第21話『六月の運動会』
梅雨が明けかける六月の下旬、本日の天気は晴れ。絶好のお出かけ日和だ。しかも日曜日。だけど、僕が向かう先は学校だ。いや、正確には僕たちだな。
「おい裕志、忘れ物はねぇか?」
「大丈夫」
父さんがニヤケながら聞いてきた。今日の父さんは、黒シャツの上に白い半袖のカッターシャツ、ノーマルジーンズのシンプルなファッションで身を包んでいる。ただ、かなり大きいドクロの首飾りをかけている。邪魔じゃないんだろうか?
「兄ちゃん、ハンカチとティッシュは入れた?」
「ちゃんと入れてるよ」
彰は父さんほどじゃないけどワクワクしているようだ。彰はサッカー選手を思わせるような青いシャツと黒いズボン、そして黒いキャップをかぶっている。見た感じ経験者っぽいけど、本人の腕前はそれほどでもない。
「はい、裕志さん」
「ありがとうございます」
白雪さんからお弁当と水筒を受け取った。今日の白雪さんはまた一段とかわいらしい。花柄の白いワンピースが白雪さんの魅力を最大限に引き出している。
今では白雪さんは何事もなかったように普通に接している。いきなりおびえていたあの日のことがまるで無かったかのようだ。まあ、白雪さんが平気ならそれでいいんだけど。
「それにしても、運動会くらい別に来なくったっていいのに……」
そう僕がぼやくと父さんが──
「別に来ちゃいけねえ決まりなんて無いだろ?」
「そうだけどさ……」
言い返そうとする前に、父さんは僕の耳元で小さく言った。
「白雪も結構この日を楽しみにしていたんだぜ?」
「……」
そうか、本来なら白雪さんは僕と同じ高校一年生になるはずだったんだ。そうなると事情は変わってくるな。
でも、本当に見に行って大丈夫なんだろうか。 だって、なんか色々と心配だし……。
僕は白雪さんに聞いてみた。
「大丈夫ですよ。今日は息子の晴れ舞台なんですから、見に行くのは当然ですよ」
「いや、別に晴れ舞台ってほどでも……」
「たしか四十人四十一脚に出るんでしたっけ?」
「はい。あと、綱引きにも」
「頑張ってくださいね」
「……はい」
何だかちょっと燃えてきた。白雪さんの分、精一杯努力して楽しもう。
僕はそう心に決めた。
* * *
学校までは車で行った。いつもは自転車で通る道も、車だと違った風景に見えるから不思議だ。途中でトモが全力疾走しているのが見えたけど、気にしなかった。あいつに構ってやることもないし、そんな必要もない。
そして、ものの五分で学校に到着した。
「さあ着いたぜ!」
すると白雪さんは、ガラスに顔を近づけながら目を輝かせた。
「ここが裕志さんの通ってる高校なんですね……」
「はい」
白雪さん、本当は高校に通いたかったんじゃなかったんだろうか。でもそれは叶わないから、責めて保護者として運動会を見に行く。そういうことなんじゃないだろうか。何だかちょっぴりやるせない。
「んじゃ、俺は駐車場で車停めてくるから、先行っといてくれ」
そう言われて僕たちは車から降ろされ、そのまま特設の駐車場へと走り去っていった。
さて、このまま門のところにいても通行人の邪魔になるし、中に入ろう。そう思ってとりあえず校舎の中に入ろうとしたその時だった。
「おっはよーカジぴー!」
後ろから元気一杯に声をかけられる。
そして──
「おっはよー白雪ちゃーん!!」
「きゃっ!?」
優奈は思い切り白雪さんを抱きしめる。
「ちょっと工藤さん、やめてください……」
「いいじゃん別にぃ。あと、優奈でいいよ」
「と、とにかく、離してください。苦しいです……」
「えっ、嘘!?」
優奈はパッと白雪さんを解放した。たしかに苦しそうだった。顔も赤くなってる。
「ごめん白雪ちゃん。優奈のこと嫌いになっちゃった?」
「いえ、そこまでは……」
「よかったー!」
再び興奮した優奈のハグタイムが始まってしまった。
「だ、だから工藤さん!」
ハハハ、ダメだこりゃ……。
* * *
体操服に着替え(中に着てきたから上に着た制服を脱ぐだけだったけど)、僕は開会式に出ていた。校長の長話なんて誰も聞くはずもなく、周りはヒソヒソとおしゃべりしていた。
だが、その話の内容の大半を占めていたのは……。
「なあ、保護者席の方にいるあの女の子、誰だろ?」
「メッチャかわいいよなー。肌も白くてさ」
「もしかして、どっかのアイドルなのかな?」
白雪さんのことだ。やっぱり僕の思った通り白雪さんはモテる。ま、当然といえば当然か。白雪さんはノーメイクでも健康的な白い肌だし、かわいらしく整った顔は男女問わず心を鷲掴みにされる。が、今日モテているのは白雪さんだけじゃないようだ。
「あの白シャツの男の人かっこよくない?」
「何か爽やかな印象よねー」
「ヒゲ剃ったらもっとカッコいいと思う」
どうやら父さんも注目の的のようだ。あれが僕の父さんだって言ったら、女子たちはどんな反応するんだろう?
さらにこんな声もある。
「あの男の子かわいくない?」
「うん。あの格好からしてサッカーやってるのかな?」
「ジャニーズJr.とかにいそうじゃない?」
彰、お前もついに女子高生にちやほやされる時代がやって来たようだな。正直うらやましいぞ。
「さすが裕志くんの家族はモテるね」
「いやいや、そんなこと……」
僕もコッキーとしゃべっていた。
「それにしても、裕志くんのお父さんも結構若いんだね」
「あれで今は三十代半ばだけど」
「充分若いよそれ」
コッキーでも父さんを見るのは初めてだっけな。幼稚園に父親が来るなんて普通ないし。
「でも失礼なこと言っちゃうけど、白雪さんとはどう見てもつり合ってるようには見えないね」
「うん、僕もそう思う」
「どういう経緯で結婚まで進んだんだろう、あの二人?」
「……」
どうしてあの二人は結婚したのか、それはまだ教えてもらっていない。でも、二人は互いに愛し合っているのを僕は知っている。恋につり合いがどうとかなんて関係ないのかもしれないな。
「えー私からは以上です。生徒諸君、今日は存分に奮闘し、楽しんでください」
聴衆からパラパラと拍手がなった。やっと喋る気が済んだか校長先生。僕たちはこの時をどれだけ待ち望んだことか。
「今日は頑張ろうね、裕志くん!」
コッキーは僕の方に体を向けて言った。
「うん!」
僕たちは互いの右腕をコツンとぶつけた。
* * *
初めに同学年同士で競い合う短距離走が行われた。それぞれのクラスから一人代表で出場し、上位二名だけが残る。そして午後の部で一~三年生の計六人が対決するといった感じだ。僕のクラスからはあの男が参戦していた。
「1年7組、水島竜斗くん」
放送部のMCがコールし、 7組の待機陣地から歓声が沸き上がった。だけど僕は素直に応援できない。
そんな僕の思いを無視するように、スタートの合図が鳴る。するとどうだろう、瞬く間に水島くんが他の生徒たちを抜いていく。ゴールする頃には他の生徒たちと圧倒的な差を広げていた。我ら7組は大喝采だ。
「すげーぞ水島ー!」
「水島くんかっこいー!」
男女問わずモテモテな男である。うらやましい限りだ。
そんな時、僕はふと、ぴょんぴょん跳びながら喜ぶ久永さんを見つけた。久永さんのかわいらしい姿を見ることができたのは嬉しいけど、それと同時に劣等感が増していった。やっぱり現実を直視するというのはつらい。
僕は本当にあの少女と恋人になれるんだろうか?
そんな風に思ってしまう。
じめっとしたものが体の中をすり抜け、空しさというサビがこびりついた。
* * *
そしていよいよ今日の正念場、四十人四十一脚が始まろうとしていた。その前に、一人の男子からの提案で僕たちはクラス全員で円陣を組んでいた。
「絶対7組が一番になってみようぜ!」
提案者の男子にみんなが応える。
「特に鮎川、今日こそは頼んだぞテメェ!?」
「任せとき。俺の本気を見せたるで」
鮎川はどや顔で自信満々に言った。 むしろ不安になってきた。
よく見ると鮎川の隣にいる男子は嫌そうな顔をしていた。まあこのデブ、さっきまで隠れてお菓子食べてて、手も拭かないまま肩を組んでいるからな。ベタベタして嫌になるに決まっている。僕は二人に同情するしかなかった。
「それじゃみんな……いくぜ!!」
全員一斉に「オーッ!!」と叫んだ。
どうやら他のクラスもを円陣を組んでいたようで、同じように決意の叫びがあちらこちらから聞こえた。気合いが入りすぎて逆に焦る。それでも、出会って約三ヶ月の人たちはこの日この時、一つになろうとしているのがわかった。無論僕のクラスも。
みんなの瞳は真っ赤な炎で燃え盛っていた。
さて、それから数十分後……。
優勝クラスが発表された。2組だ。
え、僕のクラスはどうだったのかって?
やっぱりこれも伝えておかなきゃいけないのだろうか?
仕方ない。わかった、教えよう。最下位だ。原因は鮎川の転倒だ。




