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第3話『新しい午後』

こうして、遠江田高校初日のホームルームが終了した。

男子どもから非難の視線を向けられる中、僕はトモと優奈に祝杯を上げられていた。


「よかったな! ヒロちゃん!」


「カジぴー、今日はホントにラッキーね!」


二人とも自分のことのように嬉しそうだった。だが僕は未だに実感が無かった。


「ちょっと待って!これは現実?それとも夢?まさか妄想?どっちなの?」


するとトモが僕の右頬を、優奈が左頬を掴み、同時に引っ張りあげた。


「ひょっと、いひゃいよ!」


いきなりすぎて最初は何事かと思った。だが二人のおかげではっきりした。これは現実だ。夢だったら痛みは本当に感じないのだから。


「な?夢じゃねえだろ?」


二人とも手を離していた。


「う……うん」


僕はうなずいた。


「でもヒロちゃん、これでゴールじゃねーんだぜ!?わかってるか!?」


「そうよカジぴー。ちゃんとオトしてきなさいよ」


二人ともまだまだ興奮が冷めない様子だ。

しかし、ここまで喜ばれると、さっきまで躊躇していた自分が恥ずかしい。

うん!せっかくここまで来たんだ!絶対に久永さんに告白してみようじゃないか!


「わかった!僕、頑張るよ!」


春の木漏れ日が、一段と明るくなった。



***



こうして僕は帰宅した。

図書委員は明日、図書室に集合とのことだ。

なぜ今日にしなかったのだろう?別に今日からでも全然構わなかったのに。

学校側の気の利かなさに、桜そっちのけで疑問を感じていた。

何てことを考えているうちに、家に着いた。


「ただいまー……」


ゆっくりとドアを開ける。

そしたら──


「お帰りなさい、裕志さん」


朝に聞いたあの声と共に、僕と同い年の少女が現れた。


「え?」


僕は驚いた。この時僕は家には誰もいないだろうと高をくくっていたからだ。

だが、そうだった。今は白雪さんという新しい母親がいるのだった。

それに、今日この日まで、平日に我が家に一番乗りで帰宅するのは僕だったのだ。

父さんは普段から夜中まで働き詰め、彰は情報収集という理由で、二人とも帰ってくるのは僕よりは遅い。

「お帰り」という言葉をかけられずに六年。ビックリするのも無理はなかった。


「あっ、そうか。今は白雪さんがいるんですよね……」


「?」


白雪さんはかわいらしく首をかしげた。その様子に僕はつい苦笑いしてしまう。


「あ、荷物持ちましょうか?」


白雪さんがはっと気付いたように言った。


「いえいえ、旅館じゃないんですから」


「あ…そうですね」


白雪さんは漫画みたいに顔を赤くして照れていた。まるで妖精のような愛らしさがある。本当に三次元の少女なのだろうか、この人は……。


「あ、お昼ご飯もう出来ていますよ」


「はい、わかりました」


そうか、もう僕が食事の支度しなくても、白雪さんがやってくれるんだ……。

なんだかちょっぴり複雑な気分だ。


「じゃあ、その前にちょっと着替えてきますね」


「はい、待ってますね」


僕は自室にある2階へと向かった。白雪さんは、そんな僕の背中を見送った。



***



僕は着替えながら今日の出来事を思い返した。


「まさか久永さんの方から指名してくれるなんてな……」


僕は一人でいる時によく独り言を言う。だが別にそうしたからといって罪になるわけではないから気にしない。


「明日が楽しみだなー」


僕は誰にともなく微笑んだ。これがもし人混みの中だったら、周りの人は速攻で引いていただろう。


「それにしても久永さん、どうして僕なんかを選んだんだろう?」


前述した通り、僕は久永さんとはあまり会話したことがない。それなのに久永さんは僕という平凡野郎を選んでくれた。

トモや優奈みたいな交友関係豊かな人らはともかく、僕みたいに全然目立たなかった生徒のことを、久永さんがどうして覚えていたのだろうか?


「ま、深く考えても仕方がないな……」


そうしている内に僕は着替え終えた。


「さてと、昼飯昼飯!」


僕は学ランをクローゼットの中へとひそませ、台所へ向かった。



***



台所に行くやいなや、僕はまたもや驚いてしまった。

そこには、絶妙な黄色の卵焼きで包まれ、巧妙な色をしたソースがかかったオムライスがあった。


「すごい……白雪さんの料理って、本当においしそうですね」


「あ、ありがとうございます」


もうこれは、すぐ嫁に行けるほどの腕前である。

って、白雪さんはすでに嫁に行ったんだけど……。

椅子に座ったちょうどその時、玄関のドアが開く音がした。僕の弟、彰が帰ってきたようだ。


「ただーいまー」


のんきそうに彰は言った。

ランドセル背負ってノートパソコンが入ってる楽器の柄の手提げを持つスタイルは相変わらずである。


「お帰りなさい、彰くん」


彰は、今年で小6にしてパソコンやその他様々な電子機器の扱いのプロである。つまり、機械オタクである。

そのくせして学校の成績は良くなく、その中でも理科と算数が最も苦手と言うものなのだから不思議だ。


「えっ?あ、そっか。今は白雪姉さんがいるんだっけな……」


「??」


二人とも、僕の時と全く同じリアクションをしていた。まあ仕方ないか。いつもと違う日常はそう簡単に適応できない。


「あっ!オムライスだー♪」


パッチリした大きな目を輝かせ、彰は席についた。

こうしてると彰は、純粋で愛らしさ満点の可愛い弟なのになぁ……。ジャニーズJr.も夢ではない顔立ちだ。

しかし、如何せん彰にはそういう分野に興味がない。

そう、メカにしか目がないために……。


「これ、白雪姉さんが作ったの!?」


はしゃいだ様子で彰は尋ねた。

基本的に能天気な性格の彰は、たいていテンションが高い。

まあ、トモとの最大の相違点は愛嬌があるのがだな。


「はい。昼ご飯の定番といったら、オムライスだと思って」


わかっていらっしゃる、白雪さん。

特に根拠はないが、やはり昼飯の代表格といったらオムライスであろう。


「ではでは、早いとこ頂いちゃいましょ兄ちゃん♪」


それもそうだな!僕もだいぶ腹減ってきたところだ。


「それでは合掌!」


僕ら兄弟は、ほぼ同時に両手を合わせ…。


「「いただきます!!」」



***



白雪さんの最高に素晴らしいオムライスを食べた後、僕たち三人は彰の提案で様々な家庭用ゲームで遊ぶことにした。

人生ゲームやジェンガ、僕ら兄弟の解説によるポーカーや大富豪等のカードゲームなどをした。

また、三人でレーシングゲームをやったのだが、ゲームをほとんどやったことがない白雪さんはいつも最下位になっていた。

これでは白雪さんがかわいそうなので、彰のプレイによる一人用のゲームを三人で実況することにした。だがなぜかチョイスしたのはホラーもの。僕と白雪さんが恐怖で騒ぎ、弟は冷静に敵を倒すという何とも奇妙な実況となった。しかしこれが意外と盛り上がった。



***



夕食のミネストローネを平らげた後、僕ら三人はバラエティー番組を見ていた。

白雪さんは孤児院にいた頃、ゴールデン以降のテレビを見たことが無かったらしく、新鮮なものを見ているような顔をしていた。


「実は、最近流行っている芸能人もあまり知らないんです……」


その言葉に僕と彰は声をあげて驚いた。

だがそれだけではない。白雪さんは、芸能人どころか流行りの音楽もほとんど知らないと言うのだ。


「興味自体それほど無かったんです。だから、他の子たちの話にもついていけなくて……」


いくらなんでもそこまで世間知らずだとは思わなかった。

でも、それは仕方がないのかもしれない。何せ孤児院育ちなのだから。

大して事情も知らないくせに僕はそんな風に思った。



***



自室にこもってマンガをよんでいたら、下の方から家の戸が開く音がした。おそらく父さんが帰ってきたのだろう。

現在時刻は午前0時。今日も父さんは働き詰めだったようだ。

父さん、お疲れ様。

ここで父さんについて説明しておこう。

父さんを表す言葉はただ一つ。「やり手」。これに尽きる。

ネット会社「KAJIネット」はご存知だろうか?

読み込み知らず高速通信。ネットのトラブルなら何でもおまかせ!

それがKAJIネット。

父さんは、若くしてその社長なのである。というのも、「KAJIネット」は父さん自身が起業した会社なのだ。

ところで、僕が今住んでいる家が超リッチな大豪邸なのかと聞かれると、実はそうでもない。会社が成功したのだから父さんの財産の額は計り知れないだろう。だが父さんは、それで贅沢することが全然なく、それどころか赤十字の募金箱に五万円入れたところを見たことがある。

現代社会では考えられないほどの変わり者、健全にいえば飄々とした男。

それが僕の父さんだ。

……と、紹介はこれくらいにしておこう。下の階で話し声が聞こえるのだ。これは父さんと白雪さんの声だ。

思えば僕は、二人が会話している所を見たことがない。気になった僕は早速行動を起こした。

足音で気づかれないように一つ一つの動作をゆっくりした。自室の扉を最小限の音で閉め、忍び足で下に降りていった。自慢じゃないが、僕はこういうのは得意なのだ。

そうやって居間のドアまでたどり着き、僕はゆっくりと耳を近づけた。


「どうだ?息子たちには慣れてきたか?」


「ええ、まあ……」


「おう、そっかそっか」


やはり父さんと白雪さんだ。僕はそのまま二人の会話に耳を傾けることにした。


「彰くんは私を白雪姉ちゃんって呼んでます。裕志さんは、白雪さんなんですけど…」


「そういうおまえこそ、さん付けしてんじゃねえか」


「うふふ……。まあ、そうなんですけど」


「まあ、同い年だからこそ、互いに気ィつかうんだろうな」


喋り方がほとんどティーンだが、これでも父さんは今年35歳だ。まあ、見た目は結構若いので、さほど違和感はないのだが……。

それにしても、やっぱり白雪さん、恭しく呼ばれるのが気になっていたんだなぁ……。でもこれは簡単に修正できるものじゃない。父さんの言う通り、同い年だからこそ気を遣ってしまうのだ。しかも、相手がついこの前までは赤の他人だった少女となるとなおさらだ。


「ねえ、大輔さん。やっぱり私たち、結婚するしかなかったんですよね……」


「え?なんだよ急に……」


「愛人関係ということでも、私たちはずっと一緒にいられるけど……。こうするしかなかったんですよね?」


「白雪……」


ん?何?どういうこと?

結婚するしかなかった?


「愛人同士じゃ、何もできなかったぜ?」


「そうですけど……」


「ダーイジョウブ。生活費は俺がなんとかするし、息子らだって、根はしっかりしているさ。だから、あまり心配しすぎんなって」


「大輔さん……」


一体何なんだ、この昼ドラにありそうなこのセリフの一連は……?

愛人?何もできなかった?

僕の頭の中は、様々な思惑が交錯し、ぐるぐる回って訳のわからない状態になっていた。



***



とその時、ドアに近づく足音が聞こえた。

―ヤバい!!―

直感でそう思った。ごまかす方法ならいくらでもあったはずなのだが、焦った僕は逃げることしか頭になかった。

自室に戻ろうにも、階段へは距離がある。脳がぐるぐるする感覚に押し潰されそうになったその時、視界の先には一つの隠れ場所が……。僕はその中に入り、ゆっくりと戸を閉める。

足音が目の前を通る音が聞こえる。勢いでこんなところに入ってしまったけど、大丈夫だろうか……。

もし開けられたらどうしよう……。そんなことをふと思った。春には着ることのないコートたちがこすれあう。やはりクローゼットの中は失敗だったか?

僕は息を殺す。呼吸音など意地でも出さなかった。そして、足音はそのまま通過した。

どうやらやり過ごしたようだ。

人の気配がないことを確認し、僕はそそくさと自室へ戻った。

部屋に戻った僕はベッドに倒れ込んだ。ドッと疲れた。こんな感覚は久しぶりだった。


「ごまかす方法ならいくらでもあったのになぁ……」


冷静になってみれば隠れる必要性は特になかった。この自ら危険に追い込む癖は、いい加減にやめなきゃ……。


「それにしても、二人で何話してたんだろう?」


声の主は父さんと白雪さんで間違いないのだが、問題は話題だ。いかにもシリアスな内容だった気がするが……。


「うーん……」


わからない。頭の回路がよく働かなくなってきた。まぶたも重い……。そのまま僕は……。

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