第8話『ある日のこと』
「……」
現在、ちょっとした緊張に包まれながらシャーペンを動かしている。ここにいる人達全員、何も喋らずただ書き込み作業をしている。
今日は新入生なら通過せざるをえない課題テスト、いわば中学内容の総復習の日だ。今受けている教科は国語なのだが、正直言って絶望的だ。それ以前にやった英語、数学は僕の得意科目なので心配無い。理科、社会もまずまずだ。だけど、なぜ最後に国語なのだ? しかも昼食後に……。食後の試験は否応なく眠くなるから嫌いだ。昼食の白雪さん特製弁当は、舌を巻くほど美味しかったけど……。
とりあえず古文は適度にあしらっておいたが、問題は現代文だ。筆者の言ってることが全然掴めない……。何が「限定すべきだ」だよ。そこまですることはないだろう。そう思っても無駄なことは承知しているので、僕は文中の言葉を適当に選んで繋ぎ合わせた。
***
キーンコーンカーンコーン
「はい、解答やめ」
我がクラスの担任、根岸は断言した。ゴツくて厳しい先生ではないが、なぜか「断言」という言葉が相応しい口調だった。
「後ろから解答用紙を回収してください」
それにしても、最後の科目で担任が試験監督とは……。偶然と言うべきか何と言うか。
「どうだった? 国語の調子は?」
相も変わらず後ろから優奈が話しかけてきた。
「ああ、全然わからなかった……」
「うそー? わりと簡単じゃなかった?」
僕と優奈の国語の成績はどんぐりの背くらべだ。あまりの落差に僕は思わず苦笑いしてしまった。
「なに笑ってんのよ?」
「いや、別に?」
適当にごまかしておいた。
「ま、あずみんならこの程度の問題、余裕なんだろうけどねぇ」
「え……」
久永さん。文学部教授の娘、久永さん。
僕の脳内で、十二単を着ている久永さんが現れた。扇子で口元を隠し、かわいらしく微笑んでいる。
「カジぴー、どんなこと考えてるのかもろにわかっちゃうんですけど?」
「はッ!」
僕は何を考えているのだ!? いつの間に妄想魔と化していたんだ、僕は!?
「ホンッと単純よねー」
「うるさい……」
***
それにしても遅い。根岸がプリントを何回も一枚一枚確認している。そこまで神経質な性格だったのか?
「ちょっと聞いてくれ。出席番号31番って誰だ?」
31番? 誰だっけ?
クラスの人達のヒソヒソ声が響くが、誰も反応しない。おかしい、今日は全員出席しているはずなのに……。
根岸は名簿表を見た。
「ああ、シツキさんか。シツキさん、こっちに来てくれないか?」
すると生徒の一人が「先生、それってムロウさんのことじゃないですか?」と言った。
「あ、そうだった」
「先生、しっかりしてくださいよー」
生徒たちは一斉に根岸をはやしたてた。
「ゴメンゴメン。俺、最近漢字弱くなってきてさ……」
そんなことサラっと白状してどうする。そもそも、さほど反省してるように見えないのだが……。
「ゴメンな、室生さん。じゃあ改めて、こっち来てくれ」
根岸にそう言われ、室生さんはひっそりと立ち上がった。教卓へと進んでいくその姿は、わかりやすいほど不安げだった。
室生さん、フルネームは室生花梨という。肩のあたりまで伸びたショートヘアだが、目は前髪で隠れ気味である。パーマ風のくせ毛なのに、邪魔ではないのだろうか?
背は小さめで、スラリとした体型は周囲に地味な印象を振り撒いている。いかにもいじめのターゲットになりそうな女子である。
「ほら、名前とクラス番号、書き忘れてるぞ」
そう言われると室生さんはその場固まってしまった。見るに室生さんは、とても内気な性格であることがわかる。自己紹介の時でさえ、オドオドしていて声がほとんど聞き取れなかった程だ。
「とりあえず筆記用具取ってこい。まだ間に合うから」
何もしないでいる室生さんに、根岸は助け船を出した。はっと我に返った室生さんは、そそくさと自分の席に戻り、筆箱の中を探った。しかしよほど慌てていたのか、筆箱の中身をぶちまけてしまった。生徒たちはガヤガヤざわめき出し、室生さんはひどく赤面してしまっている。
「あの子、相当なドジっ子ね……」
後ろで呟いてきた優奈に、僕は首を縦に振った。
***
結局、解答用紙は名前入りで全員分揃い、終礼を迎えた。
放課後を迎えてもなお学校に居座る人達を横目に、僕は教室を後にした。
テスト終わりで疲れていた僕は、真っすぐ帰宅した。玄関口を開けると、今日も決まって少女が出迎えた。
「おかえりなさい、裕志さん」
「ただいま、白雪さん」
白雪さんが我が家にやって来て早六日…。徐々に他人同士の感覚が消えつつある。
「テストの調子はどうでしたか?」
「まあまあってトコですね、特に国語が難しくて……」
「国語が苦手なんですか?」
「まあ、はい……。恥ずかしながら……」
「ちゃんと克服できるといいですね」
ここ最近で、白雪さんとだいぶ気兼ねなく会話できるようになってきた。二次元並のキュートボイスにも、すっかり慣れてきたことも関係しているのかもしれないけどね。
「じゃあ、ちょっと……」
「はい、わかりました」
このように言うだけでも僕が二階へ行って着替える旨が伝わるのだ。これはとても良いことではないだろうか。
***
着替えた僕はリビングまで降りて行った。そして、据置型ゲーム機を起動させる。
土曜日から二日間勉強漬けだったのだ。今日は思い切り楽しもうではないか。
「今日は何をするんですか?」
いつの間にかやって来た白雪さんは、興味津々な様子で聞いてきた。
「ソニックです。知ってますか?」
そう言って、自分の言ったことが無駄口であることに気付く。白雪さんはゲームというものを身近に知ってから、まだ数日と経っていないのだ。ましてやマリオですら、彰と遊んだあの日に知ったのだから……。
「はい、知ってます」
だからそう聞いた途端、僕は驚きを隠せなかった。
「え、本当ですか?」
「はい、九州を走ってるあの電車のことですよね?」
ディスクを入れながら、僕は思い切りズッコケそうになった。
「あの……違います。青いハリネズミの方です」
「そうなんですか?じゃあ知らないですね……」
そりゃそうかと僕は思う。
「じゃあ見ててください。とっても面白いですから」
僕はスタートボタンを押した。
***
「とても速いですね……」
「はい、そこがこのゲームの売りなんです」
所々で白雪さんと会話を交わしつつゴール。結果はAランク。何度もプレイしているから、これくらいは普通だ。
と、ここで僕はあることを考えた。誘導つきの最近のゲームなら、白雪さんも少しくらいできるのではないか、と。
「白雪さんもやってみますか?」
「え……でも」
「結構操作はシンプルだし、白雪さんでもできると思いますよ?」
「……じゃあ、ちょっとだけ」
僕は一番最初のステージをセレクトし、コントローラーを白雪さんに手渡した。
するとまあ、かなりグダグダになった。敵にぶつかりまくり、ジャンプするタイミングを逃したり……。さらに白雪さんの慎重な性格のせいか、何度も止まっては様子を見ながら進んでいた。せっかくノってきたスピードも、これでは台なしだ。
だけど……
「小さい頃の僕よりうまいですね」
「そうですか?」
お世辞なんかじゃない。小さい頃の僕は、白雪さん以下の腕前だった。強引に突破しようとして多くの残機を浪費していたのだ。
無事にゴールした結果、ランクはEだった。やはり時間がかかりすぎたみたいだ。
「やっぱり裕志さんにはかなわないですね……」
「いえ、初めてにしては上手でしたよ。何より一度も残機を落とさなかったのはすごいです」
「あの、残機っていうのは?」
「あ、一回も敵にやられなかったことです」
「そ……そうですか?」
ゲーム自体の評価はどうであれ、白雪さんには達成感で満たされているのが見てとれる。だって、わかりやすいほど表情がほころんでいるのだから。
なぜか、それが自分のことのように嬉しかった。




