前章ノ弐
「おう探偵、早速来てくれたか」
「お久しぶりです。そこの看板でいいんですか?」
そう言うと、カグツチは電信柱を指差す。その先には『北果甘商店』と書かれた看板が取り付けてある。
しかし、看板は柱より少し斜めに傾き、不安定な形になっていた。
「そうそれ。恐らく酔っ払いか、不良が電信柱に登って看板にぶら下がったんだろう。まったくいい迷惑だ」
店主は深いため息を吐きながら、そう話した。
「災難でしたね。では早速看板を見ましょう。工具はありますか?」
「ああ、そこに一式用意してある。探偵に看板直しを頼んで悪いが引き受けてくれるか?」
「今時探偵だけじゃ食えないからな。じゃあ、やってやるぜ」
「カグツチさん、何か手伝うことはないですか?」
イッタがカグツチに声を掛けるが、カグツチはゆっくりと首を横に振った。
「高いところは平気だし、俺一人で大丈夫だよ」
そう言うとカグツチは工具の入ったウェストエプロンを身につけ、軽々と電信柱を登り、看板にたどり着いた。
看板を見ると、柱と看板を繋いでいる金具が変形して、取れかけているのが分かった。
「よし、これなら針金で巻いて……ネジで固定して……はんだを使えば大丈夫だな……」
カグツチは工具を取り出し、変形している金具をペンチで修復し、針金を使って看板を柱に固定していった。
「よし、あとはこの折れた金具のところにはんだを使えばいいかな……」
独り言を呟きながら、はんだごてを取り出したところで、重要なことに気がつく。工具入れの中にあったはんだごてはコンセント式タイプ。電信柱の上にいるカグツチはそれを使うことは不可能だ。
「うおおお、ここからじゃはんだごてをコンセントに繋ぐことができないんじゃないか!?」
「おーい、探偵!何かあったか?」
「カグツチさーん、大丈夫ですか?」
「あー、実は……って、何でもないです!もうすぐ終わりますよ」
電信柱の下にいる店主とイッタの呼びかけに、カグツチは明るい声で答える。
「仕方ないなぁ。何とかするか」
カグツチは呟くと、自分の右手人差し指をはんだに近づけた。すると、はんだがゆっくりと溶け出し、折れた金具を覆っていく。
カグツチの指からは、ライターの炎のような小さい赤い炎が噴き出していた。
電信柱の上で作業をしている為、下にいる店主やイッタからはカグツチの仕草を確認することができない。
「よーし、これで大丈夫だな」
固定した看板を手で揺らしてみるが、しっかり固定された為動くことがない。その時、電信柱の下にいた店主がカグツチに呼びかける。
「おーい、もう大丈夫か?」
「はい!もう修理完了しました!」
カグツチは店主に軽快な声で言葉を返すと、手に持っていた工具をすべて工具入れに片付ける。そして修理が完了したカグツチは、電信柱からスルスルと降りていった。
「探偵!これは今回の報酬だ、持ってけ」
そう言って店長はカグツチに、金の入った封筒を差し出す。
「ああ、ありがとうございます」
カグツチはウェストエプロンを脱ぎながら、店主から差し出された封筒を受け取る。
「それじゃあこれ、お返ししますね」
そう言ってカグツチは、イッタにウェストエプロンを渡すと、封筒を持参した鞄の中に収めた。
「おう!また何かあったらお前さんに依頼するぜ」
「カグツチさんありがとうございました」
看板が直った店主とイッタは、カグツチに頭を下げ、笑いながら店の中へと入っていった。
「さて、俺も帰るとしますか」
カグツチはそう呟くと、事務所へと帰宅した。
「おっ、店主ってば3万も入れてくれている。ラッキー……いや、ありがたい」
看板修理を終えて事務所に帰宅したカグツチは、封筒の中に入っていた現金を見て顔が綻んだ。
「まとまったお金が入ったから、アルテミスと久しぶりに外食をするか」
事務所の机の中から小型の金庫を取り出したカグツチは、現金を金庫に納めた後、コーヒーを飲むために事務所奥にある台所に向かっていった。