参ノ壱
「じゃあ次はこの週刊誌をそこの棚に並べてくれないか?」
この日カグツチは商店街にある「狐小路書店」で、本の整理や販売を手伝っていた。
「これは今日販売する、新刊ですね」
「そうだよ。開店前に並べないといけないからね。悪いけど急いで頼むよ」
カグツチの後方で椅子に座りながら話している誉田店主は、左手を白い包帯で覆い、三角の布で首から固定していた。
店主は趣味で釣りをしているのだが、先日、川岸を歩いている時に足を滑らせ、左手を岩にぶつけて左手首を捻挫してしまったのだ。
この間カグツチが棚卸を手伝った「比良神具仏具店」同様、この本屋も店主一人で切り盛りしている。
同じように新たに人を雇う余裕が無いので、腕の怪我が治るまでカグツチが手伝うことになったのだ。
カグツチは本が包まれているビニール袋や紐をカッターナイフで丁寧に切り取り、本を丁寧に平積みや、棚の中に並べていった。
「店主、そこにあるカラーマーカーペンを借りてもいいですか?」
「おう、構わないけど、何をするんだい?」
するとカグツチは側にあった大き目の画用紙に文字や絵をスラスラと描いていった。そしてしばらくすると、それを店主に渡した。
「おお、これは分かりやすい。早速貼ってくれないか?」
「分かりました。セロテープをお借りします」
そう言うとカグツチは店主に見せた画用紙を本棚の横の壁にセロテープを使って貼り付けた。そこには――
「本日入荷! 話題の新刊!」
目立つ色で書かれた新刊購入を促すポスターがあった。
「これなら本を買いに来た人も何があるか分かりやすいな。探偵さんは気が利いて助かるよ」
「いえ、喜んで頂けてなによりです」
壁に貼られたポスターを、店主は嬉しそうに眺める。その姿にカグツチもホッと胸を撫で下ろす。
「じゃあ、そろそろ開店の時間だ。探偵さんよろしく」
「分かりました。店主はそこに座って腕を大事にしてください」
そう言うとカグツチは店のシャッターを開けるため、店の横にある狭い出入り口から外に出ると、表通路に出て、シャッターを開けた――。
「今日はどうもありがとう探偵さんすっかり遅くなったね。アルテミスちゃんに怒られるかな?」
すっかり日も暮れた頃、レジの金を取り出し、集計をしていたカグツチの側に店主がやってきて労いの声を掛けた。
「さっきメールしました。事務所の仕事が終わったからアニメを見てるそうです」
「じゃあこれ、アルテミスちゃんに渡してくれないか?」
店主は割りと小さな紙袋をカグツチに渡す。紙袋を手にしたカグツチは少し重みがあることに気づいた。
「少女漫画なんだけど、棚を整理したときに表紙を傷つけてしまって売り物にならないんだ。捨てるくらいならアルテミスちゃんにって」
「アルテミスが喜びます。ありがたく頂きます」
カグツチは店主に頭を下げた。ギリシャ育ちのアルテミスは日本の漫画が大好きで、特に目の大きな女の子の絵を見ると「萌え~」と、間違った日本語を使って喜んでいるのだ。
「では、これで失礼します。ところで店主、食事は大丈夫ですか?」
「ああ、喫茶アテナさんが右手だけで食べられる食事を作って配達くれるんだ。心配しらないよ」
そう話しているところへ、喫茶アテナの店員が箱に入った弁当を持ってきた。カグツチは店員と店主に頭を下げると、帰宅するために店の外に出て行った。