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第2話『初めての高校』

校長の長話に打ちひしがれ、長い長い集会が終わりを告げた。

僕たち生徒は、一時の開放感に酔いしれながら教室にいた。そうなると新入生の次なる行動は決まっている。周りの人達と打ち解けることだ。

賑やかな声が反響する中、僕は後ろに座っている優奈と話していた。


「カジぴーって何部に入るつもり?」


こういう新学期という時期の男女の会話は、思いの外目立つ。できれば教室にいるときくらい話しかけないでほしいな……。もっとも、出席番号が一つしか違わないから、席が近いのもあるんだけど。

仕方無しに僕は優奈の質問に答えることにした。


「うーん、中学のときはテニス部に入って失敗したからなー……」


テニスがやりたくて入部したテニス部に入ったのだが、いつの間にか僕は俗に言う『幽霊部員』になってしまっていた。


「全く考えてないの?」


「うん」


そんな過去もあるせいで、もはや今回はクラブに入るかどうかの問題となってしまっている。


「それならよかった」


「え?」


「コンパや合コンが無い高校生は、部活や委員会でお近づきするのが常識だからねー……」


「はぁ……」


「さっき聞いてきたんだけど、あずみん今回も図書委員に立候補するんだって」


「へ、へぇー……」


窓辺側にいる一人の少女へちらりと目をやる。

つややかで長い黒髪に、花の形をあしらったヘアピン。小さな鼻に黒目がちな瞳、そして目映いほどの白い肌。『和』の印象が強いが、セーラー服もよく似合っている(言い忘れてたけど、女子の制服はセーラー服だ)。

そう、久永さんはまさしく『大和撫子』という言葉がとても相応しい。


「へぇーじゃないわよ。カジぴー、もう取るべき行動はわかってるでしょうね」


「え……何?」


「決まってるじゃない。カジぴーも図書委員に立候補すんのよ」


「えーっっ?」


一瞬心臓が破裂寸前にまで膨張した気がした。


「そ……そんなこと言われても……」


「他の人に取られちゃってもいいの?」


「うう……そうだけど……。でも、何だろう? なんか恥ずかしいというか……」


たしかに久永さんとお近づきになるには、それが一番手っ取り早いとは思う…。

だが自分は、多少克服はできたが『あがり症』である。自分で言うのもなんだけど、正直無理かも……。


「男ならつべこべ言わない!」


優奈が少々いらついているのが伺える。当然だよな、僕がこんなんだから……。


「今日は自己紹介が終わった後に委員会を決めるみたいよ。だから、ちゃーんと図書委員に手を挙げることよ。いいわね?」


図書委員か……。果たして僕にできるかな……。

久永さんは中学3年間ずっとその役職だったのは知っている。でも、何というか、うーん……。

そんな僕を嘲笑うかのように、外では桃色の花吹雪が散っていた。



* * *



一世一代の葛藤している内に、担任の先生らしき人物が入ってきた。

中肉中背の男性で、年は30代前半といったところだろう。髪型はワックスでイマドキ風にセットされているが、残念な程のしゃくれである。顔がワイルドにイケメンなのが唯一の救いだ。

その男は、教卓の前に立つなりこう言った。


「えーみなさん、はじめまして。今日から一年七組の担任をする……」


男は黒板に名前を書き始めた。


「……根岸誠太郎(ねぎしせいたろう)です。ラグビー部の顧問をしています。君らには化学を教えていきます。これからよろしくおねがいします」


野暮ったい雰囲気だが、意外とハキハキしている。少なくとも、漫画みたいなダメ教師ではなさそうだ。

前置きの話を済ませた後、出席番号順に自己紹介することになった。

ちなみに、うちのクラスは男子20人、女子20人のちょうど40人で構成されている。

その中で、僕は出席番号7番と早めなので、急いで即興スピーチを考えなければならなかった。

しかし頭をフル回転すればするほど案が浮かばず、あっという間に僕の出番がまわってしまった。


「それでは次、出席番号6番の人」


もう普通にいくのがベストだなこれは…。シンプルイズBESTだ。

僕は立ち上がった。


「か……梶田裕志です。えー、趣味はゲームと音楽鑑賞です。その&、憧れの高校生になったので、楽しんでいきたいと思います」


乾いた拍手を合図に僕は座る。

ふぅー。うまくいったー。


「全然うまくないわよ」


「!?」


僕の思考を読み取ったかの様子で優奈が話し掛けてきた。エスパーなのかこの人は…。


「優奈を見てなさい。自己アピールはやっぱみんなにウケるようにしなくちゃ」


紹介とアピールは違うだろう…と言おうとしたがやめた。どちらも同じような意味に思えてきたからだ。

だが後で確認したら、『紹介』とは人と人との間を取り持つことで、『アピール』は人の心を動かすことだった。全然意味が違った。


「では出席番号7番の人、どうぞ」


優奈はハジケ気味に立ち上がった。


「くどうゆうなですっ。趣味はショッピングで、週一でモモルに行きます」


モモルというのは、最近近所にできた女性向けファッションモールのことだ。


「あと、ドットスポットのギターのミキとはいとこ同士です」


そう言った瞬間他の生徒は「オオー!」とか「スゲー!」とかざわつきはじめた。

ドットスポットというのは、今年で結成5年目になる女性バンドのことである。ファーストシングルでオリコン1位を取り、以来その名は日本中に知れ渡っている。


「みなさんとは楽しくやっていきたいと思いますので、よろしくお願いしまーす♪」


僕の時とは違い、潤いに満ちた拍手が喝采した。

振り向くと、優奈は握りこぶしから親指を立ててドヤ顔していた。

優奈、こんなにも拍手がオアシス並なのは、あくまでいとこのおかげだからな…。



* * *



そして自己紹介は、ついに久永さんの所まで回ってきた。

中学の時はずっとクラスが別々だったので、どんな風に紹介していたのか知らない。だから内心とても楽しみで、ドキドキしていた。心拍の加速度は徐々に上昇していくばかりだ。


「じゃあ次、出席番号23番の人」


目に見えない光の粒をこぼしながら久永さんは立ち上がった。


久永亜純(ひさながあずみ)です。読書が趣味です。みなさんと楽しく勉強できたらなあ、と思います。よろしくお願いします」


生真面目な自己紹介であったが、僕の時よりも拍手に水気があった。

それは当然だろう。久永さんの声のトーン、立ちふるまい、気品な雰囲気。まさに光り輝く大和撫子そのものである。


「こりゃ相当興味持たれたみたいね、あずみん…」


当たり前だ優奈。いとこパワーを利用して人気になるお前とは大違いさ。


「カジぴー、絶対他の男に取られるんじゃないわよ」


「…はい」



* * *



「35番の人」


ガタンッと音を立てながらトモは勢いよく立ち上がった。


「どうもー! 山口智弘でーす! 俺のことは、トモちゃんって呼んでくれよな!」


出た。小学校でも中学校でもやった前フリ。


「まあ、勉強やら恋やら部活やら、色々忙しい3年間になると思うけれど、頑張っていきましょう!みんなよろしく!!」


正直聞いてるこっちが恥ずかしい。しかも「恋」の単語を発したときに僕をチラッと見たのが気にかかる…。拍手は、かなり戸惑い気味だった。



* * *



こうして、自己紹介は終了した。

そしてついに、今日の修羅場である委員会決めが始まってしまった。

先生による説明は幾分長いため、ここは僕が要約してお伝えしよう。委員会には、代議員、風紀委員、美化委員、体育委員、文化委員、保健委員、園芸委員、そして図書委員がある。ちなみに、図書委員になると自動的に文芸部へと入部になるらしい。まあ、それでも僕は一向に構わないが……。

男女が一人ずつ立候補する形式で、どの委員にもならなかった人は強制的にクラスの雑用係にされてしまう、ということだ。


「よーし、まずは代議員から決めようか。誰かなりたい人はいないかー?」


そう言われても誰も手を挙げないのが学校のしきたり、と思いきや男女それぞれ一人ずつ挙手したので、あっさり決まってしまった。

このクラス以外と決断力がある。

恐ろしいほど滞り無く委員が決まっていき、残るはついに図書委員だけとなった。


「残るは図書委員。なりたい人は挙手!」


一瞬まわりの空気がしんとした。たしかに現代の若者は文字離れしている。無理もない状況だ。

すると、窓際にいる一人の生徒がおずおずと手をあげた。それは、久永さんだった。するとまだ委員を決めてない男子全員が一斉に挙手した。


「うわ……」


思わず声に出して驚いてしまった。

どれだけ興味を持たれてるんだ久永さん……。


「はぁ……」


これは恐らく僕の苦手なじゃんけんだな…。これでは勝ち目などない……。今、僕の手は膝の上にある。


「やっぱ僕には無……」


「カジぴー、脇にセミが付いてるよ」


「っっっっ!!?」


聞いた瞬間トラウマが否応なしに蘇り、思わず両手を真っすぐ上に挙げた。

……って──


「ん?」


「梶田くん、何も両手を挙げなくてもいいぞ」


口調こそ緩いが、どう見ても根岸は呆れていた。



* * *



「立候補しちゃった……」


僕は口の中で呟いた。


「ゆ……優奈ぁ……」


「何よ? あんたがノロいからせっかく後押ししてあげたってのに……」


優奈の手助けはたしかにナイスだった。でも、それが無謀な挑戦であることと、クラスのみんなに大爆笑された点では悲しい。


「もういいんだよ。僕じゃんけん弱いからさ……」


僕はなぜかじゃんけんが弱い。どうしてかはわからない。

僕が勝つなんて、水ではなく油をかぶって火災現場に飛び込んだのに、生還することと同じくらいの奇跡である…。

生まれてこの方じゃんけんで勝ったことなんて数える程度しかない。


「あんたそれだけの理由で諦めんの?」


「……」


何も言えない。たしかに挑戦する前に諦めるのは良くない。


「大体、じゃんけんで決めるなんてまだ一言も言ってないじゃん」


「いや、でも……」


性懲りもなく反論しようとしたその時だった。


「うーん……男子の立候補者が多すぎるなー。よし、男子は久永さんに決めてもらおうか!」


根岸が威勢のいい声でそう言った。


「え……」


久永さんと立候補した男子全員(もちろん僕も)が一斉に頭上にはてなマークを浮かべた。


「どういうことっすか、先生?」


一人の男子生徒が質問した。


「ただじゃんけんで決めるのも面白くないだろ?だから、君たちの第一印象で判断してもらおうというわけだ」


それってえこ贔屓になりかねないか?


「どうだ?」


根岸は大まじめだ。だけど、こんなことが許されることはないだろう。

と思いきや──


「乗った!」


「面白いじゃねえか!」


「やってやんぜ!」


どうやら、立候補者たちは乗り気の様だ……。

僕は思ったことをあまり率直に述べないように心掛けている。だが今回ばかりはストレートに言わせてもらう。

どうなってんだ、このクラスは?

ノリが良すぎるというか、変なところで抜けているというか……。


「よし、じゃあ立候補した人らは起立してもらおうか」


僕を含めた候補者は一斉に席から腰を上げた。


「ガンバレー♪」


後ろから優奈が軽く応援した。別に努力で勝利するわけではないから、何を頑張るのかは知らないけど、正直無理な気がする。

僕は久永さんと中学が一緒という利点がある。だが実質、二人で会話を交わしたことはほとんどない。だから選ばれる可能性は言うまでもない。

立候補した男子陣は、「俺本の整理するぜ!」「パシられたら俺が代わるからさ」など言って猛烈にアピールしている。


「え……と。その……」


その騒々しい事態に、久永さんはすっかり困惑してしまっている。

まあ、僕が選ばれることなんてないだろうなぁ。そもそも、僕の存在にすら……って気付いてるか。両手で立候補したんだから。でも、だからって……。


「じゃあ……えっと……」


どうやら答えが決まったらしい。選ばれた人とはもう恋のライバル確定だ。潔く覚悟を決めて対決しよう。さあ、一体誰が選ばれるのか?


「その、梶田くんを……」


……え?


「男子の図書委員は、梶田くんがいいです」


……。嘘だろ? え……でもさっき、梶田くんって……。


「梶田くん、それでいいか?」


先生に呼ばれて僕は気付いた。この勝負、勝ったのは、僕だ。


「は……はい……」


この返事を出すのに、僕は精一杯だった。

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