第17話『緊張のお誘い』
翌日、僕は頭のなかで色んな考えを堂々巡りしていた。デートに誘えと言われても、そんなやったこともないことをやれと言われてすんなりできるほど人間は上手くできていない。デートと言葉で表しても、結局どこかへ遊びに行くことなんだけどさ。だけど僕は友達を遊びに誘うことすらあまりやったことがない。トモの場合なら自分からひょこっとやってくるし、他の団体からも向こうから誘ってくれたし。
「裕志さん……」
ゆっくり距離を縮めていけばいいと思ってたけど、よく考えてみるとそれは間違いなのかもしれない。久永さんは誰からも好かれる女の子で、それを狙おうとする男の子は僕以外にも山ほどいる。あの委員決めの男子たちが何よりの証拠だ。それに、僕は何の取り柄もない平凡な人間だ。水島くんみたいにイケメンでもない。
「あの、裕志さん……」
なんだかちょっと自信なくしてきたな。同じ図書委員になれて、中学生の時よりも大きく距離も縮まった。だけど、それだけだ。
僕は、本当に久永さんの恋人になれるのだろうか……。
「裕志さん!」
「はわっ!」
かん高い声に思わずビックリしてしまった。声の主は白雪さんだ。
「どうしたんですか、ぼーっとして?」
「え?」
「なにか考え事をしていたんですか?」
そういわれて僕はハッとした。目の前にはジャムをのせた食パンにオムレツ、野菜サラダにコンソメスープが並んでいる。だけどあまり手をつけていなかった。
「えっと、その……」
「もしかして今日のお料理、お口に合いませんでしたか?」
「いえいえいえ、今日もとっても美味しいですよ、はい!」
「そうですか。よかったです」
僕は目の前の料理を食べ進めた。白雪さんの絶品フルコースを不味いという輩は味覚が狂ってると断言できる。
「じゃあ、一体どうしたんですか?」
「えっと……まあ、単なる考えごとですよ、はい」
僕はスープを飲み干しながら応えた。
「裕志さん……」
「はい?」
「何か悩んでいたり、苦しいことがあったら、遠慮なく言ってくださいね。言いたくないことなら構いませんけど……」
「白雪さん……」
「私は一応、あなたの母親なんですから」
……そうだった。
いつも他人同士の感覚で接してきたからあまり実感は無かったけど、白雪さんは僕の母親なんだ。悩み事があれば気兼ねなく相談する、そういう関係なんだ。
そうなんだけれど──
「わかりました。でも、本当に大丈夫てすから。ありがとうございます」
「……そうですか」
やっぱり久永さんのことを話す気にはならない。白雪さんは白雪さんで色々苦労しているだろうから……。それに、優奈ならともかく白雪さんに話すのはなんか気恥ずかしい。
僕は最後に残ったパンのかけらを一口でほおばった。
* * *
今日は土曜日。体育の授業は無く、しかも午後から図書委員の活動がある。今日は久永さんが掃除当番なので、僕は廊下で待っていた。その間にも僕は昨日のことを考えていた。やっぱり水島くんに取られるより早く久永さんを手にするべきなんだろうか……。いやいや、手にするって言い方はおかしいな。それに、水島くんが本当に久永さんを狙っているのかまだわかってない。でも、久永さんに好意を抱いているのは僕だけじゃないし、早めに行動するのが一番だろう。でも、やっぱデートのお誘いだなんて……。
「お待たせ、梶田くん」
品のあるかわいらしい声が聞こえる。久永さんが目の前にやってきたのだ。
「それじゃ行きましょ」
「う……うん」
僕は久永さんのすぐ隣を歩いた。
それにしても、毎度久永さんの隣にいるたび感じることだけど、ドキドキする。これは久永さんと一緒じゃないと、感じ取れるものじゃない。でも、いつまでもそれだけで留まってちゃダメだ。優奈に言われた通り、デ、デートに誘わなくちゃ……。
「あのさ、久永さん……」
「どうしたの?」
久永さんは首をかしげながらこっちを見る。いちいち可愛らしい。
「えっと、その……今日は、良い天気だね」
「うん、そうだね」
「もうすぐ梅雨入りなのが、嘘みたいだね」
「うん」
「……」
「……」
えっと、何か、何か他の話題は……。
「そういえば、運動会まであと一ヶ月だね」
「うん。雨、降らなかったらいいんだけど……」
「たぶん大丈夫だよ。僕が前日にてるてる坊主を吊るしておくからさ」
「うふふ、私も作っておこうかな」
「久永さんもやってくれたら百人力だね」
「え、そうかな……?」
さっきから僕は何を言っているんだ?
何が百人力だよ。僕が言いたいのはそんなことじゃない。僕が本当に言いたいのは……。
「あ、着いた」
「え?」
僕は顔を上げてみる。見えたのは、『図書室』というプレートだ。
「梶田くん、今日も頑張ろうね」
「……うん」
図書室には人が大勢集まっている。こんなところでお誘いなんかできるはずがない。仕方ない、またの機会だな……。
肩にかかっていたおもりがだらりと落ちた気がした。
* * *
「来週から二ヶ月間、みんなには本の貸し出しの受付をやってもらうこととなる。順番は月曜日は一班、火曜日は二班、という形で振り分けてある。初めてやる者にとっては何かと苦労するだろう。その時は一人だけでやろうとせずに先輩に頼ること。だが本当は頼ってばかりではいけない。どうすればいいかわからなくても、なるべく臨機応変に対応できるよう努めてくれ」
相変わらず一人テンションが違う片桐さんの会話を、皆は一応真剣に聞いていた。
「それから、そろそろみんなに始めてもらいたいことがある。文化祭に向けて短編小説を書いてきてほしい」
その言葉がきっかけで周囲がざわつき出した。
「静かにしたまえ。忘れてはいないだろうか。私たちは、図書委員であると同時に文芸部でもあることを……」
そういえばそうだったな。僕は久永さんのそばにいれればいいから気にしてなかったけど。
「我々は十月にある文化祭で、文芸雑誌を出版している。そこに一人につき二、三ページほどの物語を掲載する。ジャンルは一切問わない。五ヶ月もあれば良い作品はできるだろう」
五ヶ月か……。文章力のない僕に可能だろうか?
「ところで、君たちはちゃんと読書をしているだろうか。久永くん、どうかね」
片桐さんは久永さんを指差しながら指名した。何か腹立つ。けど久永さんは気にせず答えた。
「今は、水滸伝を読んでいるところです」
「水滸伝だと……」
片桐さんの眼鏡がキランと輝いた。
「なかなか良い本を選んでいるではないか。私もそれを読んだことがあるのだが、今はどの辺りだ?」
「そろそろ終盤にさしかかるところです」
「なるほど。その調子で読み進めるがいい」
なんだこの他の生徒との温度差は……。今まであんなにノリノリな片桐さんは見たことがない。
「では他には……。梶田くん、君はどうかね」
せっかく機嫌が良くなったのになぜ僕に聞いてしまうんだ。聞いたところで軽くあしらわれるのは目に見えているのに……。
「えっと……この前、銀河鉄道の夜を読み終えて、これから風の又三郎って本を読むつもりです」
「ほう、宮沢賢治の作品か……」
片桐さんの眼鏡が反射で光る。やめてくれないかそういうアニメみたいな演出は……。
「悪くはない。だが所詮は童話だ。君も久永くんを見習いたまえ」
宮沢賢治は久永さんの紹介なんだけどね。でも、古文も平気で読む久永さんはたしかに見習うべきだな。
* * *
結局この日は何も行動を起こせないまま終わってしまった。このままじゃいけないのは百も承知だ。早いところ実行しないと、本当に他の人の手に渡ってしまうようなきがする。それでも、やっぱり緊張してしまう。また今度の機会になっちゃったけど、果たしてうまくいくのだろうか?




