第22話『誰かのための』
「あーあ。散々な結果だったなー」
トモがだらしなく姿勢を崩す。
「ホントよね。あのデブ、最後の最後で成長しなかったわね」
優奈がサンドイッチをほおばる。一気に口の中に入れたものだから、ハムスターみたいに頬が膨らんでいる。
「まだまだ運動会はこれからだよ。頑張っていこうよ」
コッキーはゆっくりお茶を飲んでいた。
僕たちは今、四人揃って昼食を摂っている。昼休みに入って生徒全員が一気に脱力している。
「そういえば、綱引きって最後あたりにやる競技だけど、それまで何して時間潰す?」
僕は三人に聞いてみた。
「うんにゃ、全然考えてなかったな」
トモは鼻をほじりながら言う。相変わらずその癖やめといた方がいいのにまだ直らないのか……。
「他の競技見るのもだるいもんねー。なーんかおもしろいことないかな」
優奈の意見も最もだ。はっきり言って午後の部は代わり映えのない競技ばかりだ。
本当に何をして過ごせばいいかわからない、そんな時だった。ふと目を外に向けると、保護者席の外れに人だかりができているのを見つけた。
「ねえ、あれ何だろう?」
僕は人だかりを指で示した。
「お! 何かイベントやってんのか!?」
早速トモが食いついてきた。
「俺ちょっくら行ってくるわ」
「あっ、待って!」
まっしぐらに走っていくトモを僕を含めた三人は追いかけていった。
人ゴミをかいくぐってようやく集団のところにたどり着くと、僕は驚いた。その人だかりは男子が圧倒的に多い。一体何なんだと思っていると、こんな声が聞こえた。
「ねえねえ、きみ学校どこなの?」
「一体どこから来たの?」
「もったいぶらずに教えてよ」
話から察するに、誰かを集団で質問攻めしているようだ。でも誰を?
すると、人だかりの中からよく知ってる声が聞こえた。
「あの、出してください!」
この声は白雪さんだ。まさか、その中にいるのか?
「白雪さん!?」
大声を出した僕に男子どもの視線が集まる。思わず後ずさってしまったけど、ここで退散するわけにはいかない。
「裕志さん?」
再び白雪さんの声がした。はやる気持ちで僕は、男子たちをちょっと強引に押しのけて中心部に入っていった。するとそこには、汚れを知らない白いワンピースの少女、白雪さんがいた。
「裕志さん!」
白雪さんはおもむろに僕に抱きついてくる。
「ちょっ、白雪さん!?」
「怖かった……怖かったよぉ……」
よっぽど怖かったのか、僕にすがりついたまま泣き出してしまった。こんなことになるなんてさすがに予想しておらず、僕は何をすればいいのかわからなかった。
「あーっ、あの子前に見かけた女の子だ!」
トモが場違いにすっとんきょうな声をあげた。すると、人ゴミに混じってたうちのクラスの男子が目を丸くした。
「えっ、この子が例の!?」
「生き別れた妹!?」
女に飢えた男子どもがまた熱狂し始める。こっちは白雪さんをどう対処しようか考えてるのに、どこまで騒げば気がすむんだ……。
「はじめまして、俺の名前は山口智弘!」
そんな中、空気を読まないトラブルメーカーが早速騒ぎを拡大させようとする。
まったく余計なことを……。
「きみ何歳? ヒロちゃんが白雪って言ってたけどきみの名前? 趣味は何?」
そんな矢継ぎ早に質問されたって答えられるわけないだろうが。そうやってがっつきまくるからモテないんだ。
「おい山口、自分だけ抜け駆けすんじゃねえぞ!」
「そうだそうだ!」
「梶田もさっきからずっとその子とひっついてんじゃねえ!」
男子たちは僕に向かって迫ってきた。やばい、これは冗談抜きでやばい。こうなってしまっては選択肢はただ一つだけだ。
「逃げますよ白雪さん!」
「えっ?」
僕は白雪さんの手首を掴み、全速力で走った。とにかく安全な場所へ逃げなきゃ、白雪さんも僕も危ない。そう考えながら後ろを振り返ると、男子たちが獣のような目で僕たちを追ってきた。戦慄のようなものが頭をよぎる。本当にとにかく逃げなくては……。
運動会の期間中は校舎裏は立ち入り禁止になっていて、テープが通せんぼしている。でも今はそんなこと気にしてる場合じゃない。僕たちはテープの下をくぐり抜け、裏口のところまでやってきた。そして、そのまま反対側から出ようとした。
「あっ」
しかし足場の悪い地面に足をとられ、僕は転んでしまった。
「大丈夫ですか、裕志さん!」
「だ、大丈夫です」
とっさに白雪さんの腕を離したおかげで、負傷したのは僕だけで済んだ。だけど、この時間が大きな隙を生んでしまったようだ。背後からゾロゾロと思春期男子という名の獣たちがやってきた。みんな不気味な笑みを浮かべながらこちらへとにじり寄ってくる。白雪さんは涙目になりながら僕にしがみついてくる。絶体絶命の大ピンチだ。
と、その時──
「おいゴルァ、お前たち!」
ドスの効いた声が響いた。
「こんなところで何をしている!」
現れたのはこの学校で最も恐れられている体育教師だった。
「やっべ、南沢だ!」
「みんな逃げろ!」
「ひぇーーー!」
みんな一目散に逃げていってしまった。
僕も続くように立ち去ろうとした。けどそれは南沢に首根っこを掴まれることで遮られてしまった。そしてこちらに向き直され、思い切り胸ぐらを掴まれた。
「おい、お前」
ビクッと体が反応してしまった。日焼けした大柄な体にスキンヘッド、しかもサングラスまでしている。そんな男が目の前にいるのだ。これほどの恐怖体験はそうそうない。
「その子はお前の彼女か?」
南沢は白雪さんを指さす。
「い、いえいえ違います!」
「じゃあ何なんだ?」
「……親戚です」
さっきから震えが止まらない。鳥肌が頭から足まで全身にたっている。
「そうなのか?」
顔だけ白雪さんに向ける。
「はい……本当です」
白雪さんは南沢を直視した。こういうところだけ白雪さんは勇気がある。
「……」
南沢は僕を解放し、サングラスを外した。目の上に傷跡があった。もしかして、怒りのカミナリが落とされるのか。駄目だ、そんなことさせない。そう思っても体が動かない。
南沢は白雪さんを見下ろす。
そして──
「うちの生徒がどうもすみませんでした」
雷鳴が鳴り響き、鉄槌が僕に下され……って、頭を下げてる?
「後で私の方から注意しておきます。本当に申し訳ありませんでした」
「……」
「……」
僕と白雪さんはポカーンとしていた。
* * *
南沢が去っていった後も、僕たち二人は拍子抜けしていた。だって、いかにもな暴力教師の風格が漂う人が、すんなり謝罪したのだ。
「なんていうか、白雪さん。人は見かけで判断しちゃいけませんね……」
「そうですね……」
「……」
「あ……」
「どうかしましたか?」
「裕志さん、膝が血だらけ……」
そう言われて膝を見てみると、たしかに膝小僧にべったりと血がついていた。自然と痛みはなかったので今まで気がつかなかった。
「ちょっと待ってください」
白雪さんはポケットティッシュを取りだし、膝に付いてる血をあらかた拭き取ってくれた。さらに傷口に絆創膏を貼ってくれた。
「なんか、すみません」
「どうして裕志さんが謝るんですか?」
白雪さんは笑いながら問いかける。
「いや、何て言うか、白雪さんに怖い思いをさせちゃったし、こんなケガの手当てまでさせてもらって……」
「裕志さんは、私を守ろうとしてくれたんですよね」
「え?」
「もし裕志さんが助けてくれなかったら、もしかしたら私駄目だったと思います」
そんなこともないだろう。最悪さっきみたいに先生が助けてくれるだろうし。でも、誰か赤の他人よりも、見知った人に助けてもらう方が気持ちは楽だろう。
「それに、ケガしているのは自分の息子です。治してあげるのは当然です」
白雪さんはニコッと笑った。それは昔、どこかで見たことがあるような笑顔だった。
* * *
白雪さんを保護者席まで送ったあと、僕は自分のクラスの陣地へと戻った。男子どもが僕にブーイングを連発していたけど、そんなこと知ったことではない。白雪さんはあれでも僕の母親なんだ。母親が嫌な目に遭っているのに放っておけるものか。
それでもまだ僕に対する悪口が終わらない。居心地が悪くなった僕は逃げるように陣地を立ち去った。そういえば前にも似たようなことがあったな。人通りがほとんどない木陰に僕は座る。枝と葉っぱとその影の揺れ動く様子をしばらくじっと見ていた。
「何て言うか、僕ってとことん嫌われ者だな……」
独り言をつぶやいてみた。思えば僕の人生はいつもそうだ。幼稚園の時も、コッキーとばかり関わる僕をみんな敬遠していた。小学生の時も、ガキ大将的な存在のターゲットにされたこともあったし、あんなことも……。中学生の時も、部活の内容についていけず幽霊部員になって、しらけたような目で部員からにらまれていた。そして今、久永さんや白雪さんのことでクラスから非難を浴びている。これからも僕は、そうやってみんなから嫌われながら生きていくんだろうか?
「裕志くん!」
この声はコッキーだ。軽く手を上げながら微笑んでいる。
「裕志くん、また集中砲火を喰らわされちゃったね」
僕のすぐ隣にコッキーは座る。
「十年前もそうだったよね。僕に関わったせいで、裕志くんまで一人ぼっちにさせちゃった」
「いや、別にそんなこと……」
「でも僕は嬉しかった。友達なんかいなくたっていい、結局人間は独りなんだって、あの時僕はずっと思ってた」
ご、五才児にしてはまた大人みたいな思考の持ち主だな……。
「だけど裕志くんと色んなことを喋っている内に、僕は変わることができた。一緒に何かを語り合える友達がいるって、とてもすばらしいことだって思えたんだ。裕志くんに会えなかったら、今の僕はなかったと思う」
そんな大袈裟な……。
「裕志くん、孤独になるっていうのはとても辛いことだよ。それはおそらく、人生で最も損していることだと思う。だけど、誰かのために孤独になることは、決して無駄じゃないんじゃないかな?」
地面ばかり見つめていた僕は、コッキーを見る。こいつも随分変わったものだ。十年前は他人に無関心だったのに、今ではこうやって僕を慰めてくれる。
「誰かのための孤独は……無駄じゃない」
「うん!」
コッキーはほがらかな笑みを浮かべる。十年前なら到底見れない笑顔だ。
「だから裕志くん、元気出して!」
コッキーは立ち上がり、手をさしのべる。僕は固まっていた表情を緩ませながら、しっかりと手をつなぎ、モヤモヤした感情を断ち切った。
* * *
結局、運動会で僕たちのクラスは五位だった。鮎川の失態で一時は得点がガタ落ちしたけど、短距離走で起こした水島くんの完全勝利によってなんとか点を稼ぐことができた。僕のクラスの人たちは、やはり鮎川を責めた。しかし鮎川は、転んだのは観衆から感動を呼ばせるための演出だと言う。さらに、上位にならなかったのはそこで力を出し切れなかったみんなのせいだとも抜かしていた。この意見にはクラス全員から反感を買い、鮎川は集団リンチに遭った。
まあ、この光景は日常茶飯事だからもう気にならないけど、1つ気になることがある。リンチに遭うたびに僕があいつに睨まれてるような気がするのだ。断っておくが僕は何も恨まれるようなことはしてない。なのに一体どうしてなんだろうか?
まあ、別にどうでもいいことだけどね。




