第18話『裕志の決意』
本日の天気は雨。傘が意味を成さないほどの大雨だ。そう、季節は今、梅雨というジメジメした時期を迎えた。小さい頃は雨が大好きだったけど、今じゃ逆になった。湿っていると洗濯物も乾きにくいし、濡れた服が肌にピッタリと張り付くのがうっとうしい。なんで好きだったのか今となっては疑問だ。
そんなことを考えていると、いつの間にかホームルームが終わったようだ。僕は一時間目の授業の準備をした。
「カージぴー!」
後ろから肩をドスンと叩かれる。相変わらず容赦ない力加減だ。誰なのか見なくてもすぐわかる。
「あずみん、誘えた?」
席替えをした後も優奈は、たまに僕のところにひょっこり現れてはちょっかいをかけてくる。相変わらずのやりとりだ。
「いや、まだ……」
「まだ!?」
にやけていた顔が一気に不機嫌な表情に変わった。ていうか、声がデカすぎる。
「あれから二週間経ったってのに、まだ誘えてないの? 嘘でしょ?」
「……」
そう、あれから二週間経ったってのに、まだ誘えてないのだ。もちろん、誘う機会が無かったわけではない。でも、あと少しがなかなか言い出せず、結局何一つ変わっていない。
「あんたねえ、いい加減にしないとそれこそホントに取られちゃうわよ!?」
はい、全くその通りでございます。
「そもそもカジぴーはあずみんを誘う気あるの?」
「……あるよ」
「じゃあ何がいけないの?」
「……なんか、あと少しが言い出せなくて」
僕が言い終わると、優奈は腕をくんで考え事を始めた。そしてその状態のまま僕に質問を投げ出した。
「カジぴーってどのタイミングであずみんを誘おうとした?」
「えっと……一緒に図書室へ行く道中とか、あとは委員会が終わったときとか、かな」
「それよ!」
優奈は僕の机を片手で『バンッ!』と叩き、目を見開いて僕を指差した。
僕のために何か考えてくれているのは嬉しいけど、騒々しくするのはやめてほしい。
「そんな中途半端な時に誘おうとするからダメなのよ」
「そうなの?」
「どうせカジぴー、誘おうとしても言い出せなくって黙り込んだり、他の話題振って様子見たりしてるでしょ。だから言いそびれちゃってるんじゃないの?」
「う……」
なんで知ってるんだ!?
もしかして、影から見られてたのか?
「じゃあこうしよう。放課後、優奈があずみんに『カジぴーが呼んでるよー』とか言ってどっか連れてくから、そこでカジぴーはお誘いしなさい。もちろん、あずみんを連れてった後、優奈は帰るし」
「ええ……?」
「何よ、嫌だって言うの?」
「いや、そうじゃないけどさ……」
「これならどのタイミングでも言えるから、後はあんたの気力次第ってわけよ」
「そうだろうけどさ……」
「他の人に取られちゃおしまいなのよ?」
「……」
それでも、僕には、その……自信がない。ただ一言伝えればいいだけなのに、なぜかドキドキして言えなくなってしまう。
どうしてなんだろう?
「言っとくけど、お誘いの言葉はあんたの口から伝えなさいよ。誰かから経由なんて論外だから」
「わかってる」
優奈の言う通りだ。やっぱりそういうことは自分で言いたい。そうしないと、久永さんに顔向けできない。男がビシッと決めなきゃ駄目だ。
「優奈……頼んだよ」
そう言うと優奈は承知したと言いたげにニヤリと笑った。
「そうこなくっちゃ」
すると、待ってましたとばかりに予鈴が鳴った。
「じゃあ、場所は校舎裏でいい?」
「うん」
「りょうかーい!」
優奈は軽く敬礼した。
* * *
そして今日は、忘れてはいけない体育の授業がある日だ。雨の日は運動場が使えないから、練習は体育館でやる回数が自然と多くなってくる。まあ、この学校の体育館は予算をかけすぎたんじゃないかと疑うくらい広いから問題ないけど。二階部分にスタンド席があるあたり、完全に市民体育館だ。
練習してから三週目になれば、初めての時よりはかなり良くなってきた。どれくらいの歩幅がベストなのか、どれくらいの速さがちょうどいいのか、みんなわかってきたんだろう。現に僕だって、谷原くんと若槻さんとだいぶ合わせられるようになってきた。みんな互いの人たちを理解してきたということだろう。
……一人を除けば。
「おい鮎川!」
「速く動けよノロマ!」
「やる気あんのか!?」
今日も休憩中、またデブがみんなに罵られている。相変わらずみんなの足を引っ張っているようだ。
「君たちの方が速すぎるんやろ?」
またカッコつけながら言ってる。こいつは日々の自分を改めることを知らないんだろうか。
「なめとんのかお前は!」
男子の一人が鮎川の臀部を蹴りあげる。
「痛ぁあーーーーーーーーーーーーーーーーー!!」
鮎川は肥満体型の身体をなびかせながら飛び上がった。
言わんこっちゃない……。
「アホだろ……」
思わず僕は小声で呟いた。
* * *
練習が終わった後、僕は軽く足のストレッチをした。やっぱり長い間足を縛られていると、解放された後も窮屈な感覚がして仕方がない。
僕はアキレス腱を伸ばしながら、ふと周囲を見渡してみた。鮎川への集団リンチ以外には、座り込んでいたり、水分補給をしていたり、あとは喋っている人がほとんどだった。だがその時、僕は見てしまった。仲良さそうに会話している二人の男女を……。
「あれは……」
見た瞬間僕は会心の一撃を喰らった。今一番見たくないものをつい見てしまった。
「久永さんに……水島くん……」
改めて言うまでもないだろうけど、クラスの人たちは僕と久永さんの関係でかなり盛り上がっていた。今となっては前より落ち着いてはいるけど、それでもたまに話のネタになってしまう。それは水島くんだって知っているはずだ。
思春期の男女が仲良く会話しているところを見られると、どんな噂が流されてしまうのかは……わかるだろう。水島くんは、そうと知りながらわざとやっているんだろうか?
しかも、僕という存在もわかっていながら……。
「どうしたの、裕志くん?」
声がした方向に振り返ってみると、そこにはコッキーがいた。
「え、なに?」
「いや、さっきからぼーっとしてたから、どうしたのかなって思って……」
「いやいや、別に何でもないよ」
「そう?」
僕の気持ちが気付かれないように平然を装おうとしたけど、無駄だった。コッキーも二人の存在を発見してしまった。
「ああ……。なるほどね、工藤さんの言ってた通りだな」
優奈、コッキーにも伝えていたのか……。あの件以来二人とも親しくなりすぎだ。いや、何も文句はないけどさ。
「裕志くん、ここは男を見せなきゃね」
「え?」
「今年中までには告白しないと遅いって言ってたけど、もしかしたらそれでも遅いかもしれない」
「そんなこと……」
「まあ、仮に裕志くんと久永さんが結ばれたにしても、大変なのはそこからなのは紛れもない真実だけど」
「コッキー……」
そんなこと言われるとさらにへこんでしまう。そりゃ、もし告白が成功しても、ライバルが消えないかもしれないけどさ……。ていうか、それが水島くんだというのは確実だ。
「だけど裕志くんが久永さんのことが好きなのは事実でしょ?」
「うん」
「なら、ちゃんと自分の思いを伝えないと絶対後悔することになるよ」
わかってるよ、そんなこと……。だからこそ優奈の提案に乗ったんだ。
「でもコッキー、やっぱ僕、不安だよ……」
「大丈夫だよ。裕志くんは、地味で目立たなかった僕に優しく接してくれたじゃん。あの時の僕はぶっきらぼうな態度を取っちゃったけど、本当は嬉しかったんだよ。裕志くんは女子に嫌われるような性格じゃない。だから大丈夫」
「……」
こんなことを言われるのは初めてだ。なんだか、ちょっと照れくさい。
「何事もあきらめる前に挑戦だよ」
それもそうだ。初めから諦めても何もならない。諦めるのは、やるだけのことをやって、それでも無理だとわかったその時だ。結果が良くても悪くても、次の糧となるものは必ず手に入れられるんだ。
「わかった、僕がんばるよ。ありがとうコッキー!」
「うん!」
やる気の入った僕は、肩でゆっくり呼吸して気持ちの高ぶりを少し抑えた。




