第7話『初めてのハプニング』
唖然とした……。
メニューの内容量が多い……。
恐らくファーストフード店でもこれくらいの選択肢はある。リゾットだけでもこんなに種類が豊富だったとは……。
正直甘く見ていた。
「じゃあ…。このシーフードのやつで」
この際考えるのも面倒なので、適当に選んでおくことにした。
「そちらのお客様は?」
「あっ、えっと……」
一方で白雪さんは、大慌ててメニューを見渡していた。まあ、これだけバリエーション豊富なのだ。慌てるのも無理はない。
「うーん……」
ありゃりゃ、どうやら本気で何にしようか迷っているようだ。僕ら二人の後ろ側には、数十人の待ち人がいた。あんまり決断が遅かったら文句を言われそうだ。
僕は助け船を出すことにした。
「あの、この店のオススメって何ですか?」
「はい、当店ではこのトマトチーズが一番人気となっております」
トマトチーズか……。トマトが嫌いな僕にとって、なぜ人気なのかが不思議でならない。
「じゃあ私、それにします」
ようやく決断することができて一安心の白雪さん。
「かしこまりました。しばらくおまちくださいませ」
店員は奥の方へ行ってしまった。
「すいません。決めるのが遅くて……」
白雪さんは照れ笑いしていた。
「いえ、これだけのメニューの量じゃ悩むのも当然ですよ」
「でも、裕志さん随分早く決めてましたので……」
「ああ、適当に目についたものを選んだだけですよ」
「あ……そうだったんですね」
二人揃って微笑した。
***
そのまま数分間待ちつづけ、ようやくリゾットが出てきた。冷静になって考えてみれば、その短時間の間だけでも白雪さんの過去の続きを聞いておけばよかったな…。僕はほんの少し後悔した。
「シーフードをご注文のお客様」
「あ、はい」
「お待たせしました。食器が熱くなっておりますので、お気を付けくださいませ」
やっとこの時がきたか……。もう身体中の細胞が雄叫びをあげている。僕は遠慮無くお盆を持った。
しかしこのリゾット、思ったより重い…。何だろう?食器は底があるタイプなのだが、さほど密度の大きい材質でもなさそうだ。うーん、ここの店長は案外がさつなのかもしれない……。
「トマトチーズをご注文のお客様」
「はい」
白雪さんもお盆を手にとった。
はたして僕でも重いと感じたこのリゾットを、白雪さんがもてるだろうか…? 不安になってきた。
「白雪さん、大丈夫ですか?」
なんて聞かなくても答えはすぐわかった。NOだ。肉眼で認識できるほど腕が震えている。
「だ……だいじょうぶ……です……」
もはや声の具合からして大丈夫ではない。
「て、手伝いますよ……」
「あ……いえ……。裕志さんの……分が……ありますから……」
やはり白雪さんみたいな小柄の女の子に、この重さを運ぶのには無理がある。これは一刻も早く席に戻らなければ……。
僕が足早に歩を進めたその時!
『ガツッ!!』
という音が聞こえ、時を同じく右足に何か衝撃を受けた。体のバランスが崩れ、僕は前方向につんのめっていた。
「うおあっ!?」
手に感じていた重みがなくなり、宙に浮くような感覚が押し寄せてきた。だが、とっさに体の反射神経が働き、右足が素早く前に出た。
「……くぅぅ」
左足で体のバランスを調整し、危うく前屈みに転落するのは避けた。
ふぅ……危なかった。
……と安心したのも束の間であった。両手に乗っていたお盆が無い。
もしやと思い、僕は恐る恐る下の方を見た。
やはりあった……おぼんが床に……。さらにそこには大量に散りばめられたごはんと海鮮物。そして食器……。
これらは全て、僕がさっきまで手に持っていたものだった……。
「ひ、裕志さん!?」
少し遅れて白雪さんが悲鳴に近い声をあげた。ぎこちなくこちらに駆け寄る足音が聞こえる。
だが…
『ガッ』
「ひゃああ!?」
嫌な音と共に、白雪さんの悲鳴がこだました。
『ガタンッ!』という音がし。僕は咄嗟に振り返った。
「……」
そこには、僕と同じく無惨な姿となったランチが床には存在していた。あげくに白雪さんはうつぶせで床に伏している……。
「ああ……」
自分でもわかるくらいに間の抜けた声を出した。
「……やってしまった」
頭の中が真っ白になった。体がスッと軽くなり、背筋に全神経が寄り添った気がした。
そう、セルフサービスで一番やってはいけないことを、僕ら二人はやってしまったのだ。注文した料理を、うっかり床にこぼしてしまった…。
***
「んで、こんな騒動になったってことだな……」
「「はい……」」
状況を整理しよう。
今、僕と白雪さんは、父さんに叱られている。その理由は、もちろん僕の不注意だ。
白雪さんが心配で、意識がそちらの方に向いてしまい、途中にある他の席の椅子に足を引っ掛けてしまった。幸いにも転倒は回避できたのだが、リゾットは哀れな姿に……。
そして白雪さんが僕のアクシデントに気づき、駆け付けようとした結果、僕と全く同じ要領でつまづき、転んでしまった。……ということだ。
幸い白雪さんに怪我は無く、二人分のリゾットも新しいものと交換してくれた。
「裕志、お前これで何度目だ?周りに注意できてないのは?」
「……」
僕は何も言い返せない…。反省している。
僕の最大の短所は、周囲に対する不注意だ。そのせいでよく道に迷うし、今回の騒動にも繋がった。
「白雪も、無茶だけはあんまりするなって言っただろ?」
「……ごめんなさい」
白雪さんは今にも泣き出しそうであった。
こうして見てみると、やはり白雪さんは母親というより、むしろ僕と変わらない、まだまだ未熟な印象を感じてしまう。それは継母にとっては最大の屈辱なのかもしれない。だが仕方がないことだろう。だって、白雪さんはまだ十六歳なのだから……。
「二人とも本当に怪我はないんだな?」
「うん……」
「はい……」
僕と白雪さんはほぼ同時に答えた。
「なら、よかった」
父さんはこちらまで安心する笑顔を見せた。
僕と白雪さんはお互いに顔を見合わせ、安堵の笑みを浮かべた。
「まあしかし、俺も見てみたかったなー。リゾットぶちまけるトコ」
「「えーー!?」」
そして彰が続ける。
「うんうん、YouTubeにアップしたら再生回数がすごいことになってたかもね」
彰がとんでもないことを口にした。
「それだけは絶対ゴメンだよ!」
フードコートの片隅で、家族団欒の笑い声が響いた。
***
昼食を摂った後、僕らはゲームコーナーへと向かった。ここは、ゲーマー世代の僕らが最大の力を発揮できる場所といっても過言ではない。
まず、彰が超絶テクニックでUFOキャッチャーを制覇し、大いに盛り上がった。
僕と白雪さん、彰と父さんという組み合わせでそれぞれ別々でシューティングゲームもやった。しかし当然だが、白雪さんも得意どころかやったことすらなかったので、すぐにゲームオーバーになった。僕も白雪さんのフォローに必死だったので、ライフもほとんど残っていなかった。結局、彰と父さんの凄腕プレイを二人で観戦することとなった。ていうか、くじ引きでチーム分けするのもいかがなものかと思うが…。
それにしても、以前家でゲームした時してもそうだが、白雪さんはあまりにもゲームが下手なのがわかる。できそうなものはないかと、もぐら叩きをやらせてみたのだが、得点は0点。太鼓の達人にしてもほとんど叩き逃し、一曲プレイしただけで終わってしまった……。
しかし、そんな白雪さんにも得意分野があることが判明した。『パズルゲーム』である。それは二五面のスライドパズルをやった時に発覚したことである。
***
特別なルールもない、タッチパネルに写されたパズルを、ペンを使ってスライドしていくというものだ。しかし、ピカソが描いたのかと思うくらい絵柄が結構複雑だ。
まずは彰がやってみたのだが、なんと完成できなかった。家族のなかで一番得意そうな人が失敗したので、これは驚きである。続いて僕もやってみるのだが、なかなか上手くいかず、タイムオーバーになってしまった。父さんが挑戦するも、あと少しのところで時間切れとなった。
「難易度パネェなこれ、マジヤバい!」
「ホントに人間が作ったものなのコレ?」
「兄ちゃん、それ当たり前……」
父さん、僕、彰がそれぞれコメントした。
「こりゃとてもじゃねえけど、白雪には……」
「やらせてください」
……え?
「私、小さい子供たちとよくこういうのやってたんです。だから、多分できます」
そういう白雪さんの顔は、迷い一つない真摯な表情だった。
「でも、これホントに難しかったよ?」
「わかった。そこまで言うならやってみろよ」
彰の発言を無視するかのように、父さんは百円硬貨を投入した。スタートするまでの待ち時間、本当にできるのかどうか半信半疑だった。
が、その五分五分の心情は、信で満たされることとなった。目にも止まらぬ速さで、白雪さんはパネルを動かしていく。まるで達人プレイのようだ。そう圧巻しているうちに、ついに完成してしまった。しかも新記録だ……。
「「「……」」」
僕たち三人は、白雪さんの以外な特技にただ唖然とする他なかった。
***
最後に四人でプリクラを撮った。最初は四人で並び、次に僕と彰と、そして父さんと白雪さん。そして最後に、カメラ側から見て白雪さん、彰、僕の順で並び、父さんが後ろから肩から抱き寄せるという写真を撮った。呆れる返るほど目を大きくし、きらびやかなデコレーションもした。
こうしてすっかり夕暮れになり、僕たちはシフレを後にした。
夜になり、僕はベッドに横になり、思案に明け暮れていた。今日買った低反発枕が思いのほか違和感がある。
「六年前か……」
僕は白雪さんが言ってた、大変な状況のことについて考えている。一段落ついて思い出したのだ。
「白雪さんってたしか、孤児院で育ったことがあるって言ってたんだよな……」
白雪さんと初対面したあの日、父さんが白雪さんには聞こえないようにそう言っていた。何でも、孤児院に住むことになったきっかけにトラウマがあるんだとか……。そのショックを思い出させないよう、白雪さんの過去について根ほり葉ほり聞くな、とも言われていた。
「もしかして、白雪さんが何らかトラブルに巻き込まれた?」
おそらくそう考えるのが普通だろう。だけど、そんなトラウマになるほどの出来事は何なんだろう?
「そういえばあの時なんだよな、六年前って……」
僕は深めに息をはいた。それは僕が当時十歳の時のことだ。あの日の出来事は今でも忘れられない……。一度思い出せば、たちまち込み上げてくる空虚な哀しみ……。
「……」
瞼を閉じると、目の表面に溜まっていた涙が少し溢れた。
「……ダメだダメだ!もう過ぎたことなんだ!」
僕たち誓ったんだ。もうあの時のことでクヨクヨしないって……。
******
僕は走っていた。いや、少女に手を引かれ、どこへともなく駆けている、といった方が正しい。僕の手を引いてるその少女は、白いワンピースを着ている。髪は長く艶やかな黒だ。だけど顔はよく見えない。
「こっちだよ! 梶田くん!」
ここは暗い路地……。遥か先の建物の間から、白い光が照りつけている。どこかのアニメのワンシーンのようだ。
そしてしばらく走っていると、白い光の輝きが増した。あまりの輝きに思わず目を伏せた。視界が全面真っ白になった。そして目を開けた途端、周囲が一面の花畑になっていた。花はすべて真っ白で、空はあきれるくらい青かった。何とも幻想的な空間だ。まさにファンタジック。ほんのりと心地いい感じだ。
「梶田くん……」
声が聞こえ、後ろを振り返る。そこには、さっきの白いワンピースの少女、久永さんがいた。黒髪とワンピースが風になびく姿に、僕は心が揺れていた。
「え……」
すると突然、久永さんが抱きついてきた。自分の体が音を立ててオーバーヒートするのがわかる。だが困惑と同時に、激流のような快さに見舞われたのも事実だ。もう冷静な思考ができない。僕は久永さんの背中に手をまわし、抱き寄せた。鼓動が高鳴る。お互いに地面に膝をつき、僕は久永さんに覆いかぶさるようにうつぶせに倒れた。とてもフカフカできもちいい…。久永さんは、そっと優しく僕の頭を撫でた。そして、僕はゆっくり目を閉じた。
******
しばらくして目を開けてみて初めに視界に入ったのは、白い布地。これは……そう、昨日買ってもらった新しい枕だ。低反発なのでかなりやわらかい。僕はそれをしっかりと抱きしめている。うつぶせで……。
「……」
ここは、見慣れたいつもの自室。周囲に白い花なんて一つも無く、ベージュの固いフローリングがあるだけだ。
「これって……」
そう、まさにあれだろう。人間なら誰もが経験のある、あの現象だ。
「……夢?」
これ以外に何があるというのだろうか。
「しかも、僕、久永さんと……」
……。はぁ、まだ覚めないで欲しかった。
「って、いやいやいや!覚めてよかったんだよ!」
好きになった異性は、いつか夢の中に出てくるというのを聞いたことがある。くだらない噂だと思っていたが、まさか本当のことだったとは……。しかも、もう少しで久永さんとあんなことやこんなことをすることに……。
「……んなぁぁー!!くそー!!」
複雑な心境を胸に、僕は布団を頭までかぶった。




