四ノ壱
「とほほ……何で俺が隠れなくちゃいけないんだよ」と、呟いたところで誰も気づかない。
カグツチは事務所の裏にある物置小屋の中に一人潜んでいた。
――それは昨日の夕方のこと
「無い、無い、また無いよー」
「どうしたアルテミス。何か無くなったのか?」
仕事を終え、事務所の真上にある自宅にカグツチが帰ると、アルテミスが洗濯物を掻き分けて何かを必死に探していた。
アルテミスの様子を気にしながらも、喉が渇いていたカグツチは冷蔵庫を開け、缶コーヒーを取り出し飲みだした。
「あのね、外に干しておいた下着が無くなっているの。昨日の無くて、落ちていないか探したけど見当たらないのよ」
「えっ、昨日も無くなっていたのか? その前は?」
アルテミスの言葉に驚いたカグツチだが、冷静に状況を聞きだそうとする。
「そう言えば……一週間前にも無くなっていたわ。でもこんなに頻繁に無くなるなんて」
「それは気味が悪いな。それより新しい下着を買わなくても大丈夫か?」
思い出しながら話を続けるアルテミスの眉間に皺が寄ってくる。その様子に、カグツチは無くなった下着も心配だが、アルテミスが落ち込んでいないかと気にして声を掛ける。
「うーん、無くなったら下着を着けなくてもいいかっ」
「ブッ! お前、それだけはやめろ!!」
明るく話すアルテミスの言葉を聞いたカグツチは、飲んでいたコーヒーを噴出しそうになる。アルテミスのいたギリシャの神の世界は体に薄い白い布を纏っただけで生活していた。
カグツチと一緒に現代で生活するようになってからちゃんと下着をつけるようになっただけなので、アルテミス本人は下着が無くても構わない。
しかし本人は良くても、商店街で手伝いをした時に下着を履いていないことがバレたら……想像を絶する大変なことが起きるだろう。
「とにかく明日、商店街にある『ニシムラ洋品店』で下着を買ってこいよ」
「ハーイ、分かりましたぁ。でも、何でこんなに私の下着だけ無くなるんだろう?」
アルテミスは右手を自分の顎の下に当てて、小首を傾げる。するとカグツチが何かを思いついたかのように話しかけた。
「もしかしたらこの辺りに下着泥棒でもいるんじゃないか? しばらく洗濯物は部屋の中に干したらどうだ?」
「でもさぁ、家の中だとイマイチ洗濯物の渇きが悪いのよね」
「気持ちは分かるが、下着が無くなるのは気持ち悪いだろう?」
カグツチの提案に眉間に軽く皺を寄せて話すアルテミス。そんなアルテミスを宥めるようにカグツチが話すが。
「……あっそうだ! カグツチって明日は外仕事ないでしょ? 洗濯物を盗む人が現れないか見張ってよ」
「ハァッ!? なんで俺がそんなことをしなくちゃいけないんだよ!」
アルテミスの言葉にカグツチの顔が引き攣る。するとアルテミスは顔の前で両手の平を合わせてお願いのポーズをした。
「ねぇ、お願い。私の下着の中でカグツチが一番好きなのをあげるから」
「い、いるか、そんなもの!」
カグツチに体を摺り寄せ甘えるような声を出すアルテミスの両肩を押さえ、引き離そうとするカグツチ。すると、アルテミスは真顔になって今度は少し低い声を出した。
「じゃあいいよ。明日の喫茶アテナのお仕事、ノーパンでするから」
「そ、そんなことやめなさい!……仕方ない、やってやろう」
こうしてカグツチはアルテミスの下着を盗んだ奴を見つける為に、二階の窓に干してあるアルテミスのヒラヒラ下着を物置小屋の中から見張ることになった。