第28話『世界で一つの偶然』
「……」
「……」
は、早く喋らないと……。
でも何を?
もう映画の話はだいぶした。そこから話題も発展していろんなお話もした。
他に何を話せばいいんだろう?
頭は高速フル回転しているのに対して、時間はどんどん過ぎようとしている。本当に不思議だ。今日の朝までずっと、夜も眠れないほど楽しみにしていた一時は、思った以上に早く過ぎ去ろうとしている。
なんだか、時の流れの残酷さを身に染みて感じてしまう。
でも……。
「あ、久永さん、足元気を付けて!」
「うん、ありがとう!」
この手に伝わるぬくもりは夢じゃない。僕と繋がっているこの手は、本物の久永さんの手だ。これが幻だとしたら、よくできた幻である。
今の僕らは、周りから見てみれば暑苦しい季節に発生した熱いカップルとでも思われてるだろう。非リア充は爆発しろと心の奥底でわめいていることだろう。
だが勘違いしないでほしい。僕らはまだそんな関係には至ってない。
「ようやく人の出入りも減ってきたね」
そう久永さんに言われて気付いたのだが、アリの大行列とばかりに人が溢れ返っていたこのショッピングセンターも、最初と比べると大幅に少なくなっていた。ようやく動きやすくなって落ち着く。
ここで僕はふと考えた。そういえば、映画館を出てからずっと歩きっぱなしだった。僕はともかく久永さんは大丈夫だろうか?
「ねえ、久永さん」
「なあに?」
「結構歩いたけど疲れてない?」
「ううん、大丈夫」
予想通りの健気な発言だ。久永さんのこういうところ、僕は本当に好きだ。
……って、そんなことはさておき、僕は窓際にあるベンチがいくつか並んでいる場所を指差した。
「あそこで休憩しよう。僕自身、結構疲れたからさ」
「……じゃあ、そうしよっか」
僕たちは二人揃ってベンチに座った。外はもう日が傾こうとしている。
携帯電話で時間を確認してみる。
「もう5時を過ぎちゃったのか……」
僕は独り言のようにつぶやく。
「楽しい時間って本当にあっというだね」
「……」
久永さんも名残惜しそうに時計を見る。もっと久永さんと一緒にいたい。けど、門限という制約がかかっている以上、どう抗ってもせいぜい二時間が限界だ。悲しいことこの上ない。
「今日はとても楽しかった」
久永さんもまた独り言のようにつぶやいた。まだ鳴りやみそうもない雑踏のなかでも、不思議と久永さんの声はよく聞こえた。
「いろんなお店にまわったのもそうだけど、特に映画はとてもおもしろかった。普段はあまり出かけたりしないけど、たまにはこういうのもいいなって思った」
「久永さん……」
「このまま時間が止まったらいいのにな……」
なんだろうこの雰囲気……。まさか、浅はかな僕の下心満載の妄想が、また一つ実現されようというのか?
僕たちは今、夕焼けに世界が染まる中、ベンチに二人で腰かけている。シチュエーション的には完璧だ。つまり、次に起こすべき行動といえば、あれしかない!
でも付き合ってもないのにそんなのできるのだろうか?
いや、無理に決まってるだろう。キスなんて人生において最もロマンチックな一時を味わおうだなんて、現段階じゃいくらなんでも早すぎる。第一ここ人前だし。
そもそも付き合ってるからっていつでもできる行動じゃないんだ。もしいつでもできるなら、それはリア充中のリア充だ。
「裕志さん!?」
久永さん……ではないなこの声。そもそも彼女は僕のことを『梶田くん』と呼んでいる。じゃあ誰だ、僕を名前で呼ぶ場違いな不届き者は?
声のした方向を見てみると、そこには思いもしなかった人物が立っていた。
「え……白雪……さん?」
その人物の特徴は、真夏らしい白いキャミソールの上に薄手のパステルイエローのカーディガン、フリルのミニスカート、そしてくせのないつややかな黒髪に小柄な少女だ。
これは間違いなく、今日の朝に見た白雪さんだ。
「「ええー!?」」
ほぼ同時に驚いてしまった。
「どうしてここにいるんですか?」
「それはこっちのセリフですよ。なんで白雪さんが?」
「私は大輔さんとここに来ていたんです。ちょうどセールもやっていましたし……」
なんという偶然なんだ。白雪さんが出かけるってここのことだったのか……。お互いのデート場所がまさか同じになるなんて。こんな偶然すぎる一例、世界中探してもそうは見つからないぞ。ましてや、それが親子だなんて聞いたことない。
「ねえ梶田くん……その子、誰?」
「あっ……」
そうだった、久永さんと白雪さんは面識がないんだった。やばい、キンキンに冷えた空間にいるはずなのに汗が出てきた。
「えっと、ほら、以前言ってた僕の妹だよ!」
「あ、梶田くんと生き別れたっていう……」
なるべく平静を装いながら伝えてるつもりだけど、大丈夫かな?
まあ、正直に自分の母親だって言ったところで、変な目で見られるのがオチだろうが……。
「妹? 生き別れた?」
白雪さんの頭上にははてなマークが浮かび上がっていた。まずい、上手く会話を噛み合わせないと事態がややこしくなる。
「し、白雪しゃん、えっと、この人は僕のクラスメイトで、久永さんっていうんだよ!」
「え……あ、はあ……」
自分の妹という雰囲気を出すために『白雪ちゃん』と言うつもりだったのに、慌てて噛んでしまった。でも今はそんなこと気にしていられない。とにかく久永さんに勘違いをされないようにするのが先決だ。
「あ、あの……。はじめまして、久永亜純です」
「あっ、こちらこそはじめまして。白雪と申します」
互いに挨拶を交わすと二人は深々とおじぎをし、両方とも目を伏せては上げるを繰り返し、遠慮がちに姿を見つめあった。
「えっと……いつも裕志さんがお世話になってます」
「いえ、そんな……」
「……」
「……」
まるでお見合いとばかりに二人とも緊張している。そんな二人がかわいらしく思えたのは自分だけだろうか?
それにしても一つ気になることがある。今日、白雪さんと一緒にいるはずのあのチャラオヤジのことだ。どうして白雪さんがいて父さんがいないのか。取り込み中の空気を壊すのは気が引けたけど、僕は白雪さんに聞いてみた。
「大輔さんならお手洗いに行くと言ってましたよ」
「あ、そうでしたか」
なるほど、通りでいないはずだ。
嫁を置いてどっかではしゃいでいるわけではないと知ってちょっと安心した。
「それにしても、お二人は一体どのような用事で?」
「えっ……」
「……」
僕たちは一緒に硬直した。
「いや、まあその……せっかくの休日なので、どこか遊びにいこうかということで、ここに来たわけで……」
ダメだ、ただでさえ口下手なのに余計に口が回らなくなっている。
「そうなんですか。仲が良いですね」
「いや、まあ……」
思わず顔から火が出そうになる。誰かに直接そんなことを言われると照れてしまう。
と、その時……。
「おーい白雪ー!」
遠くから男の声がする。通行人から注目されているその人物は、言うまでもなく父さんだった。
どうやらトイレから帰ってきたらしい。とにかく、現在取るべき方法はたった一つ。
「あ、じゃあ僕たちはこれで。行こう久永さん」
「あ……ちょっと梶田くん」
僕はいつの間にか放していた久永さんの手を再び握り、すぐ近くにある階段を降りていった。
気の置けない関係とはいえ、いくらなんでも父親に好きな人と一緒にいるところを見られてたまるものか。そんなの一生ものの恥さらしだ。思春期男子のプライドや意地をなめてはいけない。
僕たちは、悪の組織から逃げ出すように走っていった。外ではセミが未だに鳴いていた。




