参ノ六
「店長さん、カグツチさん、今日は本当にありがとうございました」
全ての楽器を片付けた進とバンドのメンバーは、ダカーポ楽器店の音石店主と、カグツチ達に頭を下げた。
「こちらこそ、素敵な演奏をありがとう。気をつけて帰るんだよ」
「「ハイッ」」
店主の言葉に頷いたバンドメンバーは自分の楽器を持って、次々と帰宅の途についた。
そして楽器店の前には、カグツチとアルテミス、進と進の両親だけが残った。
すると進は手にしていたギターの入ったケースをカグツチの目の前に持ってきた。
「すいません。これ持っててもらえますか?」
「あ、いいけど、どうした?」
カグツチがギターを受け取ったのを確認した進は、今度は両親達のほうに向き合った。
「お父さん、お母さん、今日は演奏を聞きにきてくれてありがとうございます……今日、ここで演奏をして楽しかったです。やっぱりギターを弾くことが大好きで――……お願いします! 勉強も一生懸命頑張ります。だからギターを続けさせてください!」
進は一気に話すと、両親に深く頭を下げた。
「私からもお願いします。進くんの好きなことを奪わないでください」
「アルテミスさん――!」
いつの間にか進の横に来ていたアルテミスも、進の両親に頭を下げた。
「進のお父さん、お母さん、俺からもお願いします。進にギターをもう少しの間だけ続けさせてください!」
カグツチも深々と頭を下げながら、進の気持ちを理解してほしいと願った。
進の両親は目の前で頭を下げる我が子とカグツチ、アルテミスを無言で見つめた。
「どうか――顔を上げてください」
しばらくした後、進の父親がようやく言葉を発した。
「進、今日の演奏……本当に素晴らしかった。そしてラストにあの曲を選んでくれてありがとう。嬉しかったよ」
その声に進が顔を上げると、父親は進の顔をじっと見つめ、微笑んでいた。
そして、同じく顔を上げたカグツチの方に顔を向けると、深々と頭を下げる。
「カグツチさん、アルテミスさん。進の為に尽力して頂き、本当にありがとうございました」
「私からもお礼を言わせてください。進は本当に素晴らしい人達と出逢えたんですね」
進の父親がカグツチとアルテミスにお礼を言うと、母親も深く頭を下げた。
「俺もアルテミスも好きでやったことですから気になさらないでください」
「そうそう。進の演奏、めちゃくちゃ上手かったよ」
カグツチが進の両親に穏やかな口調で話しかけると、アルテミスはあっけらかんとした口調で話をした。
そのやり取りに顔を上げた進の両親から笑みがこぼれる。しばらく笑い声が響いた後、進のお父さんが静かに話を切り出した。
「進……勉強とギターの両立は大変だぞ。やっていけるのか?」
「はい。お父さんのような立派な弁護士を目指して頑張ります。弱音は絶対に吐きません」
進は父親と目を合わせながら、真剣な顔で答えた。その答えを聞いた父親はうんと頷く。その顔には少しだけ笑顔が浮かんでいた。
「じゃあ、これにて一件落着~! 良かったね進くん」
「ハ、ハイ。ありがとうございます」
進と両親のやり取りを聞いていたアルテミスは両手を自分の胸の前でポンと合わせると、進に微笑んだ。
アルテミスに笑顔を向けられた進の顔は真っ赤になっていて、照れているのが一目で分かった。
「それでは、本当にありがとうございました」
「進、自分で決めたんだ。勉強とギターの両立、頑張れよ」
カグツチとアルテミスは、お礼を言いながら立ち去っていく、進達一家を手を振りながら見送った。
「ふぅー、無事に終わったね。そうだ、何か食べて帰ろうか?」
「おい、最近依頼が無かったからそんなに金ねえぞ」
カグツチがアルテミスをたしなめるように言うと、アルテミスは服のポケットから何やら取り出した。
「それがね、進のライブの協力を頼んだときに商店街の人達が食事の半額券をくれたのだ」
アルテミスの手には、狐小路商店街の各レストランの半額券が握られていた。
「お前いつの間に。ってか、ちゃっかりしてるな」
「だって、皆が『どうぞ』ってくれるんだもん。使わないともったいないじゃん。んーと、今日は『焼肉』を食べに行こ、石焼ビビンバもサービスしてくれるって」
「ハイハイ。確かに腹も空いてきたことだし、お前の行きたい店に行くか」
こうしてカグツチとアルテミスは、手に入れた半額券を使って、お腹いっぱい焼肉を堪能したのだった。