
「み、水をくださーい」
「こらっ、寝転がるな。あと1キロで港に着くんだから」
ギッ、ギギッ、ギシッと、金属が軋む音が子供の居ない夕方の公園に響いた。
「もう、腕が動きませーん」
「足を地面に着かない! 懸垂の残り21回よ」
フッ、フッ、と、息を吐く音と、数字を数える声が狭い室内に響く。
「50、51……もう、すぐに横たわらない!」
「お、お腹の筋肉が痙攣して苦しいですぅ」
アルテミスの「下着泥棒をイケメンに改造するぞ」計画が始まった。
早朝は近くの山を麓から山頂まで往復マラソン。
朝食を食べた後、今度は海辺に行って砂浜の端から端まで走りこみ。
昼食を食べた後、事務所近くの公園にいって、鉄棒を使っての懸垂やストレッチをして体を鍛えぬくようだ。
しかし元々細くて体力の無い下着泥棒は、すぐにバテテしまってアルテミスに怒られてばかりいた。
「も、もう……勘弁してください」
全ての運動をこなした下着泥棒は、カグツチとアルテミスが暮らしているアパートの居間で横に伸びていた。
「よーし、今日はここまで。じゃあ私はシャワーを浴びてくるね」
首に巻いていたタオルで顔の汗を拭きながら、お風呂場に入っていった。
「おい、下着泥棒。夕食、食べられるか?」
「食べますぅ、ってか僕、須戸河三樹雄って名前があるんです」
カグツチが下着泥棒に声を掛けながら、狐小路商店街で買ってきた惣菜をテーブルに並べる。
生まれてすぐに父親であるイザナギに切りつけられ、刀恐怖症のカグツチは包丁を持つことができないので食事を作ることができない。
アルテミスの特訓が続いている間は商店街の惣菜にお世話になることにした。
しばらく寝そべっていて動けない須戸河だったが、ゆっくりと床を這うようにしてテーブルに近づいた。
「分かったよ、ストーカー。しっかり食べないと倒れるぞ」
「だーかーらー、すとがわ、です!」
この須戸河はアルテミスの特訓が終わるまで、俺達と共同生活を送ることになったのだ。
とはいえ、アルテミスの下着を盗んだ怪しいヤツなので、カグツチの部屋で寝泊りをすることになった。
「明日も4時に起きるからね。夕食を食べたらさっさと寝るのよ」
「うえぇぇ、マジっすかぁ」
お風呂から上がってきたアルテミスの言葉に須戸河は顔を歪ませて泣きそうな顔になる。その様子を見たカグツチが須戸河に声を掛けた。
「ストーカー。お前、警察に突き出されていたほうが良かったんじゃないか?」
「だーかーらー、すとがわ、です!」
「二人ともうるさい! さっさと食べて、さっさとお風呂に入って、さっさと歯を磨いて、さっさと寝る!」
アルテミスは二人を一喝すると、惣菜の牡蠣フライを箸でグッと刺し、食べだす。
馬のように鼻息を荒くして、勢いよく食べるアルテミスを見た須戸河はしばらく呆然としていた。
「早く食べないとおかずがなくなるぞ」
「は、はいっ」
カグツチが須戸河に声を掛けると、我に帰った須戸河はようやく惣菜に手を伸ばした。
こうしてアルテミスと須戸河の地獄の特訓はしばらく続くことになった。