四ノ弐
「しっかしアイツもとんでもない下着を干したな……」
カグツチはピンク地に黒いレースがあしらわれた派手な下着を眺めながらため息をついた。
「それにしてもアルテミスの下着を盗むなんて。ここがギリシャだったらゼウスに八つ裂きにされているんじゃねいか」
ブツブツと訳の分からない独り言を呟くカグツチ。その時、外からガサッと、草を踏みしめる音がした。
その音でカグツチが物置小屋の隙間から外の景色を覗くと、細身の人物がアパートの壁に伝っている配水管に左手を掛けながら、窓に干してあるアルテミスの下着に右手を伸ばしていた。
そしてその人物が下着を握り締めた瞬間――物置小屋の扉を開け、カグツチが外に飛び出した。
「おい! そこで何をしている!」
「……ハッ!」
カグツチに目を向けた、下着を盗んだ人物は勢いよく地面に飛び降りると、猛ダッシュでカグツチと反対方向に逃げ出した。
「コラ! 待て、絶対に逃がさないぞ!」
アルテミスの下着を右手に握ったまま逃げ出した人物を、カグツチは素早く追いかける。
「……ハァ、ハァ、……ここで捕まるものか!」全速力で逃げ走る人物。
カグツチも全速力で走りながら、右手の手の平を目の前を走る人物に向けた。すると、カグツチの右手から小さな炎が鉄砲の弾のように飛び出し、逃げている人物の靴底に当たった。
靴の底部分が炎で溶けてしまい、逃げていた人物はバランスを崩し、地面に転がった。
「うわぁっ!」
「よしっ! 捕まえたぞ!」
「離せぇぇ!」
「私の下着を離しなさいよ! この変態!」
転んだ人物を上から押さえつけたカグツチ。激しく抵抗する人物を、カグツチのスマホからの合図で駆けつけたアルテミスが一喝した。
アルテミスの声に顔を上げた人物は抵抗を止め、目を潤ませはじめた。
「ああ、僕の女神さまぁぁ!」
「ハアァッ!?」「何それ!?」
涙を流しながらアルテミスを拝み始めた人物をカグツチとアルテミスは呆然と眺めてしまった。
「……本当にすいませんでした」
「謝る気持ちは分かったけど、どうしてアルテミスの下着を盗んだんだ?」
カグツチとアルテミス、そして下着泥棒はカグツチの探偵事務所のソファに対面で座っていた。
当初は警察に突き出そうと思っていたが、下着泥棒のアルテミスへの崇拝を見て、事務所に連れて行って話を聞こうと考えたのだ。
「僕、その、全然モテなくて、で、喫茶アテナで、働く、アルテミスちゃんを見て、あの、女神様みたいで、一目ぼれをして」
カグツチとアルテミスを目の前にして、おどおどと話し出す下着泥棒。
「まあ確かに、女神は当たっているけどな……」
カグツチはほとんど聞こえないような小さな声で呟く。
「えっ? な、何か、言いましたか?」
「あぁ、気のせい。で、なんで一目ぼれしたからって下着を盗んだんだ?」
「だ、だって、僕なんか、アルテミスちゃんに、相手に、されるわけないし、だから、せめて、身に着けている下着だけでも、側におきたかったんです」
すると、下着泥棒と対面のソファに座っていたアルテミスが立ち上がり下着泥棒の側に行くと、彼の胸倉をグイッっと掴み上げた。
「うん、あんたなんか誰も相手しないわ!」
「お、おい、アルテミス。落ち着けよ」
アルテミスの勢いにカグツチが宥めようとするが、アルテミスの口撃は続く。
「そのボサボサの髪、きちんと剃っていない髭、よれよれの服、筋肉の無い体。誰だって相手にしたくないわよ」
「うう……」
アルテミスの口から出る言葉に、下着泥棒の目から涙からこぼれた。
「あんたを警察に突き出さないであげるわ。その代わりに明日から私と特訓するわよ!」
その言葉に、カグツチと下着泥棒は唖然とした顔でアルテミスを見つめた。