前章ノ壱
「ここが『火野探偵事務所』か……」
一人の男性がメモ用紙に書かれた、手書きの地図と建物を交互に見ていた。
「すいません、依頼をしにきたのですが」
木造で出来た店舗兼アパートの1階。
粗末で広くない事務所の玄関に依頼人の声が響くと、その声に気づいた事務所の主が玄関の方へと近づく。
「ご依頼の内容はなんでしょうか?」
玄関に現れたのは、赤みがかった髪と瞳が印象的な身長175cm程の細身の青年。
彼は玄関に立っている中肉中背の男性に落ち着いた声で話しかけた。
「実は、看板の修理を頼みたくて来たんです」
「どこの看板ですか?」
「狐小路商店街の中にある『北果甘商店』です」
「あー、あそこか……っておたく従業員?」
「はい。最近入ったばかりなんです」
「あー、だから見たことのない顔だったんだ」
「はい。これからよろしくお願いします」
そう言うと男性は、細身の青年にペコリと頭を下げた。
「それでは、詳しい話をお伺いしたいので、そこのソファにお座りください」
青年は事務所の中にある、黒い合皮で出来たソファに男性を案内した。
「改めて……店主から聞いていると思いますが、こういう者です」
ソファに迎えあわせに座ると、青年が1枚の名刺を胸元から取り出し、男性に差し出す。
『火野探偵事務所所長・火野迦具土』
「探偵と名乗ってはいるが、実際は何でも屋と言ったところかな」
名刺をじっと見つめている男性に向かって、少し照れくさそうに話す。
「いえいえ、火野所長さんは、若いのに立派だと思います」
「あ、恥ずかしいので、俺のことは『カグツチ』って呼んでください」
「そんな失礼な……では『カグツチさん』でいいですか」
偉そうに呼ばれたくないというカグツチの希望で、男性は彼のことを『カグツチさん』と呼ぶことになった。
「で、おたくは何て名前なんだ?」
「はい、私は佐藤一太と言います。私のことは『一太』でお願いします」
「分かったじゃあ、『イッタさん』店主からの依頼って何ですか?」
お互い自己紹介を終えた、カグツチとイッタは早速本題に入った。
「昨晩、店の前の電信柱に取り付けてある看板が悪戯されたようなんです……」
「で、看板が電信柱から落ちそうなんだ?」
「はい、そうなんです。万が一地面に落下したら大変なことになると店主が……」
「分かりました。じゃあ早速参りましょう」
そう言うと、カグツチとイッタは一緒に狐小路商店街に向かった。
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