第6話『家族とショッピング』
今日は日曜日。
有意義かつ退屈な曜日である。
休日とは、ちゃんと計画を立てて行動すべし。さもないと、無駄に時間が過ぎて終わるようにできている。いわば日記に書くネタがない……という状態に陥ってしまう。
僕が作った非常にどうでもいい格言だ。
だが今日はその心配は無い。
「みんな揃いましたね」
白雪さんが周りを見渡した。
花柄をあしらった桃色のワンピースを着用している。父さんか白雪さんのどちらの趣味なのかわからないが、とにかく愛らしいスタイルだ。
「いつでもオッケーだよ!」
彰は親指を立てた。
英文がプリントされた緑のシャツの上に赤と白のチェックのカーディガン、ベージュの短パンという、子供らしいスタイルだ。兄が言うのもなんだが、似合っている。とてもメカオタクには見えない。
「うん、バッチリ」
僕はそう言った。
僕はというと、白のシャツの上に赤のライダースベスト、紺色のジーンズというスタイルだ。チラシでモデルが着ていたのを真似てみた。
「よぅし!そんじゃ行こうか!」
と父さん。
黒いドット柄のシャツに白いジャケット……とそこまではいいが、下はチェーン付きのダメージデニムという若者ファッション。相変わらず父親らしくない……。
***
今日は、この新しい家族で初めてのお出かけ、ショッピングに行くことになった。
提案者は父さんだ。
行き先は、最近できた百貨店「シフレ」。
単なる暇潰しと父さんは言っていたが、本当は自分の息子たちと新妻との親交を深めるのが目的なのだろう。
夜遅くまで働き尽くしで疲れているはずなのに…。うん、まさに父親の鑑だ。
ちなみに、シフレまで車で向かっており、父さんが運転している。助手席には白雪さん、後部座席には僕と彰が乗っている。
「裕志、彰。わかってるとは思うが、白雪には礼儀正しく、かつフレンドリーにな」
「「はーい」」
「ちなみに、年が近いからって求愛行動は禁止だぜ?」
き、求愛!?
「だ、大輔さん……」
「ナハハ、冗談だって!」
父さん、白雪さんの顔が後ろからでもわかるほど赤くなっちゃってるよ。前言撤回。これを読んでる男子諸君、絶対こんな父親にはならないように……。
「大丈夫!僕にはこれがあるから!」
そう言いながら彰は肩にぶら下げていた手さげバッグからスッと取り出した。薄型ノートパソコンを……。
「いや、それも大問題だと思うけど……」
彰以外の三人は一斉に苦笑いした。
***
車に乗って約一時間、梶田家一行はシフレにたどり着いた。
さすが先日オープンしただけあって、駐車場は常に満杯だった。スペースが空いたら、確保のために車同士の奪い合いが始まった。それは、どの階に行っても同じで、空いては奪取し、また空いたら奪取しての繰り返しである。
結局、駐車したスペースは太陽がサンサンと照り付ける屋上だった。まだ春とはいえ、車内の温暖化は覚悟しなきゃならないなこれは……。
「さぁ、降りれるぜ!」
父さんのその言葉を合図に、僕たち三人は開放感に見舞われた。懐かしいな、この感覚。
思えば、家族揃ってお出かけなんてあの日以来全然なかった。
太陽を直下に浴びながら、僕は非常にワクワクしていた。
***
百貨店の中はとにかく広かった。
ファッションブランド店はもちろんのこと、おもちゃ屋、本屋、CDショップ、家電量販店、はたまたペットショップまである。とにかく雑多の店舗が密集している。
そして何よりこの百貨店、一つのフロアがかなり長い。渡り廊下まである。彰曰く、閉館された二つの建物を、多額の経営予算を使って合体させんだとか。
これは下手すりゃ迷子は確実だな。
「くはぁー。広いなこりゃ……」
まったくその通りだよ父さん。行ったことはないけど、ベルサイユ宮殿もきっとこれくらいの広さはあると思う。
「ええ……。ここまで広い所、私初めてです」
次いで白雪さんが言う。
一般家庭で育った僕にとっても、これだけの広さ初めてだ。
ふと上を見上げてみると大きな装飾が吊し上げられているのがわかった。今僕たちは三階にいるのだが、それでもそれに手が届かない。
「何というか、開放感がすごいね」
この百貨店の中央部分は吹き抜けになっている。転落しないようにガラスが周囲に囲まれているのだが、強い衝撃を与えたら今にも粉々に砕けてしまいそうだ。想像するるだけで背筋がゾッとする。
すると彰は、ひっそりと僕に耳打ちした。
「もしかしてガラスが割れそうで怖い?」
「!?」
僕は自分でも分かりやすいほど震え上がった。
「あ、やっぱ図星だった?」
彰め、いちいちいらんことを言わなくていいのに……。
***
こうして、四人で様々な店を冷やかし、気に入ったアイテムがあれば買っていった。そうしている内に、時刻はとっくに正午を過ぎていた。
歩き疲れた&空腹な状態の僕たちは、フードコートにやって来た。営業時ということもあり、四人分の空席を探すのにかなり苦労した。もはや大規模な椅子取りゲームだな、これは…。
ようやく空いてる席四つを見つけたとき、足が一気に疲労感に満ちた。今にも石化してしまいそうな勢いである。
「ふぅー。ガチで疲れたなー」
本当だよ父さん。そして父親が「ガチ」という言葉を使うと相当違和感がある。
「本当に賑やかですね……」
と白雪さん。
まあ日曜日の飲食店はどこでも混んでるものだ。こうして空席が見つかったのも、ほとんど奇跡だ。
「んじゃ、一人につき千円の予算やるぜ」
父さんはそう言うと、ボクら三人に千円札を手渡した。
「よーし、じゃあ行こ!兄ちゃん、白雪姉さん!」
よほど外食が楽しみだったのだろう、彰はこれでもかと言うほどうきうきしている。こんないたいけのない少年がメカオタだと言われても誰も信じないだろう、絶対。
「彰、非常に喜んでいるところ申し訳ないが、父さんを入れるのを忘れてない?」
「だって、父さんはどうせ激辛料理しか注文しないでしょ?」
すました顔で断言してまう彰。
「う……まあな」
苦笑する父さん。
「大輔さんって辛いもの平気なんですか?」
白雪さんが聞いてきた。
「まあ、某有名なカレー店で辛さ10を一人で平らげたことありますし……」
父さんの代わりに僕が答えた。
「そうなんですか!?」
まあ驚くのも当然だろう。実は父さんは辛いものが好物で、出前のカレーにしろピザにしろ、とにかく辛いものを注文していた。甘党の僕ら兄弟は、一口食べただけでノックアウトだ。
「ちなみに、白雪さんは辛いの苦手なんですか?」
僕は尋ねてみた。
「はい、辛いのだけは本当に駄目なんです……」
目を伏せながら白雪さんは言った。
「というわけだよ兄ちゃん。父さんと割れるのは確実だから、とりあえず三人で回ろうよ」
何だか納得いかないきもするのだが……。
「そうだな。行きましょう白雪さん」
「あ…はい」
というわけで、僕と彰と白雪さんの三人で店を見て回ることにした。
だが席を離れるその一瞬、白雪さんがどこか寂しげな顔で父さんを見たのを、僕は見逃さなかった。
***
「さーてと、なーに食べよっかなー」
彰は後頭部に手をまわしながら呑気にそう言った。
「いっぱいお店があって、何にしようか悩みますね…」
白雪さんの目は、好奇心と不安でブレンドされていた。人混みが苦手だが楽しいものが好きな人がする目だ。僕自身そうだからわかる。
「白雪さんの好きな食べ物って何ですか?」
慣れた手つきで道行く人を避け、二人で白雪さんを誘導しながら僕は聞いてみた。
「そうですね……。リゾットとかイタリア料理が好きですね」
「あ!リゾットなら兄ちゃんも好きだったよね」
その通りだ。世の料理の中でもリゾットに勝るものはない。世界一の料理と言っても過言ではない。
「向こうにリゾット売ってるイタ飯屋があるからさ、二人で行ってきたら?」
「彰くんは食べないの?リゾット……」
白雪さんが聞き返す。
「僕はあっちのラーメンがいいから」
彰がラーメンとは珍しい。たしか彰は、めん類全般が好きではなかったはずだ。でも、まあいっか。人間誰しも急激な心変わりはあるんだし。
「それじゃ、また後で」
彰は一瞬の笑顔を見せたあと、そのまま立ち去った。何やら意味深な笑みであった。
「……二人だけになっちゃいましたね」
「そうですね……」
今僕の隣には、僕とは不釣り合いな美少女がいる。しかし彼女は継母だ。恋人でも友人でもなく、母親なのだ。その事実を忘れてはならない。
それでもこうして二人きりで歩いていると、周りの人達にはカップルに見えるのだろうか……。
それはそれで何となく複雑な気分だ。だって僕には久永さんが……。とにかく、知り合いに見つからないことを切に願おう。
「……」
「……」
だましだまし歩いている内にイタ飯料理のコーナーに着いた。人気の程がどれくらいなのかはわからないけど、それなりに人が並んでいた。ぱっと見ても十数人くらいはいる。
「結構並んでますね……」
白雪さんは困ったように笑った。
「まあ、これくらいでしたら待ちましょうよ」
「そうですね」
僕たちは時間よりもリゾットの方を優先することにした。
***
とは言ったものの、やはり退屈だ…。予想外に時間が掛かっている。腹の虫も悲鳴をあげはじめていた。
「裕志さん……」
そんな中、突然白雪さんが口を開いた。
「はい?」
「この前、裕志さんが尋ねた質問、覚えていますか?」
はて、僕何か白雪さんに聞いたっけ…?
僕は頭に残っている記憶の断片をたぐり寄せた。
初めて白雪さんと会ってから今日までの出来事を、そんな簡単に忘れるわけがないはずだが……。うん、正直に言おう。思い出せない。
「えっと、あれですよね、その……」
「大輔さんの好きな所です」
…ああ。そうだった、たしかにそんなこと聞いた。思い出した。
たしか入学式の日の翌日のことだ。あの時は緊張しちゃって、うやむやなまま強制終了しちゃったんだっけ……。
「あ、ああ、そうでしたね……ハハハ……。そんな質問しましたね……」
あの朝のことはかなり恥ずかしい出来事ゆえに、自然と顔が熱くなった。女の子の前でよだれを垂らすなんて、アホの極み以外何ものでもない。
「で……それがどうかしましたか?」
「いえ、ふと思い出したから、忘れない内に話しておこうと思って……。まだまだ注文まで時間がかかりそうですし……」
聞いてきた当の本人が忘れかけたことなのに、よく覚えてたな、白雪さん。正直、感服する。
「私が大輔さんの好きな所は、頼りになるところですね」
「え……」
見た目もノリも若い父さん。いかにも「ヘイYO!」とノッていそうな父さん。そのくせ自分で会社を建て、大手企業にまで成長させるやり手な父さん。
「パッと見た感じでは、サバサバした印象なんですけど、本当は相手のことを人一倍思っているんですよね」
想像できないなそんな姿……と言いたいところだけど、確かに心当たりはある。
母さんがいなくなったあの日からのことだ。父さんは僕に料理を教えてくれた(実は父さんは調理師の免許を持っている)。母さんがいない寂しさで泣きじゃくる彰を、父さんは必死でなだめていた。授業参観にも運動会にも、父さんは必ず来てくれた。
こんなに変わり者ですばらしい父さん、他には誰もいない。僕ら兄弟は、そんな父さんを強く信頼していた。
「そうですね……」
僕は静かに息を吐いた。
「私、六年前にちょっと大変な状況に置かれていたんです」
「大変な?」
「はい」
もしかして、前に立ち聞きした話と何か関係があるのか?
「それって一体?」
─と、聞こうとしたその時
「いらっしゃいませ。ご注文をお伺いしてもよろしいですか?」
気が付けばもう自分達の番になっていた。肩に掛かりかけていた重りが、一瞬で消え去った。白雪さんの話も気になるが仕方がない。今は昼御飯の方が先である。僕は慌ててメニューに目を滑らせた。




