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第20話『梅雨の一悶着』

赤外線受信でメアドを交換した後は、久永さんと色んな話をしていた。久永さんが読んできた本、最近の流行、お互いの学校での交遊関係……。そういった他愛のない話でも、久永さんとだと楽しい。まるで遊園地にいるように、悩みや雑念をすべてを忘れて楽しんでいた。

そうしている内に、雨足がだいぶ弱まったようだ。雲の色も薄くなっている。久永さんもそれに気付き、少しばかり希望に満ちた表情になった。綺麗に晴れ渡ったわけじゃないけど、小雨になっただけまだマシだ。

だけど、僕の心は依然として曇り空だ。なぜなのかは言うまでもない。まだ言えていないからだ。唐突なハプニングがあったとはいえ、もうそろそろ言わないと……。


「ねえ久永さん」


僕が行動を起こそうとしたその時、携帯の着信音が鳴った。これは僕のものじゃない。


「あ、ごめんね梶田くん。ちょっと待って……」


そう言うと久永さんは携帯を取り出した。どうやら電話らしい。


「もしもし、ママ?」


右手で本体を持ち、左手でスピーカーと口を包むような感じで話していた。かわいらしい。


「うん……うん……。わかった。はーい」


通話を切ると久永さんは僕の方に向き直った。


「ママがお迎えが来てくれたって……。私そろそろ行かなきゃ」


お迎えってことは、車かな?

そういえば久永さんは通学に電車で一時間もかけているんだったっけ。


「うん、わかった」


迎えに来てくれた人をあんまり待たせるのは悪い。そう思った僕は了承した。


「それじゃあ、また明日ね」


久永さんは手に持っていた白い傘をさし、校舎外へと足を踏み入れた。


「じゃあね」


僕は遠ざかっていく傘に向かって手をふった。



* * *


「結局、言い出せなかったなー」


多少制服が濡れてしまったけど、僕は無事に家に戻ってこれた。家に着いた頃には鞄やズボンや自転車がびしょ濡れだったけど、そんなことはどうでもいい。


「なんで言えないんだろう。ただ遊びに誘うだけなのに……。」


ただ単純なことが、なぜあの状況だとできなくなるんだろう。別に誘うことができなくても、世界が終わるわけじゃないのに。


「また優奈に怒られちゃうな……」


急な雨とはいえ、誘うチャンスはいくらでもあった。それを無駄に逃してしまって、今となってはかなり後悔している。もう次こそ言わなきゃ……。


「それにしても……」


久永さん、いつもと様子は変わってなかった。あの天使の微笑みも健在だった。だけど、水島くんにもそれを惜しげもなく見せているんだろうか。


「もしかして、久永さんはもう……」


久永さんはもう、水島くんのことを……。


「いや、まだ決めつけるのは早い」


僕は思い切り頭を横にふった。それでも、僕の中にある黒いモヤモヤは一向に澄みわたらない。


「……」


人の考えてることを完全に知ることなんてできない。久永さんが、僕や水島くんに対して何を思っているのかもわからない。だけど、だからこそ人間は行動を起こす。わからないからこそ、人間は恋をするんだ。


「よし……」


次こそは言おう。絶対に言うんだ。ここまで来たらもう後はない。いや、あるかもしれないけど、それでも次こそは言うんだ。うん。


「兄ちゃん!」


と、人が考え事をしてた時に、ノックもせずに入ってくる無神経な子供が来たようだ。


「彰?」


「大変なんだよ!」


「は?」


「何て言うか、とにかく大変なんだよ!」


「彰、とりあえず落ち着いて」


「落ち着いてるよ!」


「いや、そんなこと全然……」


「いいから早く来て!」


無我夢中だった彰に腕をつかまれ、リビングまでひっぱられた。

おいおい、何があったんだよ。



* * *



リビングに来ると、そこには肩を抱きながらうずくまり、震えている人物がいた。短めでくせのない黒髪、そしていつもしているエプロン。誰なのかはすぐにわかった。


「白雪さん……?」


僕は小さな声で言った。


「なんか、テレビを見てたら、急に白雪姉ちゃんがこんなことに……」


彰はとても不安そうだ。そりゃ、いきなりこんなシチュエーションになったら、そうならざるを得ないけど。

改めて様子を見てみると、白雪さんは何かにおびえているように見える。恐怖という暗いものに蝕まれているような、そんな感じだ。


「白雪さん」


まずは呼びかけてみる。だけど何も反応しない。


「あの、白雪さん……」


今度はもう少し近くで再び呼びかけてみたけど、何も変わらない。それほどまでに白雪さんは暗いものに覆われてしまったのか?

僕はいつでも逃げられる距離ギリギリまで白雪さんに近づいた。こういう時、何かの拍子に暴れたりでもしたら手のつけようがない。


「白雪さん!」


大きめの声で呼びかける。

すると白雪さんは、ゆっくりと顔を上げ、僕の方を見た。


「裕志……さん?」


それは耳をすまさなければ聞こえないほど小さな声だった。


「一体何があったんですか?」


「……」


「白雪さん?」


またうつむいたまま何一つ答えようとしない。本当にどうしちゃったんだろう?


「……」


「うーん……」


ここまでくると相当深刻な状態だ。しばらくそっとしておいて様子を見た方がいいかもしれない。それに、心配なことがもう一つある。


「とりあえず、ご飯の方は僕がやっておきますね」


フライパンの火もつけっぱなしじゃ、焼いているものが焦げてしまう。僕はリビングに隣接している台所に向かった。


「彰、白雪さんを見ておいて。何かあったらすぐ知らせて」


「わかった」


彰はテレビの電源を消し、白雪さんのそばに座った。その姿が僕には、六年前の自分に重なって見えた。



* * *



ふぅ、久しぶりに料理したけど、なんとかうまくいってよかった。まあ、下準備はほとんど白雪さんがやっていたけれども。

一方で白雪さんはというと、落ち着きを取り戻して少しだけ安定している。ただ、食欲はないらしく、夕飯はいらないと言っている。


「本当にすみません。心配かけてごめんなさい」


青ざめた顔で謝る白雪さんは、見ていて悲痛だった。一体何がこの少女をここまでさせたんだろう。

少々気が引けるけど、僕は聞いてみることにした。


「あの、白雪さん。言いたくなかったらいいんです。誰だって秘密にしておきたいこともありますし。その……」


一旦、一呼吸おく。

そして──


「どうして、おびえてたんですか?」


「……」


「本当に、言いたくなかったらそれでいいんです。でも、やっぱり気になるというか……。僕たち、家族ですし」


新しい母親と同じ屋根の下で暮らしてから二ヶ月。未だに彼女が母親だという実感は生まれない。だけど、僕と同じ家族だという連帯感のようなものは感じつつある。少なくとも、僕は白雪さんを助けたいと今は思う。


「……」


やっぱり答えてくれないか……。と思ったその時、白雪さんの口が開いた。


「ニュース番組……」


「え?」


「彰くんが見ていたニュース番組で、あれが写されていたんです」


「あれって……何ですか?」


僕は白雪さんの返答を待った。しかし、その代わりに白雪さんは再びうずくまってしまった。頭を抱え、猫背になりながら震えている。

すると彰は、白雪さんに聞こえないように僕に耳打ちした。


「多分、火災現場だと思う」


火災現場?


「そんなニュースが流れてた時に、白雪さんがたまたま僕の様子を見に来たんだ。そしたら……」


なるほど。そうやって今に至るということか。

でも、火災現場を見ただけで普通ならああまではならない。そのくらいでいちいちうずくまってちゃ、人間はやっていけない。となると、考えられるのは一つ。白雪さんにとって、それがトラウマだということだ。

僕と彰は、白雪さんに何もできずにただ見守るしかなかった。



* * *



現在時刻は午後八時。白雪さんは寝室のベッドに寝かせている。夕飯もほとんど食べなかったので、ついさっきおかゆを作っておいた。ちゃんと食べてくれるかな?

白雪さんの身を案じながら自室に戻ると、携帯がメール着信のランプが点滅していた。


「父さん……いや、メッセージかな?」


何はともあれ受信ボックスを開いてみる。そして、新着メールの宛名を見た僕は、目を大きく開いた。


「久永亜純……」


そう、久永さんからメールが来たのだ!

これは確認しない手はない。早速読んでみることにした。


『こんばんわ、初メールです(^^)


メアド交換してくれてありがとう!(*^▽^)/★*☆♪


そういえば梶田くん、最後に何か言いたそうだったね(´・ω・`)

勝手に中断させちゃってごめんね(T_T)


よかったら今聞かせてください(*´∀`)♪』


……かわいい。

絵文字もデコメもない、顔文字だけのメールだけど、そこがとてつもなく愛しい。デコメを多用する父さんとは大違いだ。

メールが来たのは午後七時半くらい。早いところ返信しなくては……。

──と、ここで僕は考える。

どこかへ遊びに誘うのはメールでやった方が簡単だ。文章さえ書けば、後は送信ボタンを押すだけなんだから。でも、果たしてそれでいいんだろうか。やっぱこういうのは自分の口から伝えるべきじゃないだろうか。うん、きっとそうだよ。

なんの根拠もなく僕はそんな風に思った。


「……」


色々と迷った挙げ句、僕は文章を作り上げた。


『こちらこそありがとう!

その話なんだけどまた次の機会に言うよ(^^)

今日は本当に楽しかったよ☆ミ』


はぐらかしてしまう感じになったけど、結局これで完成させることにした。僕は送信ボタンを押した。ふーっ、とため息をついてベッドに倒れ込むと、携帯の着信音が鳴った。今度は何だと思って見てみると、相手は再び久永さんだった。


「えっ!?」


僕は目を見張った。送信してから三十秒とも経ってないのに、もう返信がきたようだ。


「久永さん、メールは早く返信する人だったんだ……」


意外な一面につい驚いてしまった。でも今はメールの確認が先だ。僕は再びメールを見てみる。


『わかった(。・x・)ゞ


じゃあまた明日ね\(^o^)/』


にやけてしまう。何ともない文章だけど、久永さんからのメールだと思うとついにやけてしまう。これがもしヒトゴミの中だと、周囲は絶対引くレベルだ。

僕はこのふわふわとしたやわらかい感覚を、しばらくかみしめていた。

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