参ノ弐
「本当、もう暗いな……」
狐小路商店街から自宅までの道は街灯があまりなく結構暗い。お化けや魑魅魍魎などは怖くないカグツチだが、暗い道は歩いていて気持ちのいいものではない。
それでも一日の疲れが足に来たのでゆっくりと歩いていると、通りがかった公園の奥の方からギギギと、何やら軋む音が聞こえてきた。
音に気づいたカグツチが公園の音のする方に目を向けると、ブランコが揺れ、人の気配が感じられた。
「こんな暗い時間に一体誰なんだろう?」
カグツチは顔をしかめながらも、ブランコの方へそっと近づいていく。そしてブランコに座っている一人の少年に気づいた。
「こんな遅くにどうした?」
「あ…………」
カグツチが少年に優しく話しかけると、少年は顔を上げた。しかしまたすぐに俯いてしまう。
「早く帰らないと家の人が心配するんじゃないか?」
「帰りたくないんだ……家に」
「帰りたくない? どうして?」
「僕の親は、僕のことを心配なんてしていないよ」
「どうしてそう思う?」
「父さんも母さんも自分の思うとおりの僕がいいんだ。うぅっ……」
再び顔を上げ、カグツチの質問に答える少年の顔がだんだん歪んでくる。そしてとうとう声を上げ、泣き出してしまった。
カグツチは少年に近寄ると、泣いている少年の背中を上下に優しくさすりだす。しばらく泣いていた少年だが、カグツチに慰められているうちに落ち着きを取り戻してきた。
「父さんも母さんも『お前はいっぱい勉強して弁護士になれ』って言うんだ。僕だってそんなこと分かっている」
「だったらなんで家に帰らないんだ?」
「部活を……軽音楽部をやめろって言われたんだ。でも、これだけはやめたくないんだ。ギターを弾くのが僕の唯一の楽しみなんだ」
少年は唇を震わせながらゆっくりと思い出すように話し出した。
「その気持ちを親に伝えたのか?」
「伝えたよ! だけど勉強がおろそかになるから駄目だと決め付けて。来週中に僕が退部を言わないなら、親から学校に退部の連絡をするって言うんだ」
「それは、ちょっと酷い親だな」
カグツチは少年の話を聞いて胸が痛くなった。少年は弁護士になるとか、勉強をするのが嫌いだと言っているわけではない。ただ、大好きなギターを今は手放したくないと言っているだけなのだ。それを頭から否定して、しかも強制的に奪おうとする親の考えは許せないものだった。
カグツチはしばらく考えていたが、やがて何かをひらめいたようだ。
「よし、上手くいくかどうか分からないけど、俺にいい考えがある」
「えっ? いい考えって……」
少年がカグツチの顔を不思議そうに眺めると、カグツチはフッと笑顔を浮かべ、そして少年に耳打ちをした。
「でも、そんなの上手くいくかな?」
「不安なのは分かる。けど、このまま何もしないよりましだろ?俺も君の親を説得してやるよ」
「本当だね? 信じていいの?」
「ああ、俺の仲間に相談して、近いうちに連絡をする。それまで待ってくれないか?」
カグツチはそう言うと、胸ポケットからスマホを取り出す。それを見た少年も持っていた鞄からスマホを取り出した。
「自己紹介が今更になったが、俺の名前は火野香具土、カグツチと呼んでくれ」
「僕の名前は高見沢進。連絡が来るのを待っています」
「信じて待っていてくれ。じゃあもう今日は遅い。ちゃんと家に帰って親に謝るんだ。いいね」
「分かりました。今日は家に帰ります。カグツチさん、僕の悩みを聞いてくれてありがとうございました」
進と名乗った少年はそう言うとペコリと頭を下げ、公園から足早に立ち去っていった。