第25話『ある日のこと2』
退屈だ。試験休みで久しぶりの自由時間とはいえ、暇な時間ほど空しいものはない。新しく買ったゲームをやるのもいいけど、昨日までやり込みすぎて燃え尽きたんだよなー。また再燃焼するまでゲームは控えておきたい。
彰と白雪さんは出かけている。平日だから父さんは言わずもがなだ。僕も外に出よっかな。でも夕方だからそんなに遠出はできない。出歩くにしてもせいぜい隣町までだ。じゃあ家に留まっていたいかと言われれば答えはノーだ。
というわけで、僕は部屋着から外出用の服に着替え、家のドアをしっかり施錠して外へ出た。理由もなくほっつき歩くのはちょっと気が引けるけど、何もせず家に引きこもるよりはましだと思う。それに、ウォーキングだってそれなりにいい運動になる。
* * *
日が傾き、切なくなるほどのオレンジ色に外の世界が染まっていく。道なりにずんずん進んでいく中で、いろんな人とすれ違う。大声でしゃべるチャラい学生、気だるそうに自転車をこぐおじいさん、甲高い声でさわぐ小学生、子連れの主婦や帰宅途中のサラリーマン。やっぱりいつもと変わらない日常風景たちだ。
しかし暑い。こういう真夏日は夕方でも充分暑い。
地面に汗が滴り落ち、アスファルトに小さなシミができた。普段は何てことのないこのアスファルトも、夏では地上にあるものを熱する鉄板へと姿を変える。敵は思わぬところに潜んでいるものなのだ。ああ恐ろしい。
タオルがないのでシャツの裾で汗を拭き、僕は避暑地を探した。とはいえ今いるこの場所はコンビニもデパートもない集合住宅の地帯だ。エアコンで涼むのはまず無理だろう。しばらく歩いていると、道路の向かい側に大きめの公園があるのを発見した。もしかしたら水飲み場があるかもしれない。そう思った僕は公園へと立ち入った。
まさにビンゴ!
水飲み場があった。しかも噴水状のものだ。
この際、生水だろうが関係ない。僕は水が出る穴に顔を近づけ、蛇口をひねった。すると次の瞬間、額にビシャッと勢いよく水がクリーンヒットした。
「わっ!?」
ビックリして後ずさった。空を見上げてみると、水が空高くまで勢いよく噴き上がっていた。僕は蛇口を軽くひねっただけだ。それでこの勢いはいくらなんでもおかしすぎる。
空へとんだ水しぶきは、そのまま僕に降りかかってきた。この手の水飲み場なんてもう無いと思ってたのに……。 こんな形で涼むことができたって何一つ嬉しくない。
「ウッヒャヒャヒャヒャヒャ、やっちゃったなヒロちゃん!」
この独特の声、笑い方。誰なのか見なくてもわかる。
「いやーおまえ、それを使うなんて、勇気あるな、ヒヒヒ……」
「何だよトモ!」
このタイミングでこいつに会うなんて想定外だ。こんなやつに恥ずかしいとこ見られるなんて最悪すぎる。
「つかヒロちゃん、こんなところで何やってんだ?」
「何って、暇だったから散歩してたらここに来たんだ」
「へぇー、こんなところまで散歩か。元気なこったねー」
トモはそのままとなりのトトロの『さんぽ』を歌い始めた。
「あーるーこおー、あーるーこおー!」
恥ずかしいので鳩尾を小突いて歌を中断させた。
「ていうか、トモこそ一体何の用でここに来たんだよ?」
「あー俺はな、写真部の課題のためにここで写真を撮ろうと思っててな」
そういうトモは首から一眼レフのカメラをぶら下げていた。
「一体何を撮るつもり?」
「そりゃもちろん、日常の風景をだよ」
絶対に本来の目的はそれじゃないな。
うちの学校の写真部は、いかにもなオタクたちが何やら怪しいことばかりやっていることで有名だ。女子の盗撮は日常茶飯事で、被害件数は計り知れないらしい。
「実はちょっとだけ撮るのうまくなったんだぜ。お前も付き合うか?」
「じゃあ、お言葉に甘えて」
「そうこなくっちゃな!」
トモは僕の肩をバシンと叩いた。
「それじゃ、写真撮影の楽しさ、俺がとことん教えてやるぜ!」
トモ、勘違いしないでほしい。僕は別に写真に目覚めたわけじゃない。ただ幼馴染みとしてお前が変なことをしないか監視したいだけだ。
* * *
トモは慣れた手つきで次々と公園の風景を撮影した。たしかにうまくなったというのは嘘じゃなかった。アングル、色彩、ピントの具合、どの面から見ても結構良い写真が撮れている。
「よーし、次は高いところに行くぞー!」
トモはそう言いながら走っていった。僕も慌てて付いていく。やって来たのは、大きなすべり台の上だ。小さな子供たちがダンボールの破片を下に敷き、勢いよく滑っている。それを母親と思われる若い女性が見ている。ほほえましい光景だ。
「高いところから撮ってみるのも、いろんな発見があっていいもんなんだぜ!」
トモはシャッターを切りまくる。
なんだかトモもトモで、純粋に写真を撮っているのを楽しんでいるみたいだ。こいつだけはまだ写真部のアブノーマルさは浸透していないように見える。
そんなことを僕は考え始めていた。
「お、ターゲット発見」
するとトモは、カメラのレンズをほぼ真下に向け、ゆっくり横に歩きだした。時折立ち止まってはシャッターを切り続けては移動してを繰り返した。そして満足したのか、カメラの後ろにある画面見ながらニヤニヤしている。
「ねえトモ、さっき何撮ったの?」
「あ……やっちまった」
トモの顔は血の気が引いていた。
「いや、こういうのヒロちゃんにはまだ早いというか……」
「なんだよそれ。いいから見せてよ」
「いやいやいや、また今度な」
「ひとりじめなんてずるいよ!」
僕はトモの手からカメラを取ろうとする。だがトモも見せるものかと必死で抵抗する。
こうなったら……
「あっ、キングカズ!」
「えっ!?」
僕が指差した方向を向いている隙にすばやくカメラの紐をトモの首から外した。
「あ、待てって、ヒロちゃん!」
僕はトモに背を向け、カメラの電源を入れた。すると画面にとんでもないものが映っていた。
「……」
「……」
「トモ……」
「はい……」
「正気か?」
「……」
そこに映っていたのは、あの子供を見ていた女性のうちの一人だった。しかもそれは全体だけじゃない。女性の象徴に思いきりズームしている。なるほど、ターゲットと言っていた意味がよくわかった。たしかに相当な大きさだ。
「……この……」
「え?」
僕はカメラを壊さないように地面に置いた。そしてしゃがんだと同時に、落ちていたダンボールの破片を拾った。
「このアホンダラーーーーーーーーーー!」
周囲を省みず、トモを思いきりはたいた。




