弐ノ壱
「探偵さん、いつもありがとうな」
「いえいえ、いつもご利用ありがとうございます」
カグツチは狐小路商店街にある、『比良神具仏具店』で棚卸や、神具・仏具の掃除をしていた。
「このご時世だからね。新しい人を常時雇う余裕がないんだよ。ハハハ」
「私としては仕事があって嬉しいけど、いやな世の中ですね」
白髪交じりで人の良い顔をした比良店主が、頭を掻きながら恥ずかしそうにカグツチに話しかける。
昔からある狐小路商店も、この不況の影響で客足が少なくなり、売り上げが激減している。
一昔前なら人を雇って任せていた仕事も、最近は、ほとんどの店が店主一人でやっている。
今日のこの仕事も、本来は店主一人で行う予定だったが、年のせいで腰を悪くしてしまい、代わりにカグツチが手伝うことになったのだ。
「今日は、アルテミスちゃんは何をしているんだい?」
実はこの商店街の人達は、カグツチのことを「探偵さん」と呼ぶが、アルテミスには「ちゃん」をつけている。
見た目が女子高生くらいなのと、裏表のない奔放な性格が気に入られて、商店街の人達に、結構かわいがられているようだ。
「あいつは1丁目にある『喫茶アテナ』のヘルプに行ってます。店員が盲腸で入院したそうです」
この狐小路商店街は店舗数40軒くらいの商店が2ブロックで並んでいる、小規模な商店街。
1丁目に、八百屋、果物屋、肉屋など、生鮮食品の店が立ち並び、2丁目は、この比良神具・仏具店をはじめ、ドラッグストアや本屋など、生活用品の店が多いのだ。
アルテミスがヘルプで働いている「喫茶アテナ」は、パン屋の隣にあるお店で、店の前を通ると、コーヒーのよい香りがする。
日本茶通のカグツチだが、この喫茶店のコーヒーは大好きで、仕事の帰りによく飲んでいる。
「そうか。アテナさんとこも、ギリギリの人数で切り盛りしているから大変だな」
比良店主はため息をつき、首を左右に振りながら答えた。
「と、いうわけで私一人だけですが、お役に立てるように頑張ります」
カグツチはそう言うと、雑巾を持って店内の掃除を始めた。
数時間後――
「おお、店内がすっかり綺麗になったよ。探偵さんありがとう」
「礼には及びませんよ。喜んで頂けて嬉しいです」
昔ながらの古びた店内はカグツチの手によって、清潔感のある風情に変わっていた。
「しかし、まだ若いのに、神具や仏具の並びが完璧だね。いやー感心、感心」
「いえいえ、そんなことないです」
神話上、生まれてすぐに父親に殺されたカグツチではあるが、神として人間から祭られる側にいるカグツチにとって、祭壇に飾られる神具や仏具を並べるのは朝飯前のこと。
「じゃあこれが今日のバイト代だよ。また何かあったら頼むね」
「ありがとうございます。困ったときはいつでもご相談にのります」
比良店主からお金の入った白い封筒を受け取ったカグツチは、深く頭を下げてお礼を言った。
そして封筒を自分の鞄の中にしまうと、再度軽く頭を下げながら店を出て、帰宅の途についた。