弐ノ参
「本当は、お前も母親に会いたいんだろう?」
それまで無遠慮に話していたスサノオが、顔を伏せ、少し小さな声で話す。
「お前のことは、父親と母親が行っていた『神産み』も時に起こった悲劇だ。確かにお前が生まれたことで母親は命を落とし黄泉の国に行ったが、それはお前のせいじゃない」
「スサノオ……」
「しかし、父であるイザナギは未だにお前を恨んでいる。母の気持ちは分からないが、謝りに行くぐらいの気持ちが必要だろう」
カグツチに「母親殺し」と言ったスサノオだが、それは本心ではない。黄泉の国に会いに行くことで、イザナミとカグツチの確執や誤解が解ければいいと思ったからだ。
「そうだな。元々疎んじられていたんだ。会ってもらえないかもしれないが、行ってみよう」
「そうと決まれば、早速黄泉の国に行こうぜ」
スナノオはそう言うと、サッとソファから立ち上がった。
「あっ、待ってくれ。アルテミスに黄泉の国に行くとメールするから」
「誰だ? アルテミスって?」
「あー、ただの同居人だ。気にするな」
携帯電話の画面を開いて、メールを打つカグツチにスサノオが質問をすると、軽くあしらうように、カグツチが答えた。
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「ここが黄泉の国の入り口か……」
事務所を出たカグツチとスサノオは、異次元空間を抜け、黄泉の国の入り口「黄泉比良坂」に到着した。
荒涼とした平原を眺めていると、スサノオが遠くを指差した。
「あそこに桃の木があるぞ、行ってみよう」
「ああ、たぶんあそこに入り口があるはずだ」
二人は、美味しそうな桃の実がついている木の方に向かって歩き出した。
「この岩で間違いないな」
そう言ってスサノオは、桃の木を越えた所にある、洞窟の入り口を塞いでいる巨大な岩を触る。
ゴツゴツとした岩肌にはうっすらとコケのようなものが生えている。
「この岩を動かして黄泉の国に行くのか?」
そんなカグツチの問いかけに、スサノオは少し口角を上げて答える。
「動かすんじゃない、壊すんだよ」
そう言うと、スサノオは自分の手を目の前にある巨大な岩へと翳す。
そして、カグツチからは聞き取れないような小さな声で何かを呟いた。
するとその翳した手の中に、いつの間にか刃渡り81cm程度の、両刃の刀が握られていた。
スナノオの手に握られた剣を見たカグツチは、目を見開いた。
なぜならその剣は、緑青の錆びに覆われた古びた刀だったからだ。