弐ノ弐
「ふぅー、疲れた……。アルテミスはまだ仕事中だな」
事務所に戻り、比良店主から貰った給金を小型の金庫にしまう。
それから席を立ち、台所に向かいコーヒーを入れていると、玄関の扉を叩く音が聞こえた。
「ハイハイ。今開けますよ」
カグツチは、コーヒーの入ったカップを事務所の机に置くと、玄関の扉を開けた。
「よっ、久しぶりだな。火の神様」
「お前は……建速須佐之男命か?」
「スナノオでいいぜ。カグツチ」
カグツチの目の前には、同じくらいの年恰好で、短髪で精悍な顔立ちをした男性が立っていた。
「なんでここにいる?」
「訳は中で話させてもらっていいか?」
そう言うと、スサノオはカグツチの意見も聞かず、ズカズカと事務所の中に入っていった。
「相変わらずやんちゃなやつだな」
図々しいスサノオの呆れながらも、カグツチは玄関の扉を閉めると、台所に向かい、スサノオの分のコーヒーを入れた。
ふと見ると、スサノオは事務所のソファにふんぞり返るように座っている。
その姿に、苦笑しながらスサノオにコーヒーを出したカグツチは、反対側のソファに座り、スサノオと向き合った。
「それじゃあ聞かせてくれ、どうしてここに来たんだ」
カグツチはスサノオに、事務所に訪れた理由を尋ねた。
「そうだな、カグツチ、お前は自分の母親であるイザナミが『黄泉の国』にいるのは知っているな?」
「ああ、知っているが、それがどうした?」
「黄泉の国」とは、死者が住むの世界のこと。
カグツチを産んだ後亡くなってしまったイザナミは、この黄泉の国にいるのだ。
当たり前のことを聞かれ、不思議そうな顔をするカグツチ。だがスサノオは、表情を変えずに話しを続ける。
「単刀直入に言おう、俺と一緒に黄泉の国まで来てくれ」
「ハァ?どうしてだ?」
スサノオの言葉を聞いたカグツチの顔は唖然としていた。そんなカグツチに対して、スサノオは真剣な目つきで答える。
「なぜならお前は、自分を生んでくれた母親を殺してしまったことに対して、きちんとした謝罪をしていないだろう」
スサノオは歯に衣着せぬ言葉をカグツチにぶつける。
だがカグツチは、その言葉に怒りを向けず、黙ったまま目を閉じると、生まれたばかりの日の事を思い返す。
「……確かにそのとおりだ。俺はまだきっちりとした謝罪はしていない、これを機にしっかりとした謝罪をするべきなのかもしれないな」
「国産み・神産み」の為に自分を産んだ母親。しかし、自分が生まれたことで、両親の運命を狂わせてしまった。
その深い罪悪感から、母親に会いにいくことを恐れていたからだ。